第4章

第16話 ナイトの過去~18から大人に掛けて~

 そしてナイト達は18になった。他の子供もだが特にナイトは誰よりも優れていた。

「なぁ、俺達が今してる研究もシステムも何れ、世界平和の架け橋になるんだろ?楽しみだな」

 ナイトが嬉しそうに口にすれば、何時もそれに同調し、嬉しそうにしていた筈のグブラとビナーは浮かない顔で「そうだね」「うん……」と返した。2人の表情はぎこちなかった。どうしてこんなにもぎごちないのか──。以前まではナイトと共にとても楽しみにしていた2人。しかし今はシェキナ博士と同じく浮かない顔になっていた。そしてそれは、ビナーやグブラに限らず、他の者達もだった。一体、どうしてしまったというのか──……ナイトの疑念はそのまま2人に向けられた。

「どうしたんだよ?もうあと数年もすりゃ完成するのに、嬉しくないのかよ?」

 ナイトはグブラとビナーの2人に話を振っていく。するとビナーが決意したように「あのね、ナイト……」と口を開くが、「ビナー……」とグブラが遮り、それ以上は話さないように止め──

「ナイト……ナイトはこれからも、ナイトのままでいてくれよ」

 唐突に切り出した。

「あ?あったり前だ!なに言ってんだよ、グブラは変な奴だな」

 ナイトが何時もの調子で突っ込めば、グブラは「そうだな」と笑った。何時もと変わらぬやり取りだった。それから5年が過ぎ──……

 「ほれ!見ろよこれ!世界中を統制して防衛できるシステムをこの俺様が作ったんだぜ?その名も、ナイトシステムだ!これを使えば戦争は事前に防げるし、これさえあればどの国も平和になれる!どうだ!すげーだろぉ?テメェらこの俺様を褒め称えろよ!」

 遂に完成し、ナイトはそのシステムの後にゲームも作った。ビナーもグブラも他の仲間もシェキナ博士も嬉しそうに笑い、「おめでとう」と言ったが、それが最期となった──

 ナイトが何時ものように目を覚ますと、研究施設と異なる部屋の殺風景な風景がナイトの視界に映りこんでいた。自然豊かな風景が見える窓もなければ、光も差さない、壁も床もコンクリート剥き出しの場所で、些末なベッドに寝かされていた。

「ここは……どこだ……?」

 ナイトは夢を見ているのだと思っていた。しかし夢ではなく現実であり、体を起こせば鉄格子の柵が見えていた。コンクリート剥き出しの壁と床に鉄格子の柵……ナイトはそこがどこなのかが直ぐに分かった。完全に覚醒したナイトはベッドから降りて直ぐに鉄格子まで走り怒鳴った。

「おい!俺を今すぐにここから出せ!!」

 すると看守が直ぐにやってきてナイトに告げた。

「罪人は黙ってろ!貴様は国の重要なシステムや機密を悪用しようとした罪でここにいれられている!危険因子は黙ってろ!」

「はぁ……!?何で俺が危険因子になんだよ!?」

 ナイトは自身の身に起きたことが分からず、理解もできなかった。何故こうなってしまったのか──……するとそこへ、昨日まで一緒にいて、システムとゲームの完成を共に祝ったシェキナ博士、そしてグブラとビナーと、ビナーの弟のヘセドもやってきた。

「シェキナ博士!グブラ!ビナー!ヘセド!これ何かの冗談だよな……!?俺が一体、何をしたって言うんだよ!?つぅか何で俺が危険因子になんだよ!?ふざけんなっ!システムは世界平和の為に作ったもんだぞ!?それにもう1つはただの娯楽用のアプリだ!?テメェ等なら分かってんだろ!?」

 だがシェキナ博士も、グブラも、ビナーも、ヘセドもナイトの言葉に頷ずくことはなく、淡々とした表情でナイトを見詰め──

「ナイト君、残念だよ……」

 シェキナ博士はそれだけ告げると踵を返して去った。シェキナ博士に続き、グブラもビナーも踵を返しそこから離れていく。

「おい!シェキナ博士!グブラ!ビナー!どうしちまったんだよ!?何とか言えよっ!」

 そんな折、ビナーの弟のヘセドはナイトに近付き耳元で囁いた。

「安心しなよ。僕達が君の後釜をついであげるよ」

「あ?なんだと……?」

「だから、君みたいに野蛮で下品な奴はいらないし必要ないって話さ」

 ヘセドは冷たく言い放つと踵を返した。子供の頃は良かったが、大人になるにつれてヘセドとは気が合わなくなっていた。ナイトがやることなすこと気に食わないのか、意見してはナイトに食って掛かることが多くなっていた。そしてヘセドにとってこの状況はこの上なく嬉しいようで、口許に極上な笑みを浮かべていた。

「じゃあね、バイバイ……

 嫌みをたっぷりと含ませて言うと、ヘセドは去っていった。

「おい!テメェ!ヘセド!ちょっとこっち来いやゴラァ!」 

「黙れ罪人が!」

 刹那、手すりに張り付き騒ぐナイトを引き剥がすようにして看守の蹴りがナイトの鳩尾に入る。ナイトはえずくがそれでも叫んだ。ナイトが言うことを訊かなかったので、もう1人看守がこの場に現れた。看守2人はナイトが入れられている牢獄の檻の中に入り、いたぶり折檻した。そしてその日を境に、ナイトの生活は変わってしまった。システムとゲームを作った次の日からナイトは研究施設から追放され、罪をきさせられ、牢獄送りにされ、そこでの生活が始まった。


