2-7 出来損ない

「なんだ・・・なんか臭くないか」


 家に帰り、制服のままソファに寝そべり、リビングでワイドショーを眺めていると、いつもより早く父親が帰ってきた。

 まずい、自分が何にイライラしているのかもわからず、気分が悪かったからか、着替えるどころか、いつものように制服やバッグに消臭スプレーをかけるのを忘れていた。


 元刑事である父が、煙草の匂いに気がつかないはずはなかった。


「都・・・お前まさか・・・」


 私は黙っていた。動かず、テレビから目線を移すことはしなかった。父を見るのが嫌だった。


 しびれを切らした父が私の近くにあるバッグを掴もうとして手を伸ばした。

 私はそれを阻止しようとバッグを自分の側に引き寄せた。だが、無駄だった。空手と剣道の名手であり、私より何倍も大きな体をした父に力で敵うわけがなかった。


 私のバッグからは筆記用具やノートと一緒にメビウスの箱が出てきた。まずい。


「お前というやつは本当に・・・最近道場にも来なくなったと思ったらこんなものに手を出して・・・!いいか!その根性叩きなおしてやる!立て!」


 私はようやく体を起こし、父を睨んだ。


「立てと言ってるだろ!聞こえんのか!」


 中学生になり、父への嫌悪は日に日に増すばかりだった。自分の後継として男が欲しかった父は、私を強くするために躍起になった。当の私は思春期特有の体の変化についていけず、父の要求に応えることが辛くなり、道場へ通うこともなくなった。もう自分を自分で守れるぐらいには強いのだから十分ではないかと思っていた。だが、そんな言い訳、この単細胞親父が許すわけがなかったのだ。


「ええい!立たんか!この不良娘!」


 父は私の腕を掴み、無理やり立たせた。


「何事ですか!」


 キッチンにいた母が声を聞いてリビングへ駆けつけた。


「都のやつがこれを」


「都・・・!」


 父が煙草を指差すと母は手で口を覆って驚いていた。


「・・・これ、本当にあなたのなの?」


「前々から煙草の匂いがするとは思っていたんだ・・・まさか本当に吸ってるとは・・・けしからんやつだ」


「別にいいじゃん。父さんたちには関係ないでしょ。すっきりするんだよ」


 父は目を大きく見開いた。


「いいか!お前はまだ中学生だ!体も未発達の時にこんなものを吸ったらどうなると思う!?ただでさえ頭も悪く、大して強くもないのに・・・」


「都・・・母さんたちは都の心配をしてるのよ・・・」


 心配してるのか、困ってるのかわからない両親の悲しい目が突き刺さるように私の心臓をえぐった。

 何もわかってもらえないのだ。私の体のことも、私が考えていることも何も。


「その根性叩きなおす。いいか、毎日学校終わりは道場に来い。来なければ夕飯は抜きだ」


「あなた!」


「そのくらい厳しくせねばこいつは腐ってしまう。・・・全く、璃子の体が弱くなければ・・・親の面汚しめ」


 父はそう吐き捨てて私を見た。


「どこに行くの!都!」


 私はその場から逃げ出した。いつもそうだ。父は決まって最後には私と妹を比べた。妹の璃子は優しく、頭も良く、武道への関心も高かった。出来損ないの私とは正反対だった。私は家を出て、どこへ向かうともわからずただ暗くなった道を歩いていた。両親の悲しそうな目を思い出すと、自分なんかなくなってしまえばいいと自分を責めずにはいられなかった。

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