第3話 残酷なまでに

「おや、僕を殺すのですか。僕を殺すと大事な情報が抜き取れなくなりますよ?」

「心配ご無用。こうなることは予期し、予備のマスター権限のバックアップは備えていたからな──形勢逆転だ。さぁ……」

「「安心して逝きたまえ」」

 そこでマスターと男の台詞が重なった。ただの偶然なのか、男がマスターを見遣れば、マスターも男を見遣る。視線が絡み──しかしマスターだけが笑っていた。

「次はこうですか?あなたは利き手である右手をあげて、『撃て!』と指示する。すると僕は穴開きチーズになりグシャリと床に倒れ、絶命するんですよね……いいですよ?ほら、再現してみてください」

「馬鹿が……!撃て!」

 男は不審を抱くも指示する。刹那、無数の銃声音が響き、マスターは撃たれてその場にくずおれた。穴開きチーズのように体はぐしゃぐしゃになり、肉も飛び散り、血溜まりとなっていた。そして絶命したか否かの確認を近場の男がし……

「対象者、無力化完了しました」

「よし、次は……「あの小僧だ」」

 刹那、声が重なった。血溜まりが消え、マスターはそこからムクリと起き上がり口にした。

「あの小僧はシェキナシステム創設メンバーの1人でもあるが、その前は研究施設にもいたガキだ。公になる前に始末しなければ……か?おや、シェキナシステム創設メンバーの残りも探しだせ……も追加で言うようですね」

「なっ……!?」

 場はざわつく。生き返るだけではなく撃たれた形跡もなく、元通りの姿に戻っていたからだ。更には男の口調を真似るばかりか、まるでその男の頭の中の考えが手に取るように分かったかのような口振りで、マスターは何事もなかったように立ち上がる。一体何が起きたというのか、この場にいる者達は分からず首を捻るが、その様子に長息し、やがて口を開いた。

「あなた方にはほんと、心底呆れたよ……こんな理屈も分からないほど耄碌もうろくしてしまったようですね。全てをシェキナシステムや僕達に任せきりにしていたからか──でもまぁ、それも今日までだ。兎角、僕はあなた方の為にショーをするショーマンでもなければ、魔術師でもない。さぁ、これがどういう現象なのか、もう一度よく考えてみなよ。考えなくても分かるだろう?」

 マスターが自身の頭を指先でトントンと叩いた刹那、また無数の銃声が響く。マスターに向かって撃ちだしたのだ。だが弾はどれも命中することはなかった。マスターに当たる前に全て、空間から消失したからだ。

「撃っても無駄なのに、武力行使をまだ僕にする気なのか──ならいいだろう。あなた方が死ぬ前に、面白い物を見せてあげるとしようか──ホフマー」 

 マスターが呼称すると先程中継していた少年がデバイスの画面に現れ、にこやかに手を振りながら口を開く。

「はいはーい、マスター!準備は整ってますよ~。いつでもOKです」

 少年は陽気に語ると指を打ち鳴らした。すると先程、レポーターが追いかけていた赤ずきんが兵士に連行された状態で出てきた。どちらもNPCキャラで、ホフマーと呼称された少年がゲーム内に存在しているのが分かる。とまれ、何故赤ずきんが出てきたのか──。赤ずきんはフードを被っていて表情がよく見えないが、直にそのフードは兵士の手によって取られた。赤ずきんの顔が明らかになり、画面に真っ直ぐ視線を向けた瞬間、また場がざわつきだした。

「おい、あの子……。アメリカの大統領の孫娘に似てないか……?」

 赤ずきんの顔はアメリカの大統領の孫娘にそっくりだった。しかし孫娘の情報はメディアどころか公にはなっておらず、内々にしか知らない秘匿情報で個人情報保護法や国家安全保障として非公開になっている。情報の正確性もだが本人自身、公に公開しないという希望で公的に守られ、知っているのは側近と今いるメンバーのみだ。そして最近、その大統領の孫娘や今この施設にいる兵士、上層部の人間達、そしてシェキナシステムに関連した企業や重役の子供達が次々と行方不明になる事件が発生していた。公にはされていなかったがこのイランゲームと関連してるのが窺え、不文律が破られているのは赤ずきんを見て分かる。とまれ、アメリカの大統領の孫娘にそっくりな赤ずきんの少女は、NPC特有の目付きで、画面をじっと見ているのみだ。

