第7話 真実が酷過ぎて困惑中

 困惑しきりの浩之は、イヴがヒロインではないという言葉を、頭の中で繰り返した。


「ええっと……じゃあ、本当のヒロインて、誰なんだ?」

「神官長の娘よ」

「え!」


 その娘もまた、既に亡くなっている。あの黒龍が襲来した日に。


「確か、神官長と一緒に国境近くに慰問に訪れていて、黒龍の襲来に遭ったんだったよな」

「ええ、そう。でも黒龍のせいで亡くなったんじゃないのよ。殺されたの。人間に」

「は? ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな話、『ダライアス』の記憶にないぞ! それって本当にそうなのか?」

「ええ、間違いないわ」


 俄には信じられない話で、浩之は戸惑う。もしかして、ヴィンスの方が嘘を吐いていて、ヒロインであるイヴを失脚させようとしているのではないかと勘ぐった。だがそんなことをして、ヴィンスに何の得があるのだろうと考えて、首を傾げる。

 不信感は拭えないが、話だけでも聞いてみようと、浩之は疑問を口にした。 


「……どうやって知ったんだ?」

「偽ヒロインの言う未来視って、実際にあるみたいなのよ。まあ、あの女の未来視はただのゲームの知識だけどね。それで私は過去を視れる能力を持ってる人がいるんじゃないかと思ってね。S級冒険者という特権を駆使して、探したの。それがリオよ」

「え!」

「とはいえ、過去視とはちょっと違うんだけどね。その場に残る残像思念を視る力なんだって。しかもそれを映像として第三者に見せることもできる優れものよ」

「うーん、それって、映像を捏造することも出来たりしないのか?」


 疑いの目を向ける浩之に、ヴィンスは淡々と答えを出す。


「それは幻影魔法ね。魔法の性質は見る人が診れば、分かるものなのよ。この過去視は捏造することが出来ないって言われているわ。もちろん、証明も出来るから、疑うなら神官長に診てもらっても構わないわ」

「そうか。まあ、信じるよ」


 そこまで言うのなら、と浩之は納得した。そして考える。本物のヒロインは一体誰に殺されたのかと。


「ヒロインが邪魔だった? ……だとしたらイヴが犯人? あの当時、既にイヴが聖女として祭り上げられていたはずだ。誰かにやらせたのか?」


 当時『ダライアス』は七歳だった。イヴとは同い年なので、自身で手を下すのは無理だし、そんな危険は冒さないだろうと、浩之は唸る。


「ええ。きっとそう。当時あの女は神殿に居たしね。恐らく、協力者がいたんじゃないかしら。黒龍のことも予言していたから、聖女の権限を使って、彼女を葬ったのかも」

「いくらなんでも、神官長の娘を手に掛けるなんて、神職者じゃ無理だよな。誰かが暗殺者を紹介したとか?」


 考えられる可能性を口に出し、浩之は落胆した。もし暗殺者だとしたら、証拠も掴めない。それどころか十年も前の出来事を、今更調べたところで何も出てこないだろうと思い至ったからだ。


「暗殺者かどうかは分からないけど、犯人が女なのは確かよ。リオの残像思念でそれは判明しているの」

「顔は分からないのか?」

「フードを被っていたから、顔は分からないわ。でも、声は鮮明に残ってるの。それと、その女の後を追って行った先には神殿関係者しか入れない建物があってね。それ以上追うことが出来なかったんだけど、そこに入れれば、正体まで掴めるかもしれないのよね」


 悔しそうに眉根を寄せるヴィンスに、浩之は身を乗り出し、詰め寄った。


「立ち入りの許可を取ることは出来ないのか?」

「それが、私は神殿に立ち入り禁止なのよね。もちろん、関連施設にも。偽聖女が直々にそう決めたらしいわ」

「何でだ? ひょっとして感づかれたのか?」

「いえ、そうじゃなくてね。攻略対象者である私との接点を持たないためらしいの」

「は?」

「ダライアス殿下を攻略する条件に、他の攻略対象者の好感度を上げないというのがあるの。恐らくそのためだと思うわ」


 突然あらぬ方向へと進んだ話に、裕之が困惑気味に首を傾げた。ほんの少しの遣る瀬無さを感じたのは、ここが乙女ゲームの世界だったと思い出したからだったが、裕之は何とか気持ちを持ち直し、疑問を口にする。