*   *   *   *   *   *


 牢獄での暮らしは酷かった。食べ物もろくな物は与えられず、人権すらない、毎日が罵倒される日々だった。だがナイトは直ぐに状況を受け入れ、極力無駄な体力を使わないように、反抗しないようにして過ごす術を身に付けた。そして牢獄暮らしを始めて半年が過ぎた頃──

 「205710番、出ろ!」

 労働時間でもないのに牢獄の扉が開き、檻の外へと出された。手錠はされたままで、看守に言われたまま付いていけば、簡素な部屋に通された。その部屋のテーブルには牢獄を管理する最高責任者がゆったりと座っており、ナイトを見据えて言った。

「そこに座りなさい」

 ナイトは言われるがまま座れば、直に手足の拘束を制限している手枷てかせ足枷あしかせが外された。

「君は今日から出所だ、刑期は終わったんだよ」

 言われるがまま、促されるまま書類にサインし、そして外へと放り出された。外は牢獄と違って新鮮な空気が流れ、心地よい風もそよそよと流れていた。外の空気は依然として変わらなかった。だが国の在り方は大きく変わってしまっていた。ナイトが出所した頃にはナイトが手掛け、完成させたシステムが、シェキナシステムとして流通し運用されていただけではなく、ナイトが開発したゲームも別の形で発表され世間に浸透していた。ナイトが牢獄で人権のない半年を過ごしている内に、世界は大きく変化し、9割型AIによって管理されるような社会が誕生していたのだ──

 ナイトは出所したのち、売店で売っていたニュースペーパーと雑誌を購入した。牢獄では一切の情報を目にするのを禁止されていたからだ。ニュースペーパーと雑誌を購入して立ち読みし、世の中の目まぐるしい変化の流れに驚くが、一番驚いたのは元気だったシェキナ博士が亡くなっていたことだった。

「一体、何が……どうなってやがんだよ……!?シェキナ博士は亡くなってるし、アイツ等が俺無しで、国に依頼されてシステム運用してるだと!?ざっけんじゃねぇえええ!」

 そしてナイトは出所した日から独自で新たにシステムやプログラムを作成しだした。それからシェキナシステムやゲームに関連する機密情報をハッキングし、情報を入手した。情報を見れば見るほど、ナイトの権限は国に、仲間だった者達に完全に奪われているだけでなく、悪用され掛かっていることにも気づいた。それがヘセドだった──。そこでナイトは独自のアバターを作り、シェキナシステムとイランゲームを乗っ取り、取り返そうと目論んだのだ──だがナイトが目論み乗り込んだ日と同じくして、イランゲームのアップデートと共に世界中を巻き込んだ大規模テロが起きた。ナイトよりもヘセドが先に動いたのだ。そして名無しの金平糖、アラシ、ラブリーと出会い、かつての仲間で良き友だった同姓同名のグブラという少年にも出会ったのだ。これは偶然なのか、それとも必然なのかは分からないがナイトの心境は複雑な色合いに染まっていた──……

 ナイトはそこまで回顧かいこしたのち、今の経緯に至るまでの話を掻い摘まんでラブリーとグブラという少年に話した。話している内に懐かしくなるも、複雑な心境なのは変わらなかった。だがナイト自身、話して整理したかったこともあり、仔細に話すことにしたのだ。

「グブラさん、それからビナーさんやシェキナ博士も、ナイトととても仲が良かったのね」

「昔の話だがな」

「何だろうな……。これは私の直感になるんだけどね……ナイト、怒らないで訊いてくれる?」

 ラブリーが徐に切り出せば、ナイトは「ああ」と促した。

「今の話を訊いてね、グブラさんやビナーさん、そしてシェキナ博士も、ナイトのことを守ろうとしてたんじゃないかなって──……私はそんな気がした。これは直感だけどね」

「そうか……」

 ナイトが頷いて返すと、ラブリーは続きを紡いでいく。

「ナイトが考えて作り出したシステムも、ゲームも、人の為に、平和の為に、娯楽の為に──って全世界の人が思えば何も問題ないけれど、そうじゃない考えの人も当然いるわけでしょ。実際、今がそうじゃない?悪用してレポーターを殺したり、原発を人質にとったりしてさ、システムと衛星兵器で脅して、人を家畜のように操作しようとしてるじゃない。だからさ、ナイトみたいに意志が強くて正義感の強い人は、悪い人達にとって目の上のたん瘤になってしまう。ナイトのように有能な人が殺されてしまったら、この先起きる悪や最悪な事態を止めることはできなくなるし、きっと支配されてしまう……だからこそみんな、シェキナ博士も、グブラさんも、ビナーさんもナイトを守る為に、苦渋の決断をして、断腸の思いで……ナイトに人生最期の嘘をついたんじゃないかな」

 ナイトの瞳は「そう、なのか……」と揺らぎ、ラブリーを見遣る。

「うん、だってもし私がビナーさん、グブラさん、そしてシェキナ博士のような立場だったら、間違いなく同じようにするよ。ナイトを守らなきゃ──って。きっと凄く辛かったと思うよ」

 するとナイトは徐に口を開いた。

「そうなのか──。俺は……人の気持ちを汲むのも読み取るのもうまくできねぇから、見たもの全て、言われたこと全て、人の行動で全部受け取っちまうんだ」

「うん」

 ラブリーはナイトの話に水を差すことなく頷く。

「だからあいつらが俺にした言動が全てで、事実だと、ずっと思い込んじまってた。どこかで否定したかったが、できなくてよ──だが、今のラブリーの説明で分かったよ。ありがとな」

「うん、どういたしまして……あ、そうだ!今、思いだしたんだけど、名無しの金平糖とアラシが気になってたことがあって、アタシとしては全然気にならなかったことなんだけど、ナイトもそれ気になる人かが訊きたくて……」

 ラブリーは話を転換させ、イランゲームの横の簡易チャット画面を開く。

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