第24話 王太子は婚約者を溺愛する
無事に婚約披露式を終え、正式に婚約が披露されたことで、王城にニナの部屋が設けられた。
それに伴い、警備面やニナの多忙さなどが考慮され、ニナはバトン家のタウンハウスから王城の部屋へと移り住むことになった。婚姻前なので、もちろんアレクシスと寝室は別。半年ばかりのこととはいえ、ニナが不自由なく快適に過ごせるようにアレクシス自らニナの部屋の設えに心を砕いた。
「部屋、気に入ってくれた?足りないものはない?」
ニナが引っ越しを終えた日の夜、アレクシスはニナの部屋を訪れた。ニナが王城に移り住むことが決まってから、仕事を終えた後も嬉しさと準備で落ち着かない日々を送っていたが、それももう終わりだ。部屋着のニナを見るのは初めてのことで、その無防備さになんだかどきどきした。
「はい!お部屋、とっても素敵です。ありがとうございます」
「よかった。内装の指示は僕が出していたから」
ほっとしたようにアレクシスが微笑むと、ニナも嬉しそうに頷いた。
「あと半年足らずで結婚するんだから、一緒の寝室でもいいのにね」
ニナの笑顔があまりに無邪気で可愛らしかったため、照れ隠しにアレクシスが冗談を言うと、ニナが真っ赤になる。
「だっ、駄目に決まってます!」
「ふふ、わかってるよ。それに本当に同じ寝室にされたら、僕だって困るよ」
溜め息交じりに発せられたアレクシスの一言に、今度は一瞬で表情を陰らせた。
「え…。困るんですか?」
「うん。だって、ニナと同じ部屋なのに何もせず我慢なんて、無理だから」
陰った表情が見る間に恥ずかしそうな表情に変わる。
『この、くるくる変わる表情が可愛すぎて、思わずからかってしまう。意地悪してごめんね、ニナ』
愛おしそうに髪に触れたアレクシスに、ニナが恨めしそうな視線を送りながら、ふいっと背を向けた。
「アレク様はいつもそうやって…」
「ごめんごめん。機嫌直して、ニナ」
小さな背中を後ろから抱きしめ、膨らませた頬にそっとキスをする。それから、蒼玉の耳飾りが輝く耳にもキスを落とした。ニナがぴくりと反応し、身体があっという間に熱くなっていくのがわかる。
「も、もう直りました!というか、別に機嫌は悪くなっていません!だから…もうちょっと離れてください!」
「本当に?怒ってない?」
焦って離れようとするニナをさらに強く抱きしめて耳元で囁くと、ニナが緊張で益々身体を強張らせる。ふわふわと柔らかな髪の隙間から、細い首が薔薇色に色づいているのが見えた。
「怒ってなんていませんから!これ以上したら、怒るどころか心臓が止まっちゃいます!」
「それは大変。じゃあ、離れないとね」
アレクシスはもう一度ニナの耳にキスして、残念そうに身体を離す。これ以上ないほど赤くなったニナの顔を覗き込むと、ニナが大きな橄欖石の瞳を潤ませて睨みつけてきた。
「すぐそうやってからかって…。アレクシス様の…意地悪」
アレクシスは額に手を当てて天を仰いだ。こんなの、耐えられるはずがない。
「ニナは、僕の理性を壊しにきてるの?そんなに可愛いと、本当に我慢できなくなるからね?」
「えぇっ?何を言って…」
愛しさが抑えきれず、小さな口をキスで塞ぐ。
「…んっ…」
唇を合わせた瞬間、ニナは驚いたように固まったが、アレクシスの熱に溶かされていくかのように、次第に身体の力が抜けていった。
柔らかな感触と甘い香りに、理性が飛びそうになる。ニナの唇を啄みながら、頭の片隅にかろうじて残っていた理性の糸を、アレクシスは必死にたぐり寄せた。
「可愛すぎるニナが悪い」
唇を離して軽くニナの鼻先を噛むと、ニナがへなへなと座り込んだ。
「結婚したら、覚悟しててね。我慢してた分、僕の気持ち全部受け止めてもらうから」
アレクシスは床にへたり込んだニナを抱き上げてもう一度短いキスをすると、ソファに座らせた。ニナは頬を赤く染めたまま呆然として、されるがままになっている。
『無防備すぎるよ。これ以上一緒にいたら、本当に歯止めが効かなくなりそう…』
離れがたい気持ちをなんとか抑え、アレクシスはニナの頭を撫でてキスすると、
「また明日。ゆっくり休んで」
と部屋を出た。ドアを閉める瞬間、放心状態になっていたニナが、はっと我に返ったのが見えた。
自室に戻ったアレクシスは、倒れ込むようにベッドに身を投げ出した。
『ああ、やっちゃった…。ずっと我慢してたのに…。ニナを怖がらせちゃったかな…。嫌われてないよね?だけど、あんな可愛い顔されたら無理だよ。むしろ今まで耐えてきた僕がすごいとしか思えない…』
強引に唇を奪ってしまった罪の意識に苛まれながらも、柔らかな感触が反芻されて喜びが隠しきれなかった。まだニナの甘い香りが自分の周りに纏わりつくように残っている気がして、身体の熱が冷めない。
『これからはずっと、ニナが王城にいるんだな…。すぐ近くに…』
窓の外に浮かぶ月を見つめながら、アレクシスは幸せを噛みしめた。
「殿下、先日嘆願があったマルソー地方の治水工事の件ですが…」
「ああ、それなら国王に話は通っているよ。そこにニナが計画書を作ってくれてあるから確認して」
「ありがとうございます!早急な采配、痛み入ります」
ニナが王城に移ってから、アレクシスの仕事ぶりにはさらに磨きがかかった。ニナがいつでも近くにいると思うだけで、気力が漲ってくる。婚約披露後もニナは午前の仕事を続けていたが、部署は政務官補佐からアレクシスの補佐へと変わっていた。かなり多忙であるのに変わりはないが、アレクシスといられる時間は増えたうえに仕事の内容が多岐にわたるため、政務室にいるよりも見聞が広がると喜んでくれているのが救いだ。
『相変わらずバトン領の経営に関する指示も出しているし、ニナには本当に頭が下がる』
妃教育もすこぶる順調で、土地の活用や領地経営に関してなどは、教師の方がニナから学ぶところが多いと脱帽していた。社交の場での振る舞いも板についてきて、出会った頃父親の後ろに隠れるように立っていたニナとはまるで別人のようだ。もっとも、最初から仕事のスイッチが入った時のニナは堂々としていたから、スイッチが入るシーンが増えただけなのかもしれない。
そうやって頑張っているニナを見ると、アレクシスも負けてはいられないという気持ちになれる。
『ニナを守り、ニナに相応しくありたい。まずは愛する人に恥じない自分にならなければ、国を背負って立てる人間になんてなれるはずない』
1人で重圧に耐えてきた頃とは違う。今は心を通わせた愛する人が隣にいてくれる。
『今頃ニナも妃教育に励んでいるだろう。僕もしっかり仕事をしなきゃ。この案件が一段落ついたら、次の休日にでもニナとまた市場調査に出掛けよう』
アレクシスは傍らに積まれた新たな書類の束を手に取った。
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