第13話 マスター権限強奪!からの、謎の泣き虫狩人

*   *   *   *   *   *


「うわわっ!?マスター!ちょっとマスター!大変だよぉ!」

 ホフマーは驚きの声をあげたのち、再びマスターの元へデバイスを持って近づく。

「騒々しい……どうした?またチート行為でもしてるプレイヤーでもいて、まさか、突破されたのか……?」

 マスターの問いにホフマーは首をぶんぶんと横に振り、デバイス画面がよく見えるようにマスターにかざした。そしてマスターはその画面を見遣り数秒、眉間に皺を寄せ──

「何なんだ、これは……」

 青筋を立てながら嫌悪する。ホフマーが慌てて見せた画面は2分割された画面となっており、1つは【秘境赤ずきんの森】のダンジョン画面で、もう1つはイランゲーム内部の機能に設置されているメッセージ画面の横に設置された簡易チャットの画面だった。【秘境赤ずきんの森】ではクエスト者達が大勢集合し、1人の女性アバターに群がり写真撮影をしている光景が映し出され、もう1つは卑猥なタイトルの部屋名がざっと100以上も作られていた。しかも全部、ゲームマスターに関する部屋だった。その内の1つを開いて部屋を管理している者を調べてみたが無人だった──が、そのチャット部屋の中には無数の卑猥画像が貼られていた。SM、亀甲縛り、三角木馬等々と、どれもゲームマスターの顔写真を使ったコラ画像だが、ゲームマスターの不快度指数は自ずと上昇し──

「ねぇマスター、これまさか……マスターの趣味なのかい?」

「……趣味なわけがあるか」

 このホフマーの一言により、ゲームマスターの理性はプツリと切れ──

「僕がこんないかがわしい趣味を持ってるだと!?ふざけるなっ!!」

 冷静さを失い、簡易チャット部屋の解体をすべく、端末を操作していた。

「ふざけるな!ふざけるな!ふざげるなっ!この僕が!こんな下品な趣味に興じるわけないだろっ!ここは崇高な場所でなければならない──ああ、そうだ……仮想世界も、現実世界も、崇高でなければならないんだよ!こんな物……マスター権限で排除してやる!」

 ゲームマスターはそこまで告げ、簡易チャット画面のプログラムの解体をする為のソースを開いた──刹那、ソースに表示されていた数式やアルファベットが端末の中で散っていく。

「な、なんだこれは……ウイルスに、ハッキングだと……!?」

 プログラムが発動し、マスター権限の秘匿コードも一緒に散り、それがナイトの元へと送信されていく。

『ピロン』

 腕時計型のデバイスに受信音が響く。ナイトは早速それらを開き確認し──

「──!……っしゃあ!マスター権限のコードをゲットしたぜ!」

「ま・じ・か・よ!?すげーなぁナイト!」

「あの稚拙なコラ画像を見て、頭に血が登って、お相手さんは解体する為にマスター権限のコードを開いて躊躇ためらわずに打とうとしたんだね……。ご愁傷様……」

 名無しの金平糖はゲームマスターの権限を見事奪えたことを嬉しく思う反面、卑猥な部屋と卑猥なコラ画像作戦で奪えた事実に複雑な気持ちが訪れていた。ともあれ、これで原発の冷却装置問題は解決できるのだろう。

「このゲームマスターの権限で【秘境赤ずきんの森】の城内に設定されているファイルの中から原発冷却装置を復旧させるリワードがある筈だ!名無しの金平糖!アラシ!ラブリー!テメェ等んとこにも今、ファイルデータのコピーを送信した!保存でバックアップ取っといてくれ!」

 そこには膨大なデータが記載されていた。どれも必須なデータなのだろうが先ず優先すべきことは、原発の冷却装置を復旧させるライフラインだ。

「うげっ!こんなにあるのかよ!?容量凄まじそう……って、当たり前か。全人類って確か80億人近くいるんだったか?膨大過ぎるよな……。しかしこれ、4人掛かりでこの中から原発の冷却装置のライフラインのリワードを探し出すのは不可能じゃねぇか!?」