「えーと……他にもやり方があるんじゃないか? それこそ、『ダライアス』に事の次第を説明して、犯人探しに協力してもらうとか」

「まあそれをやっちゃうと、どうして神官長の娘が殺されたと知っているのかとか、追求されるでしょう? 私の前世の話とかしてもややこしくなるし、面倒だからしなかったのよ。だけど色々しつこく嗅ぎ回ってたら、流石にバレちゃってね。何度か暗殺されかけたのよね」

「なっ!」

「ああ、大丈夫よ。私、S級冒険者だからね。そんな連中、返り討ちよ。でもその甲斐あって、暗殺の証拠が集まったのは幸いね」

 

 ケロリとした口調で言ってはいるが、そんなに軽い話ではないだろうと、浩之は唸る。


「うーん、暗殺者か……だが正直、イヴにそこまで考えられる頭があるとは思えないんだが」

「ええ、確かに。頭が沸いているとしか思えない程のお花畑だしね」

「あれ? 会ったことがあるのか?」

「ええ。随分と前だけど。ヴィンス様は眼中にないけど、どうしてもって言うのなら、愛人くらいにはしてあげるって言われたわ」


 大して良い女でもないくせにね。とヴィンスが青筋を立てて付け足した。


「案外、もう一人か二人、転生者がいるのかもね」


 そう言ったヴィンスに、浩之が目を瞠る。


「ああ、確かにいたな。巫女だと言っていた」


 ザラタンが召喚される際、イヴの護衛だと言ってついてきていた巫女の存在を思い出し、浩之は眉間に皺を寄せる。


「え、いるの! しかも巫女?」

「ああ。俺たちより随分と年上だった。そう考えると、その巫女が怪しいな。イヴとは接点が多いだろうし、神官長の娘に接触するのも簡単そうだ」


 そこまで話して、浩之は腕を組んでソファーの背もたれに身体を預けた。ヴィンスも同じく、考え込むように腕を組む。


「結局のところ、偽ヒロインの目的は、ダライアス殿下を落とすことなんでしょうね」

「ん? ああ、本命は確かに『ダライアス』らしいな。だからと言って、本物のヒロインを殺すとか、有り得ないだろう」

「それを言うなら、黒龍襲撃の予言よりも、セルツベリー侯爵の暴挙を予言しなかったことの方が非人道的でしょ」

「あの結界のことか?」

「ええ、そう。あの結界のせいで、イヴの生まれ育った男爵領が吹き飛んだのよ。イヴの両親と兄もその時に亡くなったわ。それを知っていながら、自分だけ王都の神殿に逃げ込んで助かるとか、信じられないわ」

「なっ!」


 確かに転生をしたせいで、自分の親だという認識が薄れてしまっていたのかもしれないが、生みの親には違いないのだ。それを見殺しにしたイヴに、浩之は怒りに近い感情を抱く。だが、当時七歳だったイヴがどこまで抵抗できるかと考えて、頭が冷えた。

 先日、セルツベリー嬢にイヴが暗殺されかけたのを思い出し、もしその当時、その予言をしていたならば、確実に殺されていたかもしれないと浩之は考え直す。なにせセルツベリー侯爵家は、神殿と深く癒着していたのだから。


「まあ偽物の思惑通り、黒龍も仕留め損なって、殿下の婚約者も留学に来れなくなってしまったけど、殿下は偽物と結婚するつもりはないんでしょう?」

「は? 婚約者?」


 背もたれから身体を起こし、前のめりで浩之が確認する。イヴとの結婚の下りよりも、そちらの方が気になった。それは『ダライアス』も同じようで、妙に焦っているように浩之には感じられた。


「本来なら隣国の姫が、ダライアス殿下の婚約者として留学しにくるのよ。そこから乙女ゲームが始まるの。ゲームの舞台は学園で、神殿から出たことのなかったヒロインが、新しい世界に飛び込んで成長していくっていう物語なの」