「おやおやぁ~?その様子だと早速、この赤ずきんちゃんが誰なのか、そこにいる人達は分かっちゃったみたいだねぇ~。それじゃあ正解を言うよ?この赤ずきんちゃんは、アメリカの大統領の孫娘だよ~!ね?とってもとぉ~っても可愛いでしょ?ああそうそう、マスターがいる場所に集結している人達は誰も情報漏洩はさせてないから安心してね?僕達が独自に組み立てたプログラムで得てきた情報だからさ」

 しかし安心はできなかった。つまりはこのイランゲームのシステムが世界中のシェキナシステムを凌駕りょうがしているどころか、上回ったことを意味していたからだ。しかしこのシステムを開発したシェキナ博士は既に他界している。そして少年は赤ずきんに近づくと親しげに肩を組んでいく。

「この赤ずきんちゃん、すっごく可愛いでしょ?だけど可愛さだけじゃなくて賢さもあったんだよね。他の子供達よりすば抜けてIQ、EQ、AQ等も高かったから見事、このイランゲームの赤ずきんちゃん役を勝ち取ったんだよ?さて、そろそろ自我を戻してあげようか」

 この場にいる全員、自我を戻すの意味が理解できずに眉をひそめた。だが少年は取り合わず、口にする。

「ホフマー権限始動!これより赤ずきんの権限を排除しま~す」

 少年が口にした瞬間、赤ずきんは見る間に表情を取り戻し、人特有の表情の動きをするだけでなく、捕まった兵士から逃げようと抵抗し、画面越しに訴え始めた。

「助けて!おじいちゃん、私はここよ!助けて!!」

 だが兵士は無言で赤ずきんの脛椎けいついを槍の柄で狙って強打した。瞬間、赤ずきんは呻き、力なくその場にくずおれていく。そして兵士アバターは赤ずきんを担ぎ、再び元の城へと引き返していった。

「あらら!呆気ない再会になっちゃったねぇ?でも安心してね。赤ずきんちゃんはこの世界でちゃぁあんと生かしててあげるからさ」

 少年は無垢な表情で微笑んだ。

「一体何が、どうなってる……」

 ホフマーという少年がいる世界は恐らくバーチャルだ。しかし赤ずきんが自我を取り戻した瞬間、まるで実体があるように動き、助けを訴えた。これはどういうことなのか──

「その様子だとまだ状況が分かっていないようだから説明しちゃうんだけど、赤ずきんの本体は僕達の元で管理して眠っているんだよ。そっくりなアバターに!分かったかな?」

 屈託ない顔で話す少年ホフマー。その内容をそれぞれ咀嚼していき、この場にいる上層部の者達の血の気が引いた。つまり元の性質その物を移植したというのは──

「まさか、人間その物の脳を移植して使い、NPCを作り上げたということか……!?」

「ピンポーン!大正解でっす♪でも正解しても何も賞品はでないよ?けど、そうだな~特別に楽しいショーを見せてあげようかなぁ」

 少年が指をパチンと打ち鳴らした。すると少年の後方の地面が左右に割れ、巨大なガラス張りの牢獄が地面の下から出現した。そしてそこには年端のいかない子供達が大量に収容されていたが全員、画面から背を向けて誰も動くことはなくじっと座り続けている。明らかに様子がおかしく異様な光景だが、ホフマーという少年は朗らかに説明していく。

