第10話 ゲームがリアルを侵食する

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「ねぇ、イランゲームとかインストした?」

「してな~い。つぅかバーガーとか食べてないウチらには関係ないし、そいつらと比較したらウチら勝ち組確定だよねぇ。あとはゲームやってる勢にまかしとけばよくない?」

「それな~」

 危機的状況に陥っても平然と過ごしている女子高生2人組が、公園内をぷらぷらと歩いていく。そこには女子高生の他にも、家族連れやカップル等、多くの人々が集まっていた。その中には現実を受け入れ諦めている人や、家でじっとしてるよりも外に出て大衆に混じりたい人の姿も多くみられたが、圧倒的に多いのは情報交換をしている者達だ。ゲームをインストールしていれば簡易的チャット画面が開けるので、そこで情報交換をしたり、または死んだレポーターのように外でVRのヘッドセットを被り、腕時計型のゲーム専用デバイスを装着してゲーム世界に没頭し、恐らくクエストを挑んでいる者もそれなりにいた。女子高生2人組は思い思いに過ごす人々を遠目に眺め、会話を再開する。

「これからどうする?家に帰んのもダルいし」

「あーね。もう1回学校行くのはどう?ウチラの学校って確か、教員用のシャワー室とかあったよね」

 1人が提案すると、もう1人は暫し考えてから口にした。

「あるけど今、水が使えないし、出なくね?」

「それな~。今日中に復旧すんのかなぁ……」

「分かんない。てかその前に原発じゃない?」

「あーね」

 他愛のない会話の応酬が続く中、公園内で悲鳴が響き渡り、何かから逃げ惑う人々の姿がちらほら見えた。

「なに?今の悲鳴?」

「さぁ?てかさっきも飛行機が近くで墜落したばっかだし、何が起きても驚かんわ……」

 女子高生2人組は我関せずで会話を続け、ぷらぷらと歩いていく。だが悲鳴は周囲に連鎖し、広がりをみせていた。そして人々が逃げ惑う姿が目立ち、やがて女子高生2人組の傍まで迫ってきた。

「マジ何なん……?うっざ!」

「悪ふざけでもしてる奴がいんじゃね。よそでやれよだね……」

 女子高生2人組が悪態をつく中、女子高生2人組の前にも、悲鳴と騒ぎとなっている者がついに姿を現した。

「は……?なにコイツ?ウザいんですけど……」

 女子高生2人組の前に立ちはだかったのは、ヘッドセッドを被った男だった。その男の腕にはゲームアプリ専用の端末が装着されていたので、ゲームをしている真っ最中なのだろう──だが男は明らかに女子高生2人組を見据えて立ちはだかっていた。

「このおっさんマジ邪魔。何なん……?」

「痴漢っつぅか、ただの変態じゃね?行こ……?」

 女子高生2人組はその男から離れて踵を返し、別方向に歩いていくが、再びヘッドセッドを装着した男が回り込み、目の前に立ちはだかった。

「あのぉー、どいてくれませんかね?てか何なんですか、さっきから?ウチラに何の用ですか?」

 女子高生の1人が苛立たしげに訊いた瞬間だった。鈍い音が響き、次にはどっと地面に倒れ込んだ。

「えっ……」

 そこから更に鈍い音と共に血が飛び散っていく。文句を口にした女子高生を殴りつけ、倒れた女子高生1人の上に男が馬乗りになり、素手で顔面を殴りはじめたのだ。悲鳴が上がったのはこのせいだった。

「なに……なんなの!?おい!止めろよ!」

 だが男は殴る手は止めず、妙なことを口走っていた。

「あと1コンボでミッション達成!これで賞金10万獲得!」

「え……?」

 男は渾身の一撃を女子高生の顔面に浴びせてから立ち上がった。そして殴りつけていた女子高生から離れ、ふらふらと別方向へと歩いていく。周囲の人々はその男を遠巻きに、嫌煙するように避けて逃げていった。

