第3章

第11話 幼い狩人と4人の過去

「あれ、あの人達は確か……えっとぉ……んとぉ……そうだ!さっきレッド・ドラゴンに乗ってた人達だ!」

 屈強な外見と異なり、話す言葉は酷く幼かった。そう、そこから覗いていたのは、フードを被った子供達の集団の内の1人だった。お腹が空いたと呟いた子供達の為に森で狩りをしたのち、近場の街に寄って他の食べ物やアイテムを物色していたのだ。

「ううーん……どうしよう?もうじきこの姿の効果も切れちゃうしなぁ。大人しく来た道を引き返すか、それとも付いていくか、どうしよう?でもお腹を空かせてる子がいるし……。うーん……」

 狩人の姿にトランスしている子供は暫しその場で逡巡していた。そして出した結論は……

「よし!付いていこう!ちょっとだけ様子見したら、すぐに引き返せばいいだけだもんね!」

 楽観的に、己の欲に従うまま、一行に付いていくことに決めた。名無しの金平糖もアラシもラブリーもナイトも、その気配に気づかぬまま、目的地を目指してひたすら歩いていく。

 そしてこの少年の判断が後に、事態を大きく転換させることになるとは、この場の誰もが思いもしなかった──


*   *   *   *   *   *


 現実では原発以外でも問題が発生していた。ゲームをプレイしていた者達の人格が突然変わり、無差別に人々を襲いだしたからだ。襲いだした原因はいずれもイランゲームプレイヤーだった。しかし全員が豹変する訳ではなかった、一部の人間のみだ。原因は解明されていないが人格が入れ替わったように襲いだした人間は皆一様に同じ言葉を口にしていた──

"賞金を獲得"──と。だが【秘境赤ずきんの森】をクリアしている者は誰一人としておらず、原発の冷却機能含むライフラインを復旧させるリワードも獲得していない。ではその者達は何が原因で人格が入れ替わり、人を襲うようになったというのだろうか──?因みに一度でも襲った人間は電池が切れたように、自分の意思とは無関係に路頭をさ迷うケースが多く見られ、老若男女限らずどの人間も白痴はくちとなり急激に衰弱──やがて廃人と化したのち、数分の内に死亡するケースが多発していた。そこであらゆる分野の専門家達が召集され、議論を交わした結果、バーガーに入れられたチップが原因と結論づけ、まとまった。そこで白痴はくちとなって衰弱死した遺体の司法解剖が早急に行なわれた。異例の事態故に、手順や段取りはある程度緩和された。そしてイランゲームのマスターなる男の傍にいた少年、ホフマーが口にしたチップを探し、次々と摘出することにも成功した。因みにチップはいずれも脊髄せきずい付近に付着していたという。そのチップを取り出し、各分野の精鋭達に鑑定を依頼した結果、脳の前頭葉にある神経路に多大なる負荷が与えられ傷をつけていたという。チップの電磁信号は脳に大量のドーパミンを常に放出させ快楽状態にし、そこからアンフェタミンの効果と同等の電磁波も流し続け、興奮状態に陥った状態にしたのち、超音波で記憶喪失を発生させ──そしてVRのヘッドセッドから特定の超音波が繰り返し流れていたことも判明した。つまり、チップで非人間化させた上でシリアルキラーを構築させるだけでなく、リアルとバーチャルを区別も分別できない程に五感を希釈させ──結果、人としての機能を喪失した者を誕生させたのである。

 致死的攻撃力デッドリーフォースのリミッターを合法的に外すことのできる、訓練された人間とはまた異なった、無差別に襲うことを前提とした人間──boneボーン toトゥ killキル、生まれながらの殺人マシーンをチップで可能にし、彼等は実現させたのだ。


*   *   *   *   *   *


 シェキナとイランシステムを司る中枢の施設で、マスターは何かの作業に没頭しながらも、ホフマーに話を振る。

「ホフマー、状況はどうだ」

「ふふっ、マスターの思い描いた通りになるのかな──世界中で阿鼻叫喚になってるよ!ほらほら見てマスター」

 はしゃぎながらマスターに報告するホフマー。まるで面白い玩具を眺めて遊ぶ無邪気さをその顔に称えている。一見すればとても可愛いく微笑ましいが、リアルの世界に住まう人間を利用どころか、玩具にし実験しているのだ。恐ろしいことこの上なかった。

