御馳走帖
母語を話さない生活をしていたことがあった。
日本語は数冊の文庫本と自分が記す言葉、たまに聞くラジオくらい。
夜、机に向かって日記をつづり、ラジオを聞き、本を読んだ。
たまに日本語の音を発すると舌がもつれた。日本語の声をうしなったのかもしれなかった。
ただ、言葉、とりわけ声はあまり恋しくなかった。
話すのが好きではないからかもしれない。
恋しかったのは日本食である。
そのとき、思い出したのが内田百閒の『御馳走帖』という本である。
それに触発されて、ただ自分の食べたい物を書き記すことをやってみようと思った。
夜、一人日記帳に食べたいものをしたためていく。
びっくりするくらいにジャンクな食事が並んだ。
餃子が食いたい、チキン南蛮が食いたい、ハンバーガーが食いたい。
飲み屋で揚げ出し豆腐つまみに生ビール飲みたい。
我ながらバカ舌だと笑う。家屋のどこからかネズミが呼応した。
時は過ぎ、帰国した。私は食べ慣れた食事とともに日本語の声も取り戻していく。
あのような経験をすることはもうないだろう。
犬がいるうちは飛行機に乗ることもなさそうだ。頑張って習得した外国語も錆びついてしまった。
私の御馳走帖はもう書かれることはない。
だから、代わりに御痴走帖というものをしたためてみた。
それもここらでひとまず終わりとしよう。
お付き合いいただき感謝である。
でも、カマッテチャンだからすぐに似たようなものを投稿し始めるはずだよ。
(食べ物ネタが枯渇したの)
御痴走帖 黒石廉 @kuroishiren
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★21 エッセイ・ノンフィクション 連載中 90話
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