「きゅ……救急車……。救急車を、呼ばなきゃ……」

 もう1人の女子高生は友人が殴られたことで酷くショックを受けて取り乱していた。だがそれでも助けようとする意思は何とか働いていた。ライフラインはゲームの通信のみだが、端末を震える手で握り、119を押していく。だが当然、ライフラインは復旧されていない為、繋がらない。

「救急車……、救急車を……」

「おー!30万円発見!いただきぃいい!」

 軽快な声の後に続き、鈍器で殴る音がした。人々はまた悲鳴をあげて逃げていく。そして首がひしゃげてあらぬ方向に曲がって倒れた女子高生の手からスマホの端末が吹っ飛び、地面に強く叩きつけられ壊れた。


*   *   *   *   *   *


 城で謎の爆発が起きたが巻き込まれず、レッド・ドラゴンでその場から離脱した名無しの金平糖、ナイト初号機、ラブリー、ナイトの一行は、【秘境赤ずきんの森】ダンジョンから【始まりの街】へとレッド・ドラゴン──ではなく、今度は徒歩で歩いて戻っていた。レッド・ドラゴンで移動すれば速いが、目立つのと、万が一ゲームマスターにレッド・ドラゴンを飼い慣らした事情を知られれば、マスター権限で処理されてしまう可能性があるからだ。そこでナイトはナイト独自で作ったプログラムと権限を発動させ、主従関係をそのまま継続させた状態でイランシステムに下されたプログラムも残し、レッド・ドラゴンを一旦手放すことにした。勿論、必要な際にいつでも呼べるよう、新たなプログラムを組み込んでだ。そしてナイト曰く──

「落ち着ける場所と環境さえ整えば、そこを根城にして新たなプログラムとチートアイテムを量産しまくってやるぜ。んで、奴をぶちのめして、ぶち殺してやる!」

 ──と、息巻いていた。どうやら殺すことは確定のようだ。頼もしい反面、言ってることが無茶苦茶で恐ろしすぎた。ともあれ、新たな仲間として加わったナイトは端末片手にながら作業に集中しているので、ラブリーがナイトの手を引くようにして握り、ダンジョン内を歩いている。先程、窮地を救ってもらった一件もあるが、ラブリー自身、どうやら問題のある金髪男のナイトに少し気持ちが傾いているようだ。

「ナイトが落ち着いて集中できる場所っていうと、宿屋になるのかな?宿屋なら静かな環境じゃない?それか、カフェとか?」

 ラブリーが名無しの金平糖とナイト初号機に話を振る。だが名無しの金平糖もナイト初号機も唸り、それぞれ意見を口にする。

「確かにあそこは落ち着ける空間だが、マイナー過ぎないか」と名無しの金平糖が。

「マイナーな場所だと逆に見つかる可能性も高そうだしなぁ……」とナイト初号機が。

 名無しの金平糖も、ナイト初号機も、2人揃って同じ言い分だった。最適だが敵に見付かることを懸念していた。

「そっかぁ~……うーん、ナイトはどこなら集中できそう?」

 ラブリーはながら作業でプログラム組み立てているナイトに話を振る。するとナイトは一拍し、口を開く。

「風呂場みてぇな場所、森に囲まれた場所だな。昔っから森に囲まれた場所か、水場があるとこで作業すんのが好きで、捗んだよ。つぅか森林浴も好きだからな」

「なる……ってなると、街の中よりも森の中の方が集中できるってことか」

 ナイト初号機は早速マップを開き、適した場所の割り出しをしていく。

「へぇ~、森林浴かぁ。ナイトはそういう趣味もあるんだね。お勧めのスポットもあるの?」

「ああ、あるな。今あるかは知らんが、昔住んでた研究施設が最高の場所だったぜ。自然豊かな森があって、そこで囲まれながら作業すんのが好きでよ」

 ナイトは朗らかにラブリーに向けて昔話を語っていく。ラブリーもナイトの話を相槌を打ちながら訊き、楽しそうに笑っていた。どうやら2人の波長は合うようだ。

「あの2人、何だか良い雰囲気ですなぁ~」

 名無しの金平糖が染々と言えば、「娘の成長を見守る親父かよ!」とナイト初号機が突っ込んだ。

「んで、相棒よ……良さげなポイントは見つかった?」

「おう、この辺りならいいんじゃないかな。ほら」

 ナイト初号機が指し示した場所は、【秘境赤ずきんの森】と、今いる【始まりの街】の丁度中間地点の森で、その付近に川も流れていた。何かあれば直ぐに対処できそうなポイントなので、そこに決め、ある程度の準備を整えてから向かうことにした。

