第4話 禁じられたゲーム

「誰もが食べたことのある馴染みのこのバーガー!みんなも知ってるよね?そう!この新商品のスポンサーの裏にはなんとなんとぉ~僕達がいちゃいまーす♪さてさて、この培養肉はなんのお肉なのか?さぁ国民のみんなぁ~!このゲームマスターがいる部屋に集まった、上層部の人達に注目してくださ~い!」

 ホフマーは画面を自分から、上層部の人間に切り替えて続きの説明を再開した。

「なんとこの培養肉!ここにいる、上層部の人達の生身の体を培養して、国民の栄養源として寄与され、美味しくいただかれちゃってま~す♪」

「なんだと……!?」

 場はどよめいた。

「しかも食べた人達にはもれなくお得な特典も寄与されてるんだ!なんとなんと!僕達が開発したナノチップが体内に入ってまーす!だから何時でも何処でもイランゲームができちゃうし、イランゲームから逃れることができなくなるってことさ♪」

「ぅゲェッ……」

 上層部の一人が吐き気を催したが、直に怒声をあげた。

「狂ってる……キチガイ共めがっ!!」

「えー、だって僕達だってお肉を食べるでしょ?それが人間か動物かだけの違いだけじゃない。それにこれこそ!愛だよね!博愛主義だと思うんだ!」

 少年は目を輝かせて無垢に微笑み宣言する。倫理観も道徳観も欠けた発言は上層部を黙らすには十分過ぎた。そしてマスターが再び口を開く。

「ふふっ……ホフマンはとても良い子だね。さぁ諸君、そろそろお別れの時間だ。君達に最高のイランゲームをお見せすることができないのが残念だが、この世界のフラクタルの一部として消失させてあげよう」

 マスターがそう口にした途端、上層部や兵士達の体がホログラムのように途切れていき、散り散りに消滅しはじめた。

「おい……!冗談じゃないぞ!?」

「どうなってる!?」

 そしてこの場から全員が消失したのち、またホフマーが明るく説明していく。

「さぁ、ここからが本当のゲームの始まりだよ。全世界のみんな!今とーっても不便で困ってるよね?大事なライフラインや機密情報を取り戻したいなら、このイランゲームを今すぐインストールして頑張ってクリアしていこうね!タスクをこなして、リワードを獲得しなければ絶対に元には戻らないよ?まぁ、いらないなら挑戦しなくてもいいんだけど、チップ入りバーガーを食べちゃった人達は挑戦しないとゲーム離脱者としてブラックリストに登録されて、1週間以内にゲームからも現実世界からも排除エリミネイトされちゃうことになるから注意してね?ではでは!みんなが公平にスリルあるゲームを楽しめるような特別ミッションを組み込んで、たった今!その準備が整ったからそのカウントダウンをしていくよぉ!10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0……!はい、スタート!」

 その瞬間、全世界に設置されている全ての原発の電源が落ち停電した。全て停電し、水を供給する設備の機能も停止した為、燃料棒の温度が上昇しだした。

「原発の機能の冷却システムを停止させたよ~!吹っ飛ばされる前にゲームのタスクをクリアしないとどういうことになるか、みーんな分かってるよね?公平に頑張れる機会を与えた僕とマスターに感謝してね!ではでは!みんなのゲーム参加を、僕達は心よりお待ちしてま~す」

 原発を抜きにしていた理由が今になって漸く判明した。最初からゲームのミッションとして組み込んでいたのだ。

「何なんだよ……コイツら……」

「マジ基地過ぎるだろ……」

「え、何かの冗談だよね……」

「テロじゃん……やばくね?」

 だが現にライフラインは使えず、原発の機能は全て停止していた。そう、全て支配されてしまったのだ。つまりはゲームをやりタスクをクリアしなければもれなく全世界の人間が巻き込まれ、死ぬ運命となったのだ。

「おい!原発がメルトダウンする時間はどれぐらいなんだ!?」

「大体、数時間ぐらいじゃなかったかな……分かんないけど。でもさっきのゲーム配信見た感じだと、もって数時間程度って考えたほうがいいかもしれないけど……」

 そして既に全ての端末はハッキングされており、端末の表示はイランゲームをインストールするか否かの表示と、簡易的なチャット画面がその横に表示されていた。情報交換がそこでできるように何故か用意されていたのだ。ゲーム内部にメッセージを送れる機能があるのに関わらずチャット画面の設置──意図することは不明だ。だが既にそこを活用する者達が無数に現れ、部屋を作り、議論をしながらゲームを始めている者達もいた。

「やるしかないんだよね」

「これ一大事でしょ……」

 企業、乗り物、施設、生活を司るライフラインどころか原発までもが奪われ、全世界の人々が人質にされたのだ。とまれ、この中で優先すべきは原発だ。冷却機能も停止しているなら原発がメルトダウンする可能性も高い。原発がメルトダウンする前に何としてでもゲームをクリアしなければ全員等しく死を迎えることになる。そして人々はアプリゲームのイランゲームをインストールし、イランゲームでアップデートされた【秘境赤ずきんの森】へとそれぞれのアバターを作り向かった──だがそこでまた新たなアップデートが開始された。