「ふっ……上出来だ。この混乱は暫く続いて、誰にも止めることは不可能だね。さぁ、これでもまだ人は足掻き続けるのかな?そして僕に服従し頭を垂れるのか……」

 マスターはにっとわらったのち虚空を見上げた。

「ホフマーの計画、そしてこのシステムがあれば……」

 ……

 その呟きには重みと狂気があるが、ひとちとして胸中で呟かれ消失していく──

*   *   *   *   *   *


「おいおいおい……うぉおおい!イランゲームよりもリアルが最悪なことになってるんですが!?」

 アラシが絶叫しながら報告する。

「だな……どうすりゃいいんだよコレ」

 名無しの金平糖も同じくして報告する。その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。最初こそは野次馬根性でいたが、悪化していく事態と謎の城の爆破、大事な仲間の喪失、安否確認できない状況を経験したのもあってか心身共に少し疲弊していたが、それよりも他人事ではいられなくなっていた。とりあえず事態は最悪ながらも、名無しの金平糖、アラシ、ラブリー、ナイトの唯一の救いで共通点となったのは、チップ入りバーガーを食べていなかったということである。何故食べなかったのか?4人の行動は同じながらも、それぞれ食べなかった理由は全員異なっていた──

 世界中でチップ入りバーガー関連の事件が起き、簡易チャットでもその話題となった部屋が作成された際、4人は先ず最初にバーガーを食べたか否かの確認を取りつつ、会話や議論を交わした。

「今話題になってるチップ入りバーガーの件だけど、食べたか?因みに俺は昔からジャンクフードの独特の臭いからして受け付けなくて……というかぶっちゃけ、匂いを嗅ぐだけでも気持ち悪くなって吐いてしまう、虚弱体質なんだよな」

 名無しの金平糖は自らの体質を笑いながら打ち明けた。名無しの金平糖が受け付けない体質なのは幼い頃からだった。幼稚園、小学、中学、高校と、母親手作りの弁当を持参し通っていたのだ。給食の時間、同級生や先生が給食を食べる中、1人だけ弁当を食べていた。母手作りの弁当は美味しかったが、それが寂しく感じることもあった。そして休日、友人達に誘われて外食を母に内緒でしたが、矢張り受け付けないどころか吐いてしまい、それ以来、どこかに遊びに行く際は母手作りの弁当を持参するようになった。それは大人になった今も変わらない。尤も今は一人暮らしをしている為、自炊をしている。とまれ、友人達や周りと同じ物を口にできないことが少し寂しく感じることもあるが、それで死ぬわけではない。食べること以外は難なく普通の生活を送れているのだ。一時期それがネックになっていたこともあったが、ポジティブに考えるようになった。そして無添加にこだわる店も自ら探しだし、食べて大丈夫かどうかも挑戦していき、何件かいける店も発見できた。とまれ、仕事もプライベートも食べること以外は極普通にいけるのだ。

 そして名無しの金平糖の話を聞き、一番付き合いの長いアラシが口を開いた。

「そうだったんか……そりゃ初耳だわ。そういえば名無しの金平糖と食事に行く時は必ず、名無しの金平糖が店をリサーチしてたもんな。今まで食べに行ったどの店も無添加でオーガニック食材にこだわった店で旨かった。その話を知るまで、名無しの金平糖は自然食にこだわる、自然食オタクかと思ってたんだが、そうじゃなかったんだなぁ~」

 付き合いの長いアラシがしんみりとした調子で言った。

「そんな深刻に取らんでくれよ、相棒。全部終わったらまた食いにいこうぜ?」

「そか、うん──そうだな。絶対行こうな!あ、ちなみに俺もチップ入りのバーガーは食べてないんだよな、昔っから──……つぅか、ぶっちゃけ食べたかったんだけど、食べさせてくれなかったんだよ。家の事情でな……」

 アラシの家は名家だった。ジャンクフードとは縁遠い生活をこの世に生まれた頃から強いられ、特に父方の祖母が食べ物にこだわり、その上、日本の仕来たりも煩くこだわる人で、ジャンクフードのジャの字も聞いたことすらなく、聞かせてもくれない日常と生活を送っていた。食事は日毎に和・洋・中と変わり、調味料、野菜、飲み物に至るまで全て本物だった。添加物どころか、加工食品も精製された調味料すら知らず、アラシは大人になったのだ。

「あんま詳しい事情は言えないんだけど、ばあちゃんも使用人もとにかくやたらと厳しくてさ……バーガーを口にしたことが全くないんだよ俺……って言っても、そう見えないでしょ?」

「うん。全然見えない!意外だねぇ~」

 するとラブリーがはっきりと告げた。余談だが、ラブリーはナイトの手を握ったまま答え、続けて自身の話をしていく。

「みんな色々事情があるんだねぇ~。因みにアタシは普通に太るからっていう単純な理由もあったんだけど、幼稚園の頃からバレエ教室に通ってさ。将来、プリマになる!って決めてたこともあって、ジャンクフードは一切口にしてこなかったんだよね。でも結局、プリマになる夢を叶えることはできなかったんだけど……昔からの食生活が苦じゃなかったし、好きだったから、ジャンクフードは食べずに今も気をつけて、自炊してるんだ」

