第6話 冒険者ギルドで困惑中
冒険者ギルドは、随分と賑わっていた。
貧乏国であるが故に、魔物を狩って素材を売るということに重きをおいている冒険者ギルドには、強者ばかりが集っている。前世でよく読んだ漫画や小説にあるように、冒険者と魔物にはランクがあり、最低値はアルファベットのFランクでそこから始まり、最高値のAランクまでが基本だ。そして、それ以上の特級値、Sランクも存在する。黒龍はこのSランクに分類されていた。
ただこのランク付けは、冒険者がAランクだからといって、Aランクの魔物を倒せるというわけではない。魔物の方が人間よりも遥かに強いので、あくまでも魔物の側、人間の側のランク付けだ。
そして浩之は、冒険者の頂点にいるギルド長に、面会を願い出た。
「すまない、ギルド長に会いたいんだが、呼んでもらえないか?」
がやがやと騒がしいギルド内には屈強な冒険者たちが、それなりに多くいた。その中に、貴族の通う学園の制服を着た少年がいることはとても異質なことで、騒がしかった屋内はしんと静まり返る。
「どのようなご用件でしょうか?」
普段荒くれ者たちを相手にしているのだろう受付嬢は、特に表情を崩すことなく、対応する。それをありがたく思いながら、浩之は目的を素直に告げた。
「魔物の素材を売りたい」
「素材を売るのでしたら、こちらの受付で承りますよ」
「そうか、助かる」
「お売りいただける素材の種類はどういったものでしょう?」
「ザラタンという魔物なんだが、種類となると、何だろうな? 海にいる魔物だから、水系になるのか?」
「ザラタン……それはまた随分と大物ですね」
学生服を着ているせいか、信憑性に欠けるのだろう、受付嬢が訝しげな表情をする。だが、馬鹿にしたり、無下にすることはなかった。それは偏に、『ダライアス』が筋骨隆々な冒険者たちに引けを取らない体躯をしているからに他ならない。浩之はそのことに思わず感謝した。
「それで、ザラタンのどの部位をお持ちですか?」
「丸々一体、氷漬けにしてある」
その言葉を聞いた冒険者たちが一斉に声を上げて嗤った。その大声に、浩之はビクリと肩を跳ねさせる。
ゲラゲラと嗤う冒険者たちに構わずに、受付嬢が少し声を張って問いかけた。
「それで、その氷漬けのザラタンは、今どこに?」
「空間魔法で収納している」
その浩之の言葉に、その場がまたしんと静まり返った。
「空間魔法ですか? 初めて聞きましたが?」
「説明するより見たほうが早い。取り敢えず、ザラタンを出すから、広い場所へ行きたいんだが」
「分かりました。では裏へ参りましょう」
そう言って、机を回ってギルドの入口へ歩いて行く受付嬢に続き、浩之も足を進めた。そして何故か、冒険者たちもゾロゾロと後を付いてくる。
建物の裏手に回ると、かなり広い鍛錬場のような場所に出た。周りをぐるりと塀で囲んであり、隅の方には剣や槍、防具なども置かれていた。そして所々に小さな休憩所も設置してある。
物珍しそうにキョロキョロとしている浩之に、受付嬢が振り返り、にこやかに声をかけた。
「広い場所ということでしたが、こちらで大丈夫でしょうか?」
「ああ、どうだろう? 入るか心配だが、取り敢えず出してみよう」
そう言って手を地面に向けた浩之を、受付嬢と後ろから付いてきた冒険者たちが訝しげに見つめた。
と次の瞬間、いきなり目の前に巨大な亀のような魔物が現れた。もちろん氷漬けの状態で。何とか鍛錬場に入りはしたが、尻尾の部分が塀に引っかかり、壊れてしまっていた。
そんな巨大なザラタンの突然の出現に、目撃した面々が驚愕に目を剥く。
「えっ! どこから? どうやって? というか、これがザラタン?」
「うお! でかい!」
「すげえ!」
「本当に氷漬けだぞ!」
受付嬢の困惑した声とともに、冒険者たちの驚いた声も混じる。落ち着く様子が見られない中、浩之は受付嬢へと声をかけた。
「これを、丸々買い取ってくれる国はないかな? 出来れば両隣の国以外で」
両隣の国、イージリアス国とロドルグマ国には借金がある。この魔物を売って、少しでも返せたらと思っていた浩之は、眉根を寄せて申し訳無さそうに質問をした。
「え、ええ。丸々売ってしまうのは、ちょっと勿体ないですね。解体してバラバラに売ったほうがお得です」
動揺しながらも、しっかりと受け答えをした受付嬢は、どう解体すべきかと思案する。だが周りの冒険者たちは目を爛々と輝かせて、浩之に詰め寄った。
