第2話 秘境赤ずきんの森
「誰だこの女は」
「世間で一番人気で美人なレポーターさんを用意したんだけど……その様子だとマスターのお気には召さなかったみたいだね」
苛立たしげな男の問いに即座に答えたのは少年だった。年は16ぐらいでおっとりとした表情で笑っている。問うた男、マスターは苛立たしげに舌打ちで返し、嘆息した。
「世間で人気か……それはあてにならないな。評価はバズればどうにでもなるし、評価は金でも買える時代だ。顔も頭も運動神経もそこそこ良い、バズれる女は幾らでもいる。いや──そこは訂正しよう。性別も人間も関係なくだ。ただの道端の石ですら評価されるからな。この女は世間でいうプロパガンダに過ぎない」
マスターはそこまで一息で告げ、再び口にした。
「兎角だ、この不愉快な女はこの場に相応しくない……このゲームもシステムも冒涜している」
マスターは淡々とした口調で言うとコンソールを操作していく。
「ちょ!待ってくださいよマスター!それ今日の計画じゃなくて、明日の正午に実行予定の計画だよぉ?」
「1日早めても何も問題ないだろう……この醜態は全世界で配信され、見られてしまっている。さっさと終わらして始めるべきだ」
マスターがコンソールを操作し叩くと、WARNINGの文字と本当に実行しますか?という表記にYesかNOの選択肢が映しだされた。
「マスターはせっかちだなぁ。でもマスターがやりたいなら僕は止めないよ」
おどけながら笑う少年の口調は少し寂しげだが、顔は邪悪そのものだ。
「フッ……お前も早く楽しみたいんだろう。ならいいじゃないか、俺達の利害は一致してる。さぁゲームをはじめよう……逃れられない運命に、お前達はどう抗う」
マスターがコンソール画面でYesの選択肢を叩いた瞬間、けたたましい警告音が鳴りだした。巨大なデバイスの画面にはこの世界に住む全人類の情報が表記され、そのデータが次々と奪われ回収されていく。所謂ハッキングとクラッキングだ。マスターと少年はそれぞれの思惑でその成り行きを眺めていた。そして少年は暫くしてから踵を返し──
「それじゃあマスター、手筈通りに実行してくるね。ではでは!行ってきま~す」
「ああ、頼んだぞ。ホフマー」
マスターと会話を済ませて部屋を後にした。マスターとホフマーと呼ばれた少年がある計画を実行した最中、レポーターはまだアイテムボックスをじっくりと眺めていた。
「うーん、ゲーム初心者には何が何だか分からないものばかりなので、また普通に扉を開けていきたいとおもいm……」
だがレポーターの次の言葉が紡がれることはなく、そこで言葉が途切れた。一瞬でレポーターの頭が粉々に吹き飛び、どちゃりと首から下は地面に
『マスター権限が発動されました。只今よりゲームのアップロードを開始します。マスター権限が発動されました。只今よりゲームのアップロードを開始します』
同時刻、世界中で大混乱が起きていた。
「お金が引き出せなくなってるんですけど……!どういうこと!?」
「申し訳ございません!只今、全機能が全て停止するシステムトラブルが発生してまして……」
銀行には多くの人々が押し寄せごった返していた。そして病院では──
「生命維持装置が機能してません!全機能停止してます!!」
最新医療を誇る施設では9割方、シェキナシステムのAI機能とプログラムに任せ管理していた。だが今は全機能が停止し、施設にいる人員総動員で命を繋いでいたが、人手は足りず逼迫していた。
「操縦ができません!離脱します!!」
軍用、一般関係なく飛行物体が居住区や海に突っ込み墜落していた。飛行機だけでなく電車も車も操縦不可となり停止するが、唯一通常運転でフル稼働しているのは原発のみだった。世界中に存在する原発だけは何故か除外され、通常通り稼働していた。原発を狙わなかった理由は何なのか、これは偶然なのか、テロなのか──人々が混乱し、大規模電波遮断の状況が世界中で続く中、テレビと動画配信サイトで同じ放送がはじまった。そこに映し出された人物は少年で、黒い喪服のようなスーツに身を包み、自然豊かな場所でティーカップ片手に紅茶を啜っている。直に少年は画面に視線を移し、
「全世界の諸君──この姿は見えてるかい?そしてこの僕のように優雅なティータイムはできているかい?恐らくできていないだろうね……そう、だって君達の大事な手段もツールも全て、イランゲームのシステムプログラムでシェキナシステムに侵入して奪ったんだからさ!そう、大事な手段だけではない、個人情報もぜ~んぶね!」
その放送は世界中で配信されていた。
「逆探知で奴の居場所を特定しろ!」
混乱する中、各世界の諜報機関は独自の回線で探すがどこもヒットせず、直にその手段も奪われ停止した。
「そうそう、僕を探そうとしても無駄さ。幾らでもデコイ(※おとり)は作れるし、そもそもが、君達とは違う次元にいるからね。僕はこのゲームをそれなりに任されてはいるんだけど……まぁ、これ以上は言わないし秘密さ。あとは自分で考えてね。さて、ここからが本題だよ?」
少年はあどけない笑顔で口にしていく。