『マスター権限が発動されました。只今よりゲームのアップロードを開始します。マスター権限が発動されました。只今よりゲームのアップロードを開始します』

「あらら、またマスターはイレギュラーなことをしちゃったみたいだね……まぁいっか」

 ホフマーはクスリと笑う。

 そして秘境赤ずきんの森に踏み込んだクエスト者達はまた鳴り響くアナウンスに立ち止まった。一体、何のアップデートが開始されたというのか──刹那、森に咆哮と振動が響き渡った。それは聞いたことのないような咆哮で、大地を揺るがすような地響きもした。その音は不気味で、徐々にクエスト者達がいる場に近付いていた。

「おい、まだ何かあるのかよ……」

「何が起きたんだ?」

「分からない……だが、用心したほうがいいかもしれないな……」

 クエスト者達の顔に懸念の色が浮かびはじめていくが、コアなゲームクエスト者達は陣形を整えながら武器を構えて慎重に歩いていく。すると森の木々が揺らめき、そこから全長16メートルの赤い巨体の姿が出現した。その巨体には長い首と硬質な頭部、そして羽があり、同じく硬質な鱗に覆われていたレッド・ドラゴンだった。

「なっ……あれは……」

 レッド・ドラゴンの双眸そうぼうはクエスト者達を捉え、見据えた瞬間、大口を開けていく。

「待避ぃいいい!撤退しろおおおおお!!」

 コアなゲームクエスト者達は直ぐに来た道を引き返し、それぞれ遮蔽物しゃへいぶつを探していく。だが、間に合わなかった。逃げる間も無く業火が迫り、クエスト者達を一瞬で焼き、灰にした。そこから5分のタイムラグが発生してから復活したが、当然ながらHPのハートマークが1つ減っていた。残り回数は4回となった。そして焼かれた場所に戻るが、ドラゴンの姿はそこから消失していた。だが地面にはレッド・ドラゴンと思える鉤爪の痕跡が深々と残されており、その場から別の場へと飛んで移動したのが窺えた。

「おい、今さっきのレッド・ドラゴンだったよな……?」

「ああ。しかし事前の予告では【秘境赤ずきんの森】のダンジョンで登場するレッド・ドラゴンじゃないし、次のステージの【ドラゴンズナイト】のダンジョンで登場するレッド・ドラゴンだった筈だ……」

 【秘境赤ずきんの森】【ドラゴンズナイト】【メタバースシティ】のダンジョンが決まった際、ある程度のキャラや物語が動画サイトで配信されていた。30秒から1分程度のCMだったがどれもビジュアルが美麗で再生数が伸び、中でもレッド・ドラゴンが雄々しかったのが印象的だ。

「……ってことは、さっきのアプデってまさか……」

 クエスト者達がお互いの意見を交換する中、またもや【秘境赤ずきんの森】のダンジョン内で不可解な現象が起きた。天候が急変し、大気がねじ曲げるような黒い渦が空や地面等、そこかしこに発生し、やがてそこに亀裂が生じていく。空間をねじ曲げるようにして亀裂が生じ、そこから複数の人間が出てきた。スーツを着込んだ得体の知れない者達に続いて飛行物体が出現し、散り散りに各地に分かれて飛んでいく。

「あれって……」

 その中の1名がクエスト者達に近付き、口を開く。

「我々の世界は共有され1つに繋がった。クエスト者達よ……」

 だがそこで言葉が紡がれることはなく、ぴたりと動きが停止した。

「何だ……?エラーか……?」

 各クエスト者達が疑問符を浮かべる最中、時間は原発の冷却機能が奪われる前に遡る──

 先程、子供達が収容されていた地下牢獄の隣に位置する場所に、もう1つ同じ牢獄が隣接されていた。そこには力なく横たわる男女7名の姿があり、男女共に手足を電子のかせで拘束され、酷く痛めつけられていた。全員、あまり身動きが取れない状態でいたが、その内の1人が口を開いた。

「ねぇ……、みんな……生きてる……?ケテル、グブラ、ティフェレト、ネツァハ、ホッド、イエソド」

 女が辿々しく口にすると、「ああ……」と、1人が返事した。返事をしたのはケテルという男だ。

「何とか、生きてるよ……。ホフマーは……あいつは、裏切るとは思いもしなかったがな……ビナーこそ大丈夫か?酷く痛めつけられただろう……」

「私は、大丈夫……。それよりも、計画が実行されて……しまったようね……」

 地下牢獄にいるが地上で起きているアナウンス放送は聴こえていた。わざと聴かせている魂胆もあるのだろう。わざと聴かせた上で、むざむざと拘束され、何も抵抗することのできない諜報員の男女を嘲笑っているのだろう。だが女は、ビナーはまだ諦めてはいなかった。拘束された両手首を口許に持っていき、右手の平の親指の付け根の皮膚を噛みちぎった。そしてそこから歯と舌を駆使して小さなチップをくわえて取り出した。

