第20話 ナイト VS ラブリー

 そこには今し方と違った雰囲気のラブリーが口許を歪ませ、ナイトに拳銃を突きつけていた。この仮想世界にはない、チート武器なのは形状からして分かった。

「おい、ラブリー……。オマエ……何、やってんだよ?」

「何をやってる──って?見れば分かるでしょ、貴方に拳銃をつきつけてるのよ。説明しなければ理解できないお馬鹿さんなのかしら?」

 先程とは一転、話し方どころか雰囲気すら酷く変わってしまっていた。ラブリーはナイトの頭に拳銃を突きつけながら紡いでいく。

「パッケージが済んだらデータをアタシのデバイスに送信するのよ──ほら、早く」

「……ラブリー、お前、一体どうしちまったん……がっ!」

 ナイトはその場に倒れた。ラブリーが拳銃の銃把じゅうはをナイトの後頭部に思いきり叩きつけたからだ。そしてラブリーは倒れたナイトの首に足を思いきりのせて踏んだ。

「ぐっ……!」

 ナイトは苦しそうに呻くが、それでもまだ信じられないのか「ラブリー……何で……」と口にした。ラブリーは冷めた目付きで見下ろし、徐に口にしていく──

「どうしたもこうしたもないし、何でと言われてもねぇ……これがアタシよ。ふふっ……、アハハハハ!」

 するとラブリーは可笑しそうに笑いナイトに告げた。

「男って馬鹿よねぇ?どいつもこいつも、見た目と口八丁で騙されて、簡単に信じちゃうんだから。見た目で騙されて、近場にデータを狙ってる敵サイドの女が潜んでいることにすら気づかないなんてねぇ!ふふっ、こんなに可笑しいことってないわ!」

「ラブリーは……、違ぇだろうがよ……!」

 ナイトは否定してラブリーを見上げようとしたが、また首に衝撃が与えられ呻くことになった。

「なんてお馬鹿なのかしらね。アタシは最初からデータが狙いで、貴方達についていたのよ?アタシもゲームマスターと同じく生粋のゲーマーだけれど、自ら赴いて、状況をこの目に焼きつけて、人々がのたうちまわるのを実際に見て、聞いて、世界が崩壊していく様を眺めるのが長年の夢だったのよ」

「……っ、ざけんなや!」

 刹那、ナイトはラブリーの足を後ろ手で掴んだのちひっくり返す要領で地面に叩きつけた。ラブリーは一瞬呻くが、冷淡な笑みと冷ややかな瞳のままナイトを見詰め──

「アタシの考えに幻滅した?怒った?アタシを……殺す?」

 ラブリーは流暢に訊き、ナイトを煽っていく。ナイトはラブリーが身動きできないように組み敷くが、それでも手は掛けることはしなかった。ラブリーは冷ややかな目でナイトを見返す中、ナイトは真剣に切り出した。

「愛してる」

「──はぁ?」

 ラブリーは一瞬目を見開くも、次には口許を引き──

「アハハハハッ!ハハハハッ!おっかし……!貴方って、どこまでも馬鹿で!子供よねぇ?」

 ラブリーは嘲笑するが、ナイトは動じることなく言った。

「ああ、俺はそういう奴だよ。馬鹿で、子供だ。それは昔からで今も、これからも変わんねぇよ。だからなラブリー、お前が心底楽しく笑ってねぇのも分かっちまうんだよ」

「何ですって……」

 刹那、ラブリーの表情に変化が生じた。ナイトは思ったままを真剣に語っていく。

「本当に世界の崩落が楽しく、それが望みなら、こんなまどろっこしいことはしねぇだろうが。阿鼻叫喚が見たけりゃ衛星兵器を使えば済む。それなのに、わざわざソシャゲのダンジョンに自ら入ったのは、見極めたかったんだろ。国の、世界の威信に関わった、このシステムを作った連中がどんなつらしてんのか、直接見て、判断したかったんだろ──違うか?」

「うるさいっ……!黙れっ!」

 ラブリーはナイトの体に両脚をまわし、脚の筋肉を使って左右に捻るようにしてナイトの体勢を崩して再び引っくり返し、形勢逆転させた。そして今度はラブリーがナイトを組み敷き押さえつけるが、ナイトは無気力に何もせずに見返すのみだった。ラブリーはそれに苛立ちを隠せず、ナイトにぶつけていく。

「何で抵抗しないの……!アタシが女だから馬鹿にして、加減してるわけ!?」

「違ぇよ。さっきも言ったが、愛してるっつたろ」

「そう……だったら、殺してあげるわ」

 ラブリーはチート武器の拳銃を再び手にし、ナイトの眉間に突き付けた。

「ここで5回撃ち殺せばデータは送信され、現実の貴方も死ぬことになるわよね」

「だな」

「アタシは本気よ?ここで貴方が死んで、アタシがデータを奪えば、世界平和なんか一生、永遠に実現なんかしないのよ!」

「そうなるな」

「……っ!抵抗しなさいよっ!」

 ラブリーは劇鉄を起こし、引き金に人差し指をグッと添えていくが、それでもナイトは動じることなくラブリーを見るだけにとどめていた。

「もう気は済んだろ。それともまだ続ける気か、ラブリー」

 ナイトが優しく訊けば、ラブリーの瞳は揺らいでいた。そしてナイトのこめかみに突きつけていた拳銃を離し──

「そうね──もう、気は済んだわ──……さよなら」

 ラブリーは拳銃を自分のこめかみに突きつけ──

 ──パン!