 名無しの金平糖が弱音を吐くと、ナイトはふっと笑った。

「弱気なこと言ってんじゃねぇよ。俺はこの膨大なデータを一瞬で選別するプログラムを作成して実行してるし、既にbotの検索でも稼働済みだ!俺様を誰だと思ってんだよ!」

 ナイトは余裕で宣言する。

「カッコいい……」

 ラブリーはといえば、ナイトに心を奪われているどころか完全に落ちていた。

「保存でバックアップOKだぜナイト!次はどうすればいい?」

 真っ先にアラシは作業を終えると、ナイトに次の指示を仰ぐ。するとナイトはニヤリと笑い口にした。

「バックアップ完了したら【秘境赤ずきんの森】だ。そこでクエスト者達が俺が開発したアバターのウサぴょん☆ジュリナに群がってんだろう?ゲームマスターアイツはマスター権限放置で、そこに目をつけて叩きに行くはずだ。俺が原発冷却装置のデータのリワードを引き出せないと高を括ってな!その間に、そこも簡易チャット部屋状態にして、更に煽ったところで突撃して、ぶち殺してやんだよ!」

 ナイトはククッとわらい、端末を操作していく。


*   *   *   *   *   *


「マスター権限のコードを奪われちゃったの!?どうするの!?」

 ホフマーは慌てふためくが、マスターは少し動揺を見せながらも直に落ち着いた。

「誰が奪ったかは知らないが、奪ったところで奪った奴等には何もできやしないさ。コードもプロテクトが掛かってる──それに、そのプロテクトを突破できる奴等は、地下の牢獄に閉じ込めてあるからな」

「そうだねぇ。それに本体も無いし、直にこの世界に消えてっちゃうし、どうにもできないもんねぇ?」

 ホフマーも落ち着きを取り戻し「次はどうするの?」とマスターに指示を仰いでいく。

「【秘境赤ずきんの森】にいる連中を新しいゲームで実験してやろう。マスター権限は奪われたがたった今、完成したところだ」

「わぁ~!それはとっても楽しそうだね♪」

「さぁホフマー、ホフマー権限で【秘境赤ずきんの森】の城をアップデートするから、挿入口をこちらに」

「はいは~い!了解だよぉ♪」

 ホフマーは腕時計型の端末を操作していき、城解放の承認画面をタップした。そしてマスターは新しく作ったチップをホフマーの端末から差し入れてアップデートしていく。

「【秘境赤ずきんの森】にいる連中のところへ行く、ホフマーも準備ができ次第向かえ」

「は~い」

 マスターは踵を返し、施設の外へと歩いていく。施設の外は広大な海が広がっていた。マスターは腕時計型デバイスを口許の側まで持っていき、口にする。

tranceトランス──リヴァイアサン」

 するとマスターの体は光源を放つように包まれていき、見る間に変化した。硬質な鱗にぎしりと被われ、巨体な青々としたドラゴンが姿を現した。リヴァイアサンに変化したマスターは海に雄々しく飛び込むと、一気に陸地まで泳いでいく。


*   *   *   *   *   *


 マスター権限をナイトが奪い、ゲームマスターがリヴァイアサンの姿になって【秘境赤ずきんの森】に向かう頃、名無しの金平糖とアラシとラブリーとナイトの様子を木陰から覗き見る屈強な狩人は逡巡していた。

「何だかとっても楽しそうなことをしてるなぁ、近くで見てみたいなぁ、でもなぁ……」

 屈強な狩人の発言は幼い子供の発言そのものだ。ウズウズとしながらも、中々一歩を踏み出せずにいた。刹那──

「そこにいるのは誰だ!」

 怒鳴るように言ったのはナイトだった。ナイトは端末を近場にいる名無しの金平糖に預け、木陰に潜む者がいる場所まで一気に詰めていく。

「ひっ……!」

 しかし屈強な男はナイトの形相を見るなり縮み上がり、小さな悲鳴をあげて逃げようとしていた。だがナイトは容赦なくその首根っこを掴むと足払いを掛け、地面に一挙に叩きつけた。

