第5話 最後の力を振り絞って

「恐らく、地上は……、凄いことになってそうだな……」

 イエソドが口にするとグブラがそれに答えた。

「ああ、そうだな……急ごう。それで次はどうすればいい……?」

「そのファイルを、開いてみて……」

「分かった」

 Untitledと書かれたファイルを開くと、今度はアルファベットから日本語が表示されていた。

「何だこれは……今度は日本語が表示されてるんだが、俺にはさっぱり意味が分からん……」

「どれ、見せてみろ」

「私にも見せて」

「俺にも……」

「分かった。ちょっと待ってろ」

 そこでグブラはティフェレト、ネツァハ、ホッドの体を牢獄の壁に背を預けるようにして並べて座らせていき、同じようにケテルとイエソドとビナーの体も壁に背を預けるようにして並べて座らせた。そしてグブラは全員に見えるようにして端末をかざした。

「どうだ、分かるか……?」

 グブラの質問に6人はそれぞれの意見を口にしていく。

「これは恐らくだけど、ゲーム内で使うようなアイテムじゃないかな……【もりがん】、【めたとろん】」

 ケテルが自身なさげに言うが、

「そうね……ゲーム内で使うアイテムだと思うわ……、あともう一つは、簡易的なチャットね」

 ビナーも同意見を口にした。

「それじゃあシェキナ博士は、イランゲームの開発にも関わってたってことか……?」

 再びグブラが質問すれば、「そういうことになるな」と、ティフェレトが断定気味に言ってのけた。

「でも今起きてることを、このアイテムと簡易的チャットで止めれるのかしら……?」

 ネツァハが疑問符を口にすると、ホッドは「うーん……」と首を捻り、「それは実行してみないことには……」と、そこまで口にしハッとする。しかしハッとしたのはホッドだけではない、この場にいた誰もがハッとし気付いた。だがそれを真っ先に口にしたのはビナーだった。

「ねぇ、ヘセドが言ってたわよね……。『ああそうだ、これが正しいとは思わない。だが誤りだとも思えない……正しいか正しくないか分かるのは、実行しなければ誰も分からないものなんだよ……』って……。もしかして、このチップの存在を前から知ってて、私達を試したってこと……?そうか、そういうことなのね……」

 ビナーはそこまで口にするが、そこで言葉を紡ぐことはなく嗚咽し、今度は涙を流しはじめた。

「ビナー……君には辛いだろうな……。最愛の弟のヘセド君がまさか、裏切るなんてな……」

 ケテルがビナーを気遣うように声を掛けたが、ビナーは首を振った。

「違うの……そうじゃないの……」

 ビナーはそこで否定し、涙を堪えて切り出した。

「勿論、弟のヘセドのことは辛かったわ……どうして優しかったあの子がって、何度も思った……。けれど違うのよ。そうじゃないの……私、みんなに言わなくちゃならないのが辛くて……」

「何をだい?」

 グブラが涙を流すビナーに寄り添うように訊けば、ビナーは口にした。

「シェキナ博士に言われたことがもう1つあったの。このマルクトシステムを使う時は、今維持している体に大きな負荷が掛かるって……。私達の本体は既に失っている……。だからもう……」

「ビナー……」

 グブラはビナーを抱き寄せた。

「いいわねぇ~、お相手がいる人は……。私も最後に愛せる人がいたら、良かったのにな……」

「なら、俺はどうだ……?」

 ネツァハが羨ましそうに口にすれば、イエソドが軽口を叩く。

「冗談じゃないわよ……お尻の穴に、大事な端末をいれてる人はお断りよ……」

 ネツァハがそっぽを向けば、その場でどっと笑いが起きた。しんみりとした空気が一瞬で吹き飛ぶほどの久々の大笑いだった。そして皆で笑った後、グブラに抱き寄せられていたビナーが再び口にした。

「シェキナ博士が残したマルクトシステムを使って、この貴重なファイルをシェキナシステムを介してイランシステム側のゲーム外部に秘密裏に届けて、この情報を悪用しない人の、誰かの手に渡すのが私達の指名……。その際にこの仮初めのアバターも分裂してしまう危険があるかもしれない……アバターもなくなり……、私達はこの仮想世界からも消失してしまうことになるかもしれないけど……それでも平気……?」

 ビナーの問い掛けに、誰も否定せず頷いた。

「その為の諜報員でしょ。良いことも、悪いことも、汚いことも全て私達が請け負って被ってやる──それが使命。私達の命で多くの命が救える可能性があるなら、そっちに掛けるに決まってるでしょ!ね、ビナー?」

「ネツァハ……」

「もう~、そんな顔しないでよ!あんたと私の仲じゃない……それに、きっと私達は大丈夫よ……。負荷が掛かっても……消失なんか絶対しないわ!なんとしてでも、1ミクロンでもいいから、この世界のどこかにとどまって……痕跡を残して、誰かに拾ってもらうわ……!」