「それは……」

 6人は何とか力を振り絞って上体を起こし、一様にそのチップを見遣る。

「これは、最後の希望よ……。私ね、シェキナシステムを開発したシェキナ博士と仲が良かったのよ……。よくプライベートで、一緒にお茶をしたり……お食事をしたりして、とても楽しい時間を過ごしてきたわ……。その時にね、こうなることを見越して、私にこのチップを託してくれたの……。もしも、何かトラブルが起きたら……これを使いなさいって……」

 ビナーが取り出したチップはシェキナ博士の遺品で、今の状況を改善するのに役立つのが窺えた。そしてビナーは再び続きを口にしていく。

「イエソドまで裏切っていたら、大変なことになっていたところだわ……。イエソドがいてくれて良かった。このチップ……貴方が隠し持ってる端末で……、どうにかできる……?」

 するとイエソドは頷いた。

「可能だが……この拘束を解かないことにには、先ず無理だな……」

「拘束を解くか……よし、俺がやろう……」

 するとグブラが拘束された両手首の間接だけを外していき、電子のかせから両手首を抜き取った。再び器用に間接をはめていきチップを手にした。

「相変わらず、無茶をするな……」

 ティフェレトが堪らず笑うと、皆も一様に笑った。

「無茶は俺の専売特許だ。さて、俺は名前の通り力技しか持ち合わせていない……ここからはみんなに任せるよ。俺に指示をくれ……」

「ああ、分かった。少し不愉快なことをさせるかもしれないが、やってくれ。俺の肛門の穴に端末が隠してある。それを抜いてくれ……」

「最悪な隠し場所だな……。大分不愉快なんだが……」

「仕方がないだろう……。そこにしか隠す場所が無かったんだ……」

 そしてグブラは横たわるイエソドの後ろにまわり、ズボンを脱がし、そこから下着を半分だけ下ろした。それから声が出ないようにイエソドの口にズボンを持っていき噛ませていく。

「いくぞ……」

「ああ、やってくれ……っぐ!ぐぅう!!」

 そして声にならない叫びと呻き声の後に、パッケージに包まれた端末とバッテリーが引き出された。

「イエソド、大丈夫か?」

「……っ、はぁ……ああ。穴が引き裂かれるかと思ったが……、問題はない……」

 イエソドが額に脂汗を浮かべて答える中、ビナーが口にした。

「そしたらグブラ、その端末を起動させて……」

「ああ、了解……」

 グブラはバッテリーを端末に入れて起動させていく。

「この端末は、イエソドが作ったのか?」

 グブラが訊けばイエソドは頷いた。

「ああ……。非常時用に作って、常に携帯してたんだ……仮想でも現実でも……な」

「そうなのか……それは、大変だったな……」

 そして端末は20秒で立ち上がり起動した。

「そしたら次は、どうすればいい……?」

「次はチップを端末に普通に取り込ませりゃいい……。だよな、ビナー……?」

 イエソドが話を振るとビナーは「ええ」と答え、再びイエソドが口にした。

「その端末の横についた小さな挿入口にチップをいれてくれ……そっとだぞ……」

「了解だ……」

 グブラが慎重に蓋を取り外してそこにチップを差し込むと、端末の画面に7つのアルファベット、【malkuth】が表示されたのち、YesとNOの選択肢も表示された。

「m、a、l、k、u、t、hのアルファベットが表記されたぞ」

 グブラが口にすると、

malkuthマルクトだな……主権か。俺達に与えられたコードネームと同列だな」

「そうね……」

「ああ……」

 ティフェレト、ネツァハ、ホッドが頷くと、ビナーが再び口を開いた。

「これはマルクトシステムというのよ。シェキナ博士の分身だと、あの時、言っていたわ……このシステムはシェキナの双子、だったかしらね……」

「それで、次はどうすればいいんだ……?」

 グブラの質問にビナーは説明していく。

「その画面に、YesかNOか表示されているでしょ……?Yesを選択して、タップしてちょうだい……」

「了解……」

 グブラは指示通りにタップしていく。すると画面が再び変わり、小さいながらもシェキナシステムのメインサーバーのコンソール画面が表示され、その近くにUntitledと表記されたファイルが3つ表示されていた。

「シェキナシステムのメインサーバーのコンソール画面とUntitled表記のファイルが3つ展開された……確認してくれ……」

 グブラがビナーに画面を近付けた瞬間、地上で悲鳴が聞こえた。頑丈な牢獄といえど悲鳴の振動は犇々と伝わってくる。

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