熱盆:汗と脂とにじむピンイン

 暑い時期が近づいてきた。というかすでに暑い。

 昔は今ほど暑くなかったせいか、教室にクーラーがついていないことも多かった。

 というか少人数だった文学部生はクーラーのついている部屋に入れてもらえなかった。


 夏休み前のテストを今でもおぼえている。

 頭にタオルをまいて、首筋にタオルをまいて、机の上にタオルをしいて、ひたすら中国語を訳す。


 タオルまみれで逆刃刀を使う人の敵役みたいになっている。それでも油断すると汗は答案用紙をにじませる。

 油断しなくても辞書の薄い紙、汗でところどころ透けてしまっている。

 あの頃、中国語の電子辞書はなかった。

 頭の中でピンイン(中国語の発音を示すアルファベット)が踊る。

 脳みそが沸騰しそうだった。いや、あそこで沸騰していたのかもしれない。そうでなければ、私は今頃もっと頭が良かったのかもしれない。そうに違いない。


 最近はどこにでもクーラーがあるから良いものだね。

 良い時代になったものだ。昔はね(以下省略)。

 若い子に偉そうにいう。

 そんな私は最近、紙の本がめくりにくくなった。指を舐める衝動を抑えきれそうにない。今どきの若い者はと偉そうな態度を取りながら「最近」のテクノロジーの産物である電子書籍をめくるのである。

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