1-6 ノート
数学の授業が終わると、相島陽菜は人目もはばからず、きまって席を立ち、斎藤と話をしていた。そこには、いつもあのノートがあった。
今日は相島陽菜がノートを受け取る番だった。ピンク色で表紙には何も書かれていないノートだった。
碧海は帰り支度をしながら静かに言った。
「でもさ、懲りないよねあの二人も。こんなに噂になってるのに距離感変わんないし」
「交換日記・・・とか?」
そんなわけなかった。
「かわいいね。でもただの交換日記じゃないかも」
碧海は淡々としていた。
「ねえ一葉君はさ、例えば、すっごく好きな人とSNSやメールでやり取りしてて、それを見てる時の自分の顔ってどうなってるって思う?」
すっごく好きな人と自由にやりとりできたら・・・
「・・・笑ってるかな・・・」
「そうだよね。それって他人から見たらさ、幸せそうだなって見方もあるけど、なんかにやけてて怪しいなとか、好きな人とやり取りしてるんだなって見方もあるわけだ」
「そうだな」
「でもさ、それがスマホとかパソコンじゃなくてノートだったらどうかな?」
「え?」
「ノートだったらさ、あ、なんか好きなこと勉強してるんだなとか、なんか一生懸命やってるんだって見え方してこない?」
碧海が言いたいことはすぐにわかった。
「ねぇ一葉君さ、あのノートの中、見てみたくない?」
確かに教師がノートを見て笑っていても、生徒の頑張りにほころんでいると思われるだろうし、反対に生徒がそうであっても、教師から何か良い評価をもらえたのだと言う程度にしか思われない。なんら不審なことにはならなかった。斎藤が楽しそうにノートを見ていたことももちろん覚えている。でもそれは・・・考えすぎではないだろうか。
「別に、興味ない」
正直、ノートの中身は気になった。だからと言って、見て確かめたいなんて傲慢だと思った。僕が踏み込んでいいことじゃなかった。
碧海は黙っていた。重い沈黙だった。
静かに席を立ち、去り際にこちらを振り返った。
「そっか残念だな・・・君はいつもそうやって見てるだけなんだね」
碧海の言葉に僕は戸惑っていた。図星だった。僕はいつも傍観者だった。相手に影響を与えることなく、自分も傷つかない安全圏から出ることはなかった。でも、それを誰かにとやかく言われる筋合いはなかった。だからこれでよかった。僕は何もしない。何もできなかった。
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