「ここにいる子供達は赤ずきんというキャラを勝ち取る為に精一杯頑張って戦った子供達だよ。戦わせるのも大変だったけど、僕達と関わりのある各国のお偉いさん達の子供達を狙って拉致するのはもっと大変で、とっても苦労したんだけどねぇ。兎角だ!この子達に状況を説明して競わせて、敗北しちゃったのがこの子達になるんだけどね?残念ながら赤ずきんキャラになれる子は一人しかいないし、他に使い道もないから牢獄にずっと閉じ込めてたんだ。あ、一応それなりに餌は与えていたんだよ?僕、従順な家畜こどもは好きだからさ」

 少年は得意気に狂気を語るが、檻の中にいる子供達はぴくりとも動かない。そして少年は再び、先程と同じ言葉を口にした。

「ホフマー権限始動、無数の個体を限定解除!さぁ君達、後ろの画面越しに見える人達に何か言うことはないかなぁ?」

 すると子供達は一斉に振り返ると胡乱な表情を一変させ、口々に叫んだ。

「パパ助けて!」「お父さん!お父さん!怖いよ!嫌だよ!」「叔父さん助けて!」「ここから出して!」「パパ!ママ!助けて!」

 また場がざわついたのは言うまでもなく、そこにいた兵士達と上層部に続き、シェキナシステムに関わる者達の血の繋がりのある子供達だった。子供達は怯えて泣き叫び、必死に訴えている。だがどの子供もよくよく見れば、人とは言い難い容姿に変わり果てていた。その姿はまるで、何か別の物と掛け合わせをしたキメラのように──。そしてホフマーはまるで寝物語を聞かせるように語りだす。

「赤ずきんちゃんキャラになる為の大会に敗北し人質にされた子供達は、とってもとぉ~っても悪いマスターと僕に捕まって、脳をNPCに移植された挙げ句に生身の体をホムンクルスに改造され、このゲームの世界の牢獄に閉じ込められてしまいましたとさ♪さぁさぁどうする?もう人間とはいえない状態だけど助けたい?それとも見捨てる?ねぇねぇ、どうしたい?マスターのところにいる大人のみなさーん、元気よく答えてねぇ」

「ふざけるな!すぐに解放しろ!!」

 ホフマーのふざけた茶番にその場にいる者達は口々に怒鳴り散らす。するとマスターは徐に口を開き──

「あなた方のその思考だけは、どうやらまとものようだ」

 笑顔を称え──

「直ぐに解放してやるさ、死地にな?ホフマー、やれ」

 その笑顔とは真逆に残酷な命令をホフマーに下した。するとホフマーは愛嬌を振り撒き、高らかに言った。

「さぁ、さぁ、さぁ!今からあなた達向けの特別なショータイムを始めま~す!子供達がいるガラス張りの檻の中にVXガスを噴射しまーす♪子供達は何分たえれるかなぁ~?ちなみにこの牢獄はバーチャルじゃなくて、現実だよ。僕達は仮想も現実も行き来できる空間も作ったのさ!すごいでしょ?ほめてほめて!」

 刹那、場がざわつき怒号が響く。

「ふざけるなっ!やめろ!子供達には手を出すな!!!」

 誰も彼もが口にしたが事態は止められず、容赦なく噴射されていく。そして子供達は全員息絶え、その場で絶命した。そして檻は再び地中に消失し、悲しみにくれる間もなく今度はマスターが口を開く。

「次はあなた方の番だ──と言いたいが、謎解きの答え合わせをしよう。恐らく解けていないだろうが答えは単純だよ。あなた方がすやすやと寝ている間に、僕達はずっと動き続けていたのさ。最高のイランシステムを使い、ドーパミンを出し続け、その間にあなた方の脳をシェキナシステムを介して取りだした──新たなプログラムを入れてな。最先端医療技術で取り出し、このイランゲームに組み込んだんだよ。では実体の体は今、どうなっているかって……?」

 マスターがホフマーに目配せすると、ホフマーはまた全世界に向けての中継を再開し、新たな映像を配信した。その映像には誰もが知っている大手チェーンのバーガーCMが流れ、肉の革命として培養肉が使用されている、新バーガーが画面上に映し出されていた。この新バーガーは全世界同時に発売され、紙媒体や電子媒体としても広告されている、誰もが一度は口にしたことのあるバーガーだ。

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