第7話 チャット部屋に謎の匿名現る

*   *   *   *   *   *


「そういえば、変じゃないか……?」

 ぽつりと名無しの金平糖が疑問を口にした。

「変って、何が?」

 ラブリーが聞き返せば、名無しの金平糖は疑問を打ち明けていく。

「ついさっきまでアナウンスが入っていたのに、全然入らなくなっただろ?それにクエストには制限時間、タイムリミットが設けられている筈なのに、ゲーム内のデバイスには全く表示されてない、ほら……」

 名無しの金平糖が不審な点を指摘すれば、ラブリーと共に夜更けの荒らしも確認していく。

「ほんとだ!タイムリミットが全く表示されてない……どうしてだろう?」

「うーん、システムエラーじゃないのか?」

 夜更けの荒らしが見解を口にすれば、名無しの金平糖は、「いや」と否定し、持論を展開させていく。

「【秘境赤ずきんの森】に何故か第2ダンジョンで登場するレッド・ドラゴンや【メタバースシティ】のダンジョンも一瞬開きかけてて、そこのNPCキャラが登場したんだよ。その時に『マスター権限が発動されました。アップデートを開始します』というアナウンスが入ってたんだ。恐らくだけど、そこにアプデされる筈だった内容は【秘境赤ずきんの森】ダンジョンに【ドラゴンズナイト】と【メタバースシティ】の世界を移植させて繋いで、そこのダンジョンにしかいないNPCキャラも登場させることで、クリア難易度を【ナイトメア】よりも更に上に引き上げようとしてたんじゃないかな──って、俺は推測してるんだ」

 名無しの金平糖がそこまで言うと、夜更けの荒らしが口を挟み、聞き返す。

「ふむ……。んで、それってつまりは、どういうこと?」

「つまり、ゲームマスターとやらは全人類を確実に殺そうとしている。けれど、原発がメルトダウンするまでの正確な時間が割り出せない。だからタイムリミットが表示できないんだと思う」

 名無しの金平糖がそこまで口にすると、今度はラブリーが口を開いた。

「けどさ、確実に全人類を殺したいなら、レポーターを一瞬で殺したように殺せばいいだけじゃない?衛星兵器を使えば一瞬だし、手っ取り早いでしょ。なのにそれをせずに、一々回りくどいやり方どころか、ゲームをさせてるのは何故なのよ?」

 ラブリーの突っ込みに、名無しの金平糖ではなく夜更けの荒らしが答えていく。

「生粋の、異常なまでにゲームに固執した人物かもしれないね。楽しんでいるのかもしれないな……要はガチ勢って奴だよ。まぁ、これは憶測だけどな」

「つまり、ちょっといかれてるってことね──ていうか、よく考えたら大分イカれてるわよね。レポーターを殺したり、お偉いさん達の体を使ったお肉で培養肉を作るだけでなく、チップを仕込んで提供したり、おまけに原発を人質に取ってるんだから。普通の頭じゃ、こんな惨いこと考えれないし、到底できっこないわよ。ところでこれって、テロ行為になるのかな?」

 ラブリーの質問に名無しの金平糖は「テロになるね」と頷く。

「メルトダウンしちゃうのかねぇ……」

「ちょっと!不謹慎なこと言わないでよ!そうさせない為に今、一丸となって各国から隊員が派遣されてるんでしょ?」

 夜更けの荒らしが嘆息混じりに言った言葉に、ラブリーが突っ込んだ刹那──

「おい、君達──ここから先は危険区域だ。それに君達は一般市民だろ。政府の通達を確認したならすぐに、引き返しなさい」

 一番最後尾を歩いていた隊員に気づかれ、軽く注意をされた。ゲーム内に各国の翻訳機能が備わっているので、どんな国の人種とも難なく話せるようになっている。だが顔付きや話のイントネーションからして日本人のようだ。

「えっとぉ~……アタシ達は、そのぉ~……」

 ラブリーがしどろもどろに話す中、名無しの金平糖がラブリーに代わって答えていく。

「僕達は引き返す訳にはいかない事情があるんです。実は僕達の仲間が既に、城の内部の奥まで潜入してまして、それがとても心配で……なので現地まで同行させてください。あなた方の邪魔になるようなことはしませんので、お願いします」

 名無しの金平糖が明確且つ丁寧に説明し頭を下げると、隊員は暫し黙り、「少し待っててくれ」と告げ、無線連絡を取りだし事情を説明しだした。どうやら隊員はチート武器どころかチート通信網も手配済みな様だ。

「ねぇちょっと、名無しの金平糖!アタシ達は興味本位で城に行くだけじゃない」

 ラブリーがジト目で言い、よくもあんな嘘をつけるわねと、声をひそめて言えば、夜更けの荒らしがニシシと笑い口を開く。

「ラブリー、嘘も方便だよ。チャットでネカマやるのと一緒の心理さ」

「え~、そういうもん?」

「そういうもんだよ」

 そして直に、隊員は通信を切ると再び名無しの金平糖に目線を向けて告げた。

「君達の仲間が先行してるなら情報も共有させて欲しい。同行の許可はおりた──だが呉々も、無茶な真似や危険な真似はしないでくれ。いいね?」

「はい、承知しました。どうもありがとうございます」

 名無しの金平糖は礼を言い、軽く会釈をした。名無しの金平糖にならい、ラブリーも夜更けの荒らしも会釈で返せば隊員は踵を返して列に戻り、再び歩を進めていく。

 とまれ、名無しの金平糖が真面目を装った態度が功を奏し、引き続きこのまま同行できることになった。同行許可が正式におりれば、こっちのものである。

「名無しの金平糖!あんた中々やるじゃ~ん」

 ラブリーがはしゃぐと名無しの金平糖はにやりと笑い、

「なになに惚れた?デートする?」

 調子にのって誘うが「それは無理」と一瞬で振った。暫く歩いていると赤ずきんが囚われている城が見えてきた。しかしレポーターの時とは違い、門番兵士の姿はなく、そればかりか狼すら現れる気配もなく、そこには静寂が訪れていた。