 ラブリーは幼い時に両親に連れられて舞台を観に行った。そこで公演されていた演目は誰もが知る、白鳥の湖だった。クラシックバレエでオデットとジークフリートがお互いに恋に落ちる物語はとても壮大で惹きつけられ、演目終了後、私も踊りたいと両親に言い、次の週からバレエ教室に通い始めたのだ。ラブリーは幼稚園、小学、中学、そして高校になってもバレエを続けていた。しかし高校を迎えた頃、多感な時期だったのと、周囲の子との実力も大きく開いてしまったのが原因でバレエに嫌悪感を抱いてしまった。だが一番の原因は、発表会の時に舞台のステージの移動で遅れを取り、躓いて利き足を酷く痛めてしまったのが原因だ。そしてラブリーはバレエを辞めた。だがバレエを辞めても踊る楽しさを捨てきれず、クラシックバレエから今度はヒップホップダンス等を始め、今では趣味でダンスを楽しむようになったのだ。

「へぇ~、ラブリーも意外な経歴の持ち主だね」

 アラシが何気無く口にした言葉に、ナイトがピクリと反応し、端末を操作しながら返した。

「おい……ラブリー馬鹿にしたらぶち殺すぞ」

 ナイトは完全にラブリーに一途で、一直線だ。

「ところでナイトは、バーガーは食べたりは……しなさそうだな」

 名無しの金平糖は途中まで口にするも、そこで否定したのはナイト自身がシェキナやイランシステムを作った創設者だからだ。機械やプログラムに精通しているならば、世の中の仕組みどころか、恐らく危険な物も知り尽くしているだろうし、口にはしてこなかっただろう。だが一応、確認するのは大事だ。確認として何となく訊けば、矢張りというか、ナイトらしい答えが返ってきた。

「俺もバーガーは食ってねぇよ。それに俺がいた研究施設は自然豊かな場所で、幾らでも生の新鮮な獲物が生息してたし、手に入る場所だったんだ──ぶっ殺して食うには困らん場所で、サバイバルにも最適の環境だったぜ」

 ナイトはにやりと笑う。その笑みは極上までに悪人面だ。

 ナイトの両親は2人とも研究員で、ナイトが生まれる前から両親2人は各国が運用できるシステムに関しての研究をしていた。ナイトはその両親の背中を見て育つだけでなく、物心つく前から両親と共に研究所に入り浸っていた。なので自ずと遊ぶ物も、興味を惹かれる物も、研究に関しての物だったが、それでは駄目だと考えた母親はある日、ナイトに一冊の本を購入して与えた。それはファンタジーの童話で魔法使いやドラゴン等、架空のキャラクターが登場する冒険物の本だ。するとナイトはその本にのめり込み没頭した。勿論、両親達の研究にも興味があったナイトは、冒険物の本を読みながらいつしか両親のような研究員になることも夢になっていた。だが両親はナイトが13歳になった頃、2人揃って亡くなった──不慮の事故だった。ナイトを母方の叔父にあたるシェキナ博士に預け、各国代表の研究員として遠征チームに加わり、新たなシステム運用に向けての発表と会議の為、飛行機に乗ったのが原因だった。その飛行機事故で、両親が亡くなった。それ以来、シェキナ博士がナイトの親代わりとして育てていた。ナイトが興味を持つことに対し、シェキナ博士は否定せず、専門書や知識を惜しみ無く分け与えたのだ。結果、シェキナ博士よりも優れた研究員として才を咲かせるだけでなく、世界平和に向けたシステムを見事、作り上げるまでに至ったのだ。だが自由奔放に育てていたせいか、問題のある性格の大人に成長していた。

 とまれ、ナイト含めて名無しの金平糖も、アラシも、ラブリーもチップ入りバーガーどころか自然食品にこだわるタイプで、昔ながらの食を大事にしていたので、チップで操作される危険はなくそこは安心だ。

「食い物の中にチップ仕込んで人間操るなんざ、やろうと思えば誰にでもできることだ。俺に限らずな。特にシェキナとイランシステムに関わった連中なら朝飯前だぜ」

 ナイトは端末を操作し、プログラムを作成しながら、さらりととんでもなく恐ろしいことを口にした。要するにナイトがもしヒール側だった場合、人を操作する以上にもっと大変なことをしでかしていたに違いないのだ。それこそ世界は地獄絵図だろう。

「はぁ……ナイトが味方で、根底の考えもまともで良かったわ」

「だな」

「うんうん」

「あ?俺は根底どころか全体的にまともだろがよ!」

 ナイトは3人の返しに納得がいかないのか、強めに主張する。何はともあれ、一行は目的の場所、【秘境赤ずきんの森】と【始まりの街】の中間地点の場所に到着した。そしてナイトは到着したと同時に切り出した。

「おっし……、第1段のプログラムが完成したぜ!試験運用かつ反撃開始だ!名無しの金平糖、アラシ、ラブリー、テメェ等の連携が必須だ。俺のサポートを頼むぜ?」

 その合図を皮切りに、チップ無力化と原発ライフライン奪取の計画が幕を開ける──

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