「おい、兄ちゃん! すげえじゃねえか! どっから出したんだこれ!」
「丸々氷漬けって、どうやるんだ!」
「てか、海で狩ったのか! えれえ長旅じゃねえか!」
口々に言い寄ってくる冒険者たちに、どうしたものかと困っていた浩之に、人一倍大きな声がかけられた。
「ダライアスデ殿下!」
その大声を発した人物に、その場の全員が目を向けた。
「ギルド長」
誰かの呟きで、彼がギルド長かと、浩之が認識する。
ギルド長が浩之へと足を進めると、自然と冒険者たちが道を開けた。それと同時に『殿下』という言葉に、全員が困惑して目を白黒させている。
「お久しぶりです、殿下」
「あ、ああ」
面識があるのかと、思わず『ダライアス』の記憶を探ると、とんでもない事柄が次から次へと浮かんでくる。あまりの突拍子のなさに、浩之は軽く目眩を覚えた。
その記憶たちを一旦無視して、浩之はギルド長へ挨拶をする。
「久しぶりだな、ギルド長。ゆっくりと話がしたいんだが、時間は取れそうか?」
「はい、大丈夫ですよ。ではこちらへ」
そう言って促された浩之は、案内されている間に記憶を整理することにした。
ギルド長、ヴィンスの年齢は二十三歳。若くしてギルド長という立場まで上り詰めた強者だ。よく少年漫画などで出てくるギルドマスターは筋骨隆々でスキンヘッドというのが多いイメージだが、彼は超絶イケメンだ。赤髪に赤い瞳、背も高くて、逞しい体躯、そして少し長髪のワイルド系イケメン。これは間違いなく、乙女ゲームのハーレム要員だと浩之は決めつけた。
ただ、彼の恋愛対象は『男の子』だ。所謂ショタコンのようなのだが、本人はそれを否定している。彼の恋人は成人しているが童顔で小柄、そしてとても可愛らしい顔をしている。一見すると少女と見間違えそうな程に。
とここまで考えて、浩之は首を振った。もっと大切な、考えるべきことがあったからだ。
余りにも情報が突飛すぎて、どれから整理すればいいのかと、浩之は唸る。
「どうぞ」
首を傾げて難しい顔をしていた浩之は、通された部屋に入り、苦笑する。先程思い浮かべたギルド長であるヴィンスの恋人と、目が合ったからだ。
「ダライアス殿下、ご無沙汰いたしております」
丁寧に腰を折った青年は、まだ少年と言える容貌だ。
思わずまじまじと観察していると、大きめの咳払いが聞こえ、浩之は思わずヴィンスの方に目を向ける。
じとりとした視線が浩之に向けられ、それが嫉妬からくるものだと感じ取り、思わずげんなりしてしまう。
自分がそうだからと言って、みんながみんな、彼をそういう目で見るわけではないのに、と理不尽な嫉妬に呆れてしまった浩之だった。
「ああ、リオ。元気そうでなによりだ」
にこやかに挨拶をすると、リオもまた笑顔を向けてソファーを勧めた。
浩之がゆっくりと腰を下ろすと、早速ヴィンスが話を始める。
「殿下、あのザラタンはどこで仕留めたんですか?」
神妙な面持ちで聞いてくるヴィンスに、浩之は緊張気味に返事をした。
「学園で仕留めた。セルツベリー嬢が召喚したらしい」
「そうですか」
然程驚いた様子もなく返されたことに、浩之はなんとなく腑に落ちず、思わずリオへと顔を向けた。そこには目を見開いているリオがいる。これが普通の反応だろうと、浩之は安心した。
そして再びヴィンスへと顔を戻すと、呟きが聞こえてきた。
「ふーん、そこは変わらないのか」
顎に手を当て、思案げに呟かれた言葉に、浩之は自分の耳を疑った。だが一つ思い当たる節があり、確信する。彼もまた、前世の記憶があるのではないかと。
先程『ダライアス』の記憶から引き出した会話の中に、確信に至るだけのものがあったのだ。
『殿下は、前世の記憶を持っている者をどう思われますか?』
『どうとは?』
『信じられるかどうか、という話しです』
『まあ、信じられると思う』
『もし、自分の中に眠っているその前世の記憶を思い出せたなら、色々と便利でしょうね』
『今までどれくらい輪廻転生を繰り返しているかは分からないが、確かに全ての記憶が戻れば、色々な政策に役立てられるかもしれないな』
そんな会話をしたことを記憶から読み取った。結局のところ、思い出したのは一人分の記憶だったが、今の世界とは違う経験をした記憶はこれから先、十分に役立つのだろうと浩之はしみじみとそう思った。
「ギルド長、前回会った時に、前世の記憶の話をしたが、覚えているか?」
「はい、覚えておりますよ。それが何か?」
「俺も前世の記憶を思い出したんだ」