「君達はここで待っていてくれ。我々が先に先行し、安全が確認できたらメッセージで送る」

 最後尾にいた隊員はそう言い残し、城の内部へと進行した。そして待っている間に3人は他愛もない会話を交わすが、今思う違和感が口をくのだった。

「やっぱりなんか、変なんだよなぁ」

 名無しの金平糖が違和感を口にすれば、夜更けの荒らしもそれに同調するように口を開いた。

「だなぁ~。イランゲーム側のシステムエラーだけじゃないような気がするよ。それにさ、このゲーム内にメッセ送れる場所があるのに、態々別口で簡易チャットを設けた意味も不明だよな。機能繋げてインポートすればいいだけなのに。何で態々分離させて、独立させてんだろう?」

「ねぇ、それってそんなに変なことなの?アタシは全く気にならないんだけど……」

 ラブリーが2人に訊けば、2人とも一様に「変だよな」と口にし、再び名無しの金平糖が口にした。

「このゲームを製作した側で対立でもしてたのかな。じゃなきゃこんなことしないと思うし」

「その線はありそうだね。よし、簡易チャットでそういう部屋を立ててみるか」

 夜更けの荒らしはそう言うなり、早速簡易チャットを開いて部屋を作った。部屋名のタイトルは【イランゲーム開発者達で内部抗争があったの?】だ。シンプルなタイトルだが、詳しい人間がいれば直ぐに入室することだろう。

「それってそんなに気になること?ていうか、2人はリアルでは何やってる人なのさ?」

 気になったラブリーは2人に訊くが、当然といえば当然な答えが返った。

「リアルの職業は明かさないことにしてるから秘密さ。とはいえ、このゲームに巻き込まれている時点で、個人情報は向こう側に渡ってて、恐らく引き抜かれてしまっていると思うけど」

 名無しの金平糖は苦笑する。

「だったら良いじゃん、この際言っちゃいなよ。アタシとデートしたいんじゃなかった?」

「うーん……」

「ちょっと何よそれ!急に身元明かすとなったら躊躇ためらうわけ!?」

 ラブリーは名無しの金平糖に突っ込む中、夜明けの荒らしが「おい、人が入ってきたぞ」と口にした。今し方立てた【イランゲーム開発者達で内部抗争があったの?】に詳しい人物が早速やってきたようだ。そして3人はチャット画面を覗き込んでいく──

 ──匿名さんが部屋に入室したよ♪


夜更けの荒らし ≪こん≫

匿名      ≪その情報源はどこから入手した。答えろ≫


「うわぁー。な~んかいきなりアレな人が入ってきちゃったね……」

 ラブリーは画面を覗き込み苦笑する。挨拶も無ければ横柄な態度で訊く匿名というハンドルネームの人物は、更に続けて書き込んできた。


匿名      ≪そこにいるんだろ。はやく答えろ≫


「うーん、どうしよう。これキックしたほうがいいのかなぁ……」


 夜更けの荒らしは名無しの金平糖とラブリーの2人に意見を窺う。ちなみにキックというのは強制退室のことで、チャット部屋を作った本人がキックできるようになっている。

「これは早急にキックしたほうがいいよ。どうみても変な奴だろ」

「部屋主権限発動でキックしちゃえ~」

 意見が合致したので夜更けの荒らしは部屋主権限を使用し、匿名をキックし入室禁止にした。


 ──匿名さんをキックしたよ♪

 ──匿名さんが部屋に入室したよ♪


匿名     ≪答えたほうが身の為だぞ。さっさと吐けと言っている≫


「うわっ!また秒で入室してきたんだけどコイツ……」

 夜更けの荒らしは嘆息した。入室禁止にしてもまるで効果がなかった。恐らくネットに関する知識に長けているようだ。

「やばっ……。ストカー粘着質タイプだね」

「うーん。一旦、部屋を閉じたほうがいいんじゃないのか?」

「そうするわ」

 名無しの金平糖の提案に、夜更けの荒らしは部屋を閉じることにした。


 ──匿名さんをキックしたよ♪

 ──匿名さんが部屋に入室したよ♪


匿名    ≪さっさと吐け≫


「ええー……キックして部屋を閉じようとしても秒で入室してきて閉じられねぇ……困ったな」

「変なのに好かれちゃったね。これキックしても繰り返して同じことやるタイプだね」

「それじゃあ夜更けの荒らしが落ちるしかないね。部屋名のタイトルだけ変更して退室しよう」

「そうするわ」

 それから部屋名を【イランゲーム開発者達で内部抗争があったの?】から【雑談部屋】に変更し──


 ──夜更けの荒らしさんが退室したよ♪

 ──部屋の権限が匿名さんに渡ったよ♪


 夜更けの荒らしはチャット部屋を退室した。

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