「テメェ……なにこそこそと見てやがったんだ。吐けやゴラァ!殺すぞ!」

「……ひっ!えっと、あの……その……」

「あぁ!?はっきり言えやゴラァ!」

 屈強な外見と異なる態度と要領を得ない返しにナイトは苛立ちを募らせていく。そしてナイトと対峙している男は見る間に目に涙を溜めていき──

「……っ、ひっぐ!えっぐ……!うわぁあああ──ん!殺ざないでぇ!許じでぇえええ!」

 ──と、子供のようにわんわんと泣き始めた。

「は……?な……!?」

 完全に不意打ちをくらったナイトは目を見開き棒立ちで固まった。

「ちょっとちょっと、何よ?どうしたの……?」

「何が起きた?」

「うーん……。状況を説明しますとぉ、おっきな大人が子供のようにギャン泣きしてますわぁ~」

 状況が分からないラブリーに同じく、状況が分からない名無しの金平糖。その2人に続いてアラシが見たまんまの光景の説明をするが、説明があったところで矢張り、よく分からない状況なのは否めない。そして子供のように泣く大人の格好を見遣れば屈強な狩人である。このギャップは一体何なんだと突っ込みたくなる一同に、不可解なことが更にこの場で起き始めた。

「なっ……!?」

「えっ……!?」

「うぉおい!?ギャン泣き狩人さんに後光の光ならぬ、全身に光りが差しまくってるというか、発光現象発生してますが!?これ大丈夫なやつか!?」

「いや分からん……分からんが、離れたほうが良いんじゃないか……!?離れよう!」

 そして4人は発光しだした狩人から離れるべく、踵を返してダッシュする。すると光源は一層強くなるもやがて光を失い、そこに現れたのは屈強な狩人ではない、10歳程のフードを被った少年だった。

「えっ、子供……?」

 ラブリーは引き返し、そろそろと近づくようにして歩いていき、その子供の前にしゃがんだ。

「君、お名前はなんて言うのかな……?」

 ラブリーは極力、怖がらせないように声のトーンを柔らかくして訊いていく。子供は涙を浮かべ、嗚咽をしながらも辿々しく答えていく。

「んと……、ホフマーさんには、ひよっこって言われたりするけど、僕は……、グブラって言うの……」

「そっかぁ~、グブラ君って言うんだぁ。格好良い名前だね。アタシはラブリーって言うんだ。グブラ君、よろしくね?」

 ラブリーが笑顔で手を差し出せば子供、グブラは少し逡巡しながらもおずおずと手を差し出した。そしてラブリーのやり取りを離れて見ていた3人もラブリーとその子供に近づき──

「どういう状況なの……?」

 名無しの金平糖がラブリーに訊いていく。

「名前はグブラ君って言うんだって。それでホフマーって人にはひよっこって言われてるみたい。状況はまだ訊いてないから、はっきりは分からないけれど……」

「なるほど……」

 名無しの金平糖が返した瞬間、ナイトは目を見開き口にした。

「グブラ──……だと!?今、グブラって言ったのか、そのガキ!?」

 ナイトはグブラという少年の前にづかづかと大股で歩みより腰を屈め、問い質していく。

「おいガキ!その名前は誰からつけてもらったんだ!?それともお前がグブラなのか!?答えろ!!」

「ひっ……!」

 ナイトが間髪入れずに詰問すれば、グブラは小さな悲鳴を漏らし、ナイトから離れるようにしてラブリーの後ろに回り込み隠れた。

「おいコラ!ガキ!隠れてねぇで……」

 ナイトがグブラの首根っこをひっ掴もうとしていたので、ラブリーがその手を止めた。

「ナイト、この子は子供だよ?そんな怖い顔で問い詰めたら怖がって泣いちゃうし、逃げちゃうじゃない。もっと優しく接してあげないと」

「だが……。はぁ、分ぁったよ。じゃあ後は任した。俺は奴を嵌めるための準備をする」

 ナイトは渋々了承したのち、元の場所へと引き返し、端末を手にして作業に戻った。そして名無しの金平糖とアラシとラブリーは引き続きグブラに質問をした。

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