「ほう、それはまた……摩訶不思議な……というか、そんな都合よく思い出すとか、あり得るんですかね?」
半信半疑だというように目を細めたヴィンスに、浩之もまあそうだろうなと息を吐き出した。
「それでだ、この世界が乙女ゲームで、主人公は聖女イヴ。俺とダレルがハーレム要員だということが分かったが、ギルド長はこの世界のことを、どこまで知ってるんだ?」
今、浩之が認識している部分を口にすると、ヴィンスがポカンとした表情になる。
「……え? 本当に前世の記憶を? というか、日本人?」
「ああ、日本人だ」
「じゃあ、私と同じで、前世は女だったとか?」
「え! ギルド長は女だったのか!」
そこで思わず浩之はリオに顔を向けた。リオは知っているのだろう、ニコニコと愛想よく笑っている。
そして二人分のお茶を用意した後、すぐに退室した。出来た伴侶だと、浩之は感心する。
顔をヴィンスへと戻すと、退室した扉を見つめ、うっとりとした表情を浮かべていた。
「うわー……本物のショタコンかよ」
「悪かったわね! だってこっちの世界じゃ、こういうの合法だし、同性でも偏見ないし、好きになっちゃったんだから別にいいでしょう!」
ワイルド系イケメンのオネエ言葉と仕草に、浩之はドン引いた。だが顔が良いのでまだマシかと気持ちを持ち直す。
そんな浩之の心情など知る由もないヴィンスは、同郷を見つけた喜びで、興奮していた。相手がこの国の王子だということも忘れる程に。
「そ、そうだな。まあ、そこは良いとして、問題はここが乙女ゲームの世界だということだが……」
「ええ、知ってるわ。私も結構やり込んでいたから」
「えー、その口調で続けるのかよ」
仰け反りながら浩之が力なく呟くが、ヴィンスはどこ吹く風だ。
「それよりも何だか殿下、前世の方に性格が引っ張られてませんか?」
「ああ、『ダライアス』が融合したがらないんだ。今現在は俺が出張ってるけど、時々『ダライアス』が顔を出す」
「は? それって、二つの人格があるってこと?」
「そうなるな。だから『ダライアス』の記憶を見るのもいちいち引っ張り出さないといけないんだ。そこを考慮して色々と教えて欲しい」
面倒だと肩を竦めた浩之に、ヴィンスは興味深げに口の端を吊り上げた。
「ギルド長はいつ前世の記憶を思い出したんだ? 俺みたいにならずに、すんなり融合できたのか?」
「思い出したのは五年前くらいだったかしら。夢が始まりで、徐々に前世の記憶が鮮明になっていった感じ。だから自然と一つの人格に収まったのよね」
「なるほど。前世が女じゃ、それなりに大変だったのかと思ったが、そうでもないんだな」
「まあそこそこ冒険者として名も上げていたし、みっともなく狼狽えるのもねえ。矜持もあるし。殿下の方が大変じゃない? 執務もあるし」
「そうか。まあ俺も社畜だったから、仕事面でもそこまで苦労してないよ」
「ならよかったわ。ほらこの国、貧乏だからね。貧乏暇なしとはよく言ったものよね」
しみじみと頷いた浩之に、ヴィンスが話を戻そうと、神妙に切り出した。
「今、ゲームでいうところの、後半部分にあたるんだけど、ダライアス殿下は聖女のことをどう思ってるの?」
「ダライアス自身は随分と毛嫌いしているようだ。まあ俺は、イヴと結婚も有り
だと思ってるけどな。可愛いしね」
「え? そうなの? じゃあダレルは? ダレルも聖女のことを有りだと思ってるのかしら?」
「いや。ダレルも毛嫌いしてる。まあ、ちょっとヒロインに酔い過ぎてるところがあるから、そこが嫌なんだろうけど」
「そう」
考え込むように顎に手を当てたヴィンスは、息を一つ吐く。
「ちなみに私も攻略対象者なのよ」
「ああ、そんな感じだよな。無駄に顔が良いし」
「それはお互い様でしょう」
確かに。と浩之は内心で頷いた。今はこの容姿が自分自身なので、認めるのが気恥ずかしく、口には出さなかったが。
「それで、ハーレム要員……攻略対象って他に誰がいるんだ?」
「あと二人いたんだけど、二人とも序盤で死んだわ」
「……は? 死んだ? え? そういう分岐があったのか?」
「いいえ」
ここで一旦、ヴィンスが言葉を切る。そして悔しそうに顔を歪めた。
「そもそも、この乙女ゲームのヒロインは、イヴなんて女じゃないのよ」
その言葉に、浩之はこれでもかというほど、目を見開いた。
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