「この世界にいる君達全員の大事なデータは、イランゲームのタスクをクリアすればリワードとして受け取れるよ。誰がどのデータを受け取るかはクエストする君達の運次第!データの中には各国の機密文書もあれば、中にはゴミのような物もあるから注意してね。それとゲーム内容はさっきレポーターが説明した通り、新しくアップデートされた【秘境赤ずきんの森】【ドラゴンズナイト】【メタバースシティ】のダンジョンでタスクをこなし、クリア後に選んで受け取れるよ。ゲーム難易度は全世界共通、【ナイトメア】でとっても難しくなってるから覚悟してね。各階にはトレジャーボックスが設置されてて、そこにアイテムも隠されているよ。だけどギミックやサブミッションもあるし、5回死ぬとゲームオーバーになるから注意してね。それとさっきのレポーターはマスター権限で4回分の死を与えたから、扉のギミック合わせて丁度5回死んだんだ。ゲームで死ぬと現実でも死ぬことになるよ、こんな感じにね?」
少年はあどけない笑顔を崩さぬまま、画面を切り替える。すると画面はヘッドセットを被った状態のレポーターに切り替わり、そこに一筋のレーザーがレポーターの頭上から照射されて落ちた。瞬間、一瞬で肉と化し粉々に散った。それだけではない、レポーターが立っていた場所ごと焦土化し、レポーター以外の者達も巻き込まれ、そこは黒煙が立ち上っていた。
「あらら、今ので他の関係ない人も巻き込んじゃったみたい!出力の加減を間違えちゃったよぉ~ごめんねぇ?でもそこは後でちゃーんと調整するから安心してね。さてさて、今ので理解いただけたかな?ゲームで死ぬとリアルもこ~んな感じで死ぬことになるから注意してね。ではまたねぇ」
今ので衛星までハッキングされ、宇宙に打ち上げられている衛星兵器までもが彼等の手に落ちたことが分かった。そこで全世界に向けた配信の中継の接続は一旦切られた。
「おい!話が違うじゃないか!今すぐ中止しろ!」
少年が和やかに配信する最中、マスターの元に駆け込んできたのは各国の上層部の、極一部の人間のみだ。今までシェキナシステムの命を下していた上層部の者達は切られる直前、独自の回線で何とか特定に成功し、施設に踏み込み、一堂に会した。
「何がどう違うんです。僕はあなた方に言われた通りに実行しただけですよ?」
「我々のデータまで奪取しろとは命令してない!今すぐ中止して、我々のデータをゲーム内から取り出せ!」
各国の上層部の人間達は口々に言うが、マスターはそれに取り合うことなく笑う。
「不可能ですよ。このイランゲームは既に始動してしまった。クエスト者がタスクをクリアするまでは誰も受け取ることはできない。それに誰もが平等に情報を入手できるなら、とても良いことじゃないですか」
「ふざけるな!我が国が保有している機密情報が他国に渡ったらそれこそ不味いことになる!今すぐ中断しろ!貴様なら可能だろ!マスター権限で取り出すことは可能な筈だ!」
「ちょっと待て……貴殿のいう機密データとは何のことだ。我々全員に共有し、秘密はなしと取り決めた誓いと契約はどうした……?」
その場にいたもう1人が口を挟み詰問すれば、鼻を鳴らして答えていく。
「悪しき思想の貴殿等に知られたら何に使用されるか分からないからな。貴殿等には共有できない情報もあり、保有しているということだ」
「ふざけないでいただきたい!なら貴殿も今までずっと我々を騙していたということか……!?」
すると扇子を扇いでいた1人が口を開いた。
「そんなこと、今更始まったことじゃないですよねぇ?お互いに腹の探り合いをして、地位を引きずり落とそうとしていたのですから、フッ……今更、綺麗事を語るのは
そしてこの場は論争ならぬ激論になるが、その内の1人が本題に戻した。
「まぁまぁ、そこらは
するとこの場は一挙に静まり返った。
「そうだな、この話は追い追いで、今はこの状況の解決が先だな。貴様、我々に謀反を起こすことがどういうことか理解しているのか!?AIで奪取したとしても、リアルの人間は動かせず指示もできない……さぁ、大人しくするんだ。それにここには我々以外の人間も乗り込んでいる……意味は分かるな?」
男はマスターに告げるが、マスターの表情は変わらぬばかりか嘆息が響いた。
「はぁ……もう、あなた方にはうんざりだよ」
マスターは興醒めしたように言い、語っていく。
「あなた方はゲームの醍醐味を分かっちゃいない、誰一人としてね。ゲームは娯楽だろう?ゲームは脳を至高な快楽へと導いてくれる──そう、睡眠や麻薬と一緒さ。楽しいと脳にシグナルが送られ、ドーパミンが放出される。しかしドーパミンが放出されるのは何も楽しい時だけではない、命が懸かった時もだ。命懸けでリスクを掛けてこそ、本当の価値を実感することができるんだよ。そう、あなたがたは何も分かっちゃいない──お言葉だが、悪しき考えの者達はあなた方のほうだ。そしてもう二度と、会話ができなくなるのが残念であり、嬉しくもあるよ」
「そうか、それは良かったな。話し合いで解決できないなら、お前の権限を武力行使で奪うまでだ」
そして部屋に雪崩れ込むようにして踏み込んできた兵士達、それぞれの手にはアサルトライフルがあり、マスターに照準が向けられていた。
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