「ありがとう……」

 そして7人の意見は合致した。シェキナ博士が残したマルクトシステムを使い、Untitledファイルをシェキナのコンソールパネルを介して届けることにした。届けるには秘密裏の暗号が必須で、今いるメンバーのコードネームアバターのアルファベットをグブラに打ち込んでもらった。

ketherケテル】【binahビナー】【gevurahグブラ】【tiferethティフェレト】【netsakhネツァハ】【hodホッド】【yesodイエソド】と。そして最後に【malkuthマルクト】と打ち込みEnterエンターキーをタップした。すると7人の諜報員達のアバターは光源を放ち、粒子として散り散りになっていく。その最中、7人の脳裏に同じ単語が浮かび上がった──


                 『knightナイト』  


 そして思い出した。かつての大事な仲間を、シェキナシステムの真実を、全て思い出した──

 『ほれ!見ろよこれ!世界中を統制して防衛できるシステムをこの俺様が作ったんだぜ?その名も、ナイトシステムだ!これを使えば戦争は事前に防げるし、これさえあればどの国も平和になれる!どうだ!すげーだろぉ?テメェらこの俺様を褒め称えろよ!』

 ──ナイトは子供のように無邪気に笑って話していた。ナイトはそのシステムの後にゲームも作った……だが彼をここから追放し、別の罪をきせて、牢獄送りにした──

 『はぁ!?何で俺が危険因子になんだよ!?ふざけんなっ!それは世界平和の為に作ったもんだぞ!?それにもう1つはただの娯楽用のアプリだ!?テメェ等なら分かってんだろ!?』

 ナイトの言ってることは分かっていた。だがそうするしか手段がなかった。そうしなければ、ナイトが殺されてしまうからだ。ナイトは純粋で正義感の強い人物だった。少し性格に問題があったが、ナイトは死なせてはならない、守らなければならない。不足の事態が起きた時、ナイトにしか対処できないからだ。だからこそ──

「「私達が……」」

「「「「「俺達が……」」」」」

 ナイトの権利を全て剥奪し、ここから追放し、ナイトの記憶ごと消去した……。そしてナイトが作ったシステムをシェキナ博士が継いだ。シェキナ博士は全て分かっていた。分かっていた上で引き継ぎ、ナイトの身代わりになった。そしてシステム発表後、彼は呆気なく死んだ。世間では老衰と発表されたが実際は違った、シェキナ博士は殺されたのだ。ナイトを公的機関から遠ざけ、守るにはこうするしかなかった──公的機関にいる、化物から守る為にはこれしか方法がなかったのだ。その化物は今もシェキナとイランゲームにいた上層部達とヘセドとホフマーだ。今まで存在を忘れていたのは全て、ナイトを守る為だった──

 7人は同じ記憶を回顧かいこし、同じようにして涙を流した。だが決してナイトのことは話さず、別の思いを紡いでいく──

「僕達の願いが、誰かの手に届きますように……」

 ケテルは力強く言ったのち、端末に引き込まれ消失した。

「俺達は必ず……諦めない。その信念で今まで生きてきた……きっと、次もうまくやれるさ……」

 ティフェレトは笑って消失した。

「またみんなで会おうね!絶対だよ……」

 ネツァハが力強く言い、端末に引き込まれ消失した。

「さよならは言わない……またどこかで、会える気がするから……」

 ホッドは敬礼をして消失した。

「俺は本気で……ネツァハのことを思ってたんだが……いつも伝わらないな……次は伝わるといいな……」

 イエソドはふっと笑い、端末に引き込まれ消失した。

「ビナー、一緒に世界を救おう……」

「勿論……」

「愛してる……また、会おう……」

 ビナーとグブラはそれを最後に、端末に引き込まれ消失した。7人の諜報員達はマルクトシステムの中に保存されていたUntitledファイルを保護する為のパッケージとなり、ネットの海を泳いでいく。そしてシェキナシステムのメインサーバーからイランゲームのシステムに侵入し散った──。

 そして時は今現在に戻る──

「我々の世界は共有され1つに繋がった。クエスト者達よ……」

 だがそこで言葉が紡がれることはなく、動きが停止した。

「何だ……?エラーか……?」

 クエスト者達は不可解な現象に首を傾げる中、空間をねじ曲げるようにして亀裂が生じていた現象も収まり、スーツを着込んだ得体の知れない者達も、飛行物体も元の空間へと逆走して戻っていった。

「何が起きたんだ……?」

「分からないけど、今の内に城を目指さないか?もしシステム状のエラーが起きているならチャンスだろ。ドラゴンもいないし……」

「そうだな、行ってみよう」

 そしてクエスト者達は警戒をしながら城を目指していく──

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