 撃った。だがラブリーのこめかみに弾が貫通することも、かすることもなかった。撃った弾は真上に、空に撃たれたのだ。ナイトが咄嗟に体を起こし、ラブリーの手首を掴んで照準を反らしたからだ。そしてそのまま手首を軽く捻り、ラブリーの手から拳銃を落とさせ、ブーツの爪先部分で遠くに蹴飛ばした。

「何で邪魔するの……!?」

「放っておけねぇからだ」

 ナイトはラブリーをそっと抱き締めた。ラブリーは抵抗して暴れていたが──

「こんな展開、ほんとは望んじゃいなかったんだろ。殺されたレポーターも、原発も、マイクロチップも、ウイルスも、……実際に目の当たりにして、楽しいとは思わなかったんだろ。それでグブラっていうガキも利用されて、辛くなったんだろ?」

 ナイトがあやすようにラブリーの背を擦って訊けば、ラブリーは漸く抵抗するのを止め、ナイトの胸に頭を埋め、涙をこぼしながら口を開いた。

「……全部、アタシのせいよ……。アタシがこうなれって、望んだから……!」

「違う、ラブリーは止めようとしてただろうが。望んでたら先ず俺等に協力なんかしなかっただろ。それに、俺が頭に血がのぼって訳分かんねぇこと言ってた時も、ラブリー自身の言葉で、嘘じゃねぇ本音で語って、俺をガチで止めにきただろうが──だろ?」

「うん……」

 ナイトはふっと笑い、続きを紡ぐ。

「それに、悪役っつぅか、ヒールはぜってぇ助けたり泣いたりしねぇしな。ラブリーには永遠に向いてねぇ役柄だぜ」

「……うっさい!アタシはそれでも、ヒールになりたかったの!なって、別の形で救いたかったの。やり直せるなら、もう一度やり直したいって思ってたの。世界を変革して、牛耳ったり、権力を振るう横暴な人達を檻の中に永遠に閉じ込めて、苦痛を味合わせたかっただけなの……殺すつもりなんて、一切なかったのよ……。それなのに、こんなことになるなんて……。アイツ等はやっぱり、普通じゃなかった……だからこっからは、アタシ1人でアイツ等を殺りたかったのよ……」

「アイツ等って、誰だ?」

「ヘセドとホフマーよ。アタシも諜報員の端くれで、シェキナシステムに間接的にだけど関わってたのよ。毎日代わり映えのない仕事、汚い仕事をしてたわ。それでシェキナシステムで監理され、支配され掛かっている世の中に辟易してた時に、ヘセドとホフマーが声を掛けてきたの。世界の変革を一緒にしてみないかって……鬱屈としてたアタシは直ぐにその誘いにのったわ。そしたらまさか、こんなことになるなんて……」

 ナイトは落ち着いてきたラブリーを離し、口にする。

「それを覆すのが俺等の役目だろうが──ラブリー1人で背負い込む問題じゃねぇだろ?おら、やっぞ!」

 ナイトはラブリーの手を力強く握って取り立たせると、先程のデバイス画面を開く。あとは送信するのみとなっていた。

「俺等がこうしている間にも苦しんでる奴等がいる、救うって宣言したのは嘘か?」

「嘘じゃない……、けど……アタシは……」

「なら、グズグズしてねぇでやっぞ!」

 逡巡するラブリーにナイトが活を入れれば、ラブリーはムッとした感じで「分かってるわよ」と返し──「アタシも【秘境赤ずきんの森】に行くわ!」と言い、アイテムボックスに入っているアイテムを端末にインポートしていく。

「そういやラブリーは、ゲーム初心者か?」

「初心者でもないし、中堅どころかコアプレイヤーよ。だけどいっつもソシャゲの大会ランク荒らしで有名な、名無しの金平糖とアラシのタッグに負けてばっかりよ。アイツ等はアタシのことなんて知っちゃいないだろうけど、いつも悔しい思いをしてたわ……。でも、アイツ等の側にいて気づいたのよ。2人に勝てっこないなぁって」

「ふーん……なら、この戦いが終わったら俺とタッグを組んで、名無しの金平糖とアラシに勝負を挑むのはどうよ?」

 するとラブリーは驚いた顔をしたのち笑いだした。

「アハハハハ!そうね、ナイトと組めば勝てそう」

「じゃ、決まりな」

「そういえばナイトは、ゲームはどうなのよ?」

「それ訊くのか。俺を誰だと思ってんだよ」

 ナイトが得意気に言ったので、ラブリーはそれ以上は訊かず、「はいはい、そうよね」と返し、腕についている腕時計型デバイスに口許を近づけて言った。

tranceトランス──morriganモリガン

 そして最後の戦いが始まる──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る