 ヴィンスの言葉に、一瞬『ダライアス』が顔を出しそうになった。そのことに、浩之も同調するように質問する。


「ん? 婚約者って、セルツベリー嬢じゃないのか?」

「ああ、彼女はただの噛ませ犬よ。全てのルートに出てくるお邪魔キャラ。彼女が絡んで来て、それを撃退するとアイテムが手に入る。そんな役どころね。悪役令嬢とはまた違ったキャラなの」

「悪役令嬢って?」

「ライバルキャラのことよ。大体が婚約者がその役になるんだけど、ダライアス殿下の婚約者は留学して来なかったから、その代わりに仕向けたんでしょうね」

「ああ、神殿とセルツベリー侯爵家は随分と癒着していたからな。偽物がそう仕向けるのも簡単そうだ」

「本来の婚約者である隣国の姫さえいなければ、落とせるって思ったんでしょうね」


 ここで浩之の心臓がドクリと大きく音を立てる。次の瞬間には、『ダライアス』が表に出ていた。


「待て、待ってくれ……。隣国の姫とは、まさか……まさか……」

「マーリーン姫よ」

「なっ!」


 思わず立ち上がってしまった『ダライアス』は、次いで顔を手で覆った。

 顔も耳も、覆った手でさえ真っ赤になって震えている。その様子に、ヴィンスは「あらあら」などと微笑ましいものを見る目でニヤニヤしていた。

 そして浩之は、今まで何度かあった、記憶に蓋をしたものを漸く見ることが出来き、狼狽えた。それは『ダライアス』とマーリーン姫の出逢いであり、恋に落ちる瞬間の記憶だ。だが残念なことに『ダライアス』の一方通行のようで、浩之は居た堪れなくなる。


「何? 本来のダライアス殿下が出て来たのかしら? それにしても、やっぱりそうなるのね。まあ、攻略対象者なのに、難攻不落と言われてたから、納得ではあるんだけど」

「……」


 なかなか衝撃から立ち直れない『ダライアス』に、ヴィンスは気にすることなく話を進める。その話の内容を、奥へと引っ込んだ浩之は懸命に脳へと刻みつけた。


「この乙女ゲームの始まりは、攻略対象者とヒロインが学園に入園するところから始まるの。攻略対象者にはそれぞれ婚約者がいて、ライバルとして立ちはだかるんだけど、ダライアス殿下だけは攻略が難しすぎて、クリアした人がいるのかどうか、怪しいくらいなのよ」

「……それは、攻略対象者じゃないってことなんじゃないのか?」


 未だ立ち直れない『ダライアス』を引っ込めて、浩之が問う。


「ちゃんと攻略対象者よ。クリアできな過ぎて、公式が殿下ルートの内容を発表したからね。ただ、攻略出来たとしても、あの結末がハッピーエンドかと言われたら、微妙なところなんだけど」

「どんな結末になるんだ?」

「……うーん、言いづらいんだけど……ヒロインがダライアス殿下のルートに入ると、マーリーン姫が亡くなってしまうイベントが発生してしまうの。それを受け止めきれずに、ダライアス殿下は壊れちゃうのよ。それでもヒロインはダライアス殿下のことを想い続けていて、最終的に、殿下はヒロインのことをマーリーン姫だと思い込んでしまうの。ダライアス殿下だけはその夢の中で幸せになれるのかもだけど、ヒロイン側は、どうなのかなって」

 

 ヴィンスの言葉を聞き、動揺のあまり、また『ダライアス』が表に出てきた。想い人が死ぬと聞かされて、心の中がぐちゃぐちゃになっているのを、浩之は感じ取る。


「マーリーン姫が……」


 その言葉の続きを『ダライアス』は声に出すことが出来なかった。

 真っ青な顔で唇を震わせ、ヴィンスを凝視する。


「大丈夫よ。そうなるには物凄く色々と条件が揃わないといけないから。というか、姫が留学してきていない時点で、その未来は訪れないわ」


 ヴィンスの慰めるようなその言葉