「そうだ、もう一度チャット画面も確認してみるよ。新しい情報が出てるかもしれないし、城のこともだが、虎徹やミカエル、各国の特殊部隊のことも気になるし……」

 名無しの金平糖が告げると、ナイト初号機は頷いていく。

 「了解。そんじゃ俺は、みんなの分の準備を整えてくるからよろな。ラブリーとナイトは……まぁ、あのままでいいか、あの2人は」

「だな」

 ナイト初号機も名無しの金平糖も視線を呉れるだけにとどめ、2人には話し掛けなかった。邪魔をするのは悪いと思ったからだ。

「そんじゃアイテムの買い出しに行ってくる」

「おう!気をつけて行ってくれ」

 ナイト初号機を見送った名無しの金平糖は早速チャット画面を開く。そして部屋名を見ていき間も無く、異常に気づく。

「なんだ……これ……」

 簡易チャット画面を開いた瞬間、同じようなタイトルの部屋名がいくつも作られ、埋め尽くされていた──

【ゲームプレイヤーが襲い掛かる事件発生】

【イランゲームプレイヤーが女子高生2人を殺害!怖すぎ!】

【ゾンビプレイヤーについて何か知ってるのいたら来て】

【バーチャルがリアルを侵食したンゴ!】

【自宅警備でリアル事件をメシウマしてチャットしてるが何か?】


 ──といった部屋がいくつも作られていた。最初、botボット荒しが無作為に作った部屋だと思っていたがどうやら違うようだ。ゲームだけではなくリアルも、原発以外におかしな事件が各地で発生しているらしく、部屋がひっきりなしに立てられ、原発のことよりもそっちが話題となっていた。

「なんだこりゃ。あっちも相当やべぇことになってんじゃねぇか」

「だねぇ」

「うぉわっ!?」

 デバイスを操作し、部屋名をスクロールしている名無しの金平糖の傍に、いつの間にかナイトとラブリーが画面を覗き込み凝視していた。

「てか、ナイトはもう、プログラムの組み立て作業はいいのかよ……」

「ああ。あとはナイト初号機が購入してくるアイテムに期待──つぅか、ナイト初号機は呼びにくいんだよ!呼びにくいし俺と被ってんのいい加減なんとかしろやゴラ!いやいい……あいつの呼称を俺が変えてやるわ。そうだな……あいつはアラシだ!これ決定事項な、破ればぶち殺す!」

 ナイトの都合により、夜更けの荒し改め、ナイトからの、ナイト初号機──そしてアラシに決定し、破ればもれなくぶち殺すという、お触書きならぬオプションも追加された。とまれ、現実世界の事情はどうでもよく、原発どころか世界人類もれなくエリミネイト思考だったナイトも、何とか人間らしい感情を取り戻したらしく、リアルの状況を重く受け止めて──……いるかは不明だが、気合い十分だ。ナイトが人間らしく正気になったのも、ラブリー効果があったからだろうか。そこらも不明だが、ナイトも端末からチャット画面を独自の回線で繋いでいき、見解を口にする。

「これは間違いなくゲームマスターの仕業だろうな。あいつはいつもゲーム感覚で楽しんでた糞野郎だったし。このまま放置すりゃぁ更に被害が拡大する──こっからは俺様が相手だぜ」

 ナイトは口許を歪ませて哄笑こうしょうする。完全に悪人面の笑みで、ヒーローではなく、ヒール側にしか見えないが、それでも頼もしかった。何せナイトはシェキナシステムの真の創設者であり、イランゲームのシステムまでも作っている。おまけにプログラムも短期間で独自に作れるほどのスキルを持った天才だ。自ずと期待値があがるのはいうまでもない。

