1-5 証拠
相変わらず、斎藤と相島陽菜は親しげにしていた。
その後も女子たちがよく噂をしているのを耳にしたし、隣のクラスからも相島陽菜を見るためだけにわざわざ教室を覗きに来る生徒までいた。
相島陽菜はそのせいでクラスでは浮いた存在になっていた。
あの日から二人のことを気にしている自分がいること、それを隣の席の碧海に知られていることに居心地の悪さを感じていた。
「でもさ、こんだけ噂になってるのによく学校で問題になんねぇよな」
僕の席で今日5個目のパンを食べながら沖野は言った。
「なってんじゃないの。俺たちに言わないだけで」
「斎藤ちゃん、急に辞めるとかなんないといいけどな〜俺あの人の授業割と好きなんだよな。分かりやすいし」
「俺も好きだけどさ・・・」
斎藤はこの学校の教師にしては珍しく有名な大学の出身で、僕たち生徒に寄り添ったとても分かりやすい授業をしてくれる教師だった。まだ20代と若く、見た目も爽やかで、噂が経つまでは女子たちから絶大なる人気を博していた(相島陽菜が他の生徒から距離を取られるようになったのは、斎藤を独り占めにしたことへの他の女子たちからの当てつけでもあると僕は思っていた)。
だからと言って・・・だからと言って、生徒に手を出すことは許さるべきではない。そう思わざるを得ない空気感が学校中に広がっていた。大多数が二人の関係にNOを突きつけていた。僕だって、碧海にあんなことを言っておきながら、心の中では斎藤を憎んでいた。噂のせいで斎藤の人気がなくなっていることにさえ、少し安心していたのだった。
「でもさ、まだ単なる噂なんだし、証拠がなかったら辞めないと思うけど」
僕たちの会話を聞いていた碧海がいつもの調子でそう言った。碧海はいつも豪華な弁当を食べていた。
「そうだよな!目撃情報だけじゃあんな良い先生辞めさせたりしないよな!」
「そうだね。まぁ、証拠がなかったらの話だけど」
碧海と沖野のテンションは雨の日と晴れの日くらい違うが、今日はなんだか碧海も楽しそうにしていた。
「んだよ、証拠があるみたいな言い方やめろよな」
沖野のその問いかけに、碧海はいつもの貼り付けたような笑顔を返した。
「相島さんが授業終わりにいつも斎藤先生に渡してるあのノート、一体何が書いてあるんだろうね」
二人が中庭の向こう側に立っていた時もそうだった。いつも二人が話している時は、相島陽菜はノートを斎藤に手渡していた。
「ノート?」
でもそれはあの二人をよく見ていなければわからないことだった。当然、授業の時以外斎藤に興味を持っていない沖野にはわかるはずもなかった。
やっぱり碧海も相島陽菜のことをよく見ていた。
問題の数学の授業が終わり、課題提出のため全員分のノートを日直である僕が職員室まで運ぶことになった。
職員室のドアを開けるとむわっとしたコーヒーの匂いが鼻についた。生ぬるい空気とコーヒーの匂いが混ざった独特の空気感はいつ来ても慣れなかった。ドア側の少し離れた席に、ポロシャツ姿の斎藤が座っていた。相島陽菜のノートが机に置かれているのが見えた。
「先生」
「おお!ありがとう!そこの空き机に置いておいてくれ」
そう言うと斎藤は相島陽菜のノートを手に取り、楽しそうに眺めていた。
「一体何が書いてあるんだろうね」
そう言った碧海の言葉が頭の中で反響した。
碧海はあれが、あの二人の関係を示す証拠になると言いたかったのだと僕は解釈していた。それが斎藤を陥れる武器になると。
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