「やぁやぁ、たっだいまぁ~。アイテム購入してきたよ。役立つかは分からんが、あるだけ購入してきたぜ」

「おー、そうか。待ってたぜ、アラシ!」

「ん……?アラシ?アラシって、俺のこと??」

 状況が分からず首を傾げて問う、現・ナイト初号機にナイトは告げる。

「ナイト初号機改め、お前の名前をこの俺がアラシに改名してやったんだよ!それ以外の呼び名にしやがったら、ぶち殺すからな?」

「はぁああ!?何でだよ!??」

 抗議の声をあげるアラシを無視し、ナイトは早速アイテムボックスの中身を吟味していく。そして徐々にその口許は怪しげに弛緩し、直に高笑った──

「ふっ……クククッ!ハハハハハハッ!こんだけありゃ上出来だ!これで改造して、奴に対抗するアイテムを作ってぶっ壊せる!対抗プログラムを作って、ぶっ壊してぶっ殺してやっから首を洗ってまってろ!雑魚野郎が!」

 相変わらず物騒な発言の連発だが、味方となった今ではとてつもなく頼もしい発言である。寧ろ、大気圏の果てまで粉々にぶっ壊してぶっ殺してやってくださいと思うほどだ。どんな物を作るかは謎だが、きっと凄いものになるだろう。

「そんじゃあ準備も整ったことだし、出発しますか」

 名無しの金平糖の声掛けで一行は【秘境赤ずきんの森】と、今いる【始まりの街】の丁度中間地点の森付近を目指して出発した。名無しの金平糖とアラシの後ろに続いてラブリーが歩こうとしたその時、ラブリーの服の腕の裾をライトは後方から引っ張った。

「そうだ、ラブリー……」

「ん?なにナイト、どったの??」

 ナイト自らがラブリーに声を掛け引き留めた。今し方まで声を掛けたことも、名前を呼んだことも一度もなかったナイト──とてつもなく珍しかった。ラブリーはといえばその変化が嬉しいのか、先程よりも声を弾ませて応えていく。そんな2人の会話が気になった名無しの金平糖とアラシは聞き耳をたて、様子を窺う。そして──

「引き続き俺のこと頼む。一緒にいると集中できっし、落ち着くんだよ……ん」

 ラブリーの方へ、端末を持ってない手を差し出した。言葉数は少ないが、先程みたいに手を繋いで歩いてほしいのだろう。ラブリーは驚いた表情で目を見開くが、次には目を細め、笑顔で頷いた。

「うん、任せて!ナイトは集中してプログラムを作ってね」

「おう……」

 ラブリーはナイトの手を取り握り、歩いていく。その表情は言わずもがな恋する乙女で、ナイトのほうも満更ではない様子で柔らかく微笑んでいた。

「(ぶふぉっ!ナイトはラブリー相手だとすっかり毒気を抜かれて、狂犬から可愛ゆい子犬たんに退化してんな)」

 名無しの金平糖が小声でアラシに話を振れば、アラシも笑いを堪えて頷き、小声でオタク口調全開で返していく。

「(ですなぁ~。我々はナイトの子犬っぷりを目に焼きつけましょうぞ)」

「おい……全部聞こえてっからな?この件終わったらテメェらまとめてぶち殺してやっから覚悟しとけや!」

 地獄耳なのか、名無しの金平糖とアラシの会話の応酬が筒抜けどころか全部丸聞こえで凄まれたが──

「ん?どったのナイト?なんかあったん??」

 だがラブリーの問いでまた表情が落ちつくどころかほわりと緩み、崩れていく。

「何でもねぇ、気にすんな」

「はーい」

「ぷっ……」

「……っ!」

 ナイトの豹変ぶりに2人は再び笑いが込み上げ、たまらず吹きだした。

「くそが!テメェら2人しばきぶっ殺してやる!」

「ちょ、ナイトはプログラムに集中だよ?」

 和やかになったり、殺伐になったりと忙しい一行──。斯くして、移動しながらナイトのプログラムを作る作業が始まった。そんな最中、その様子を建物の影から覗き見る屈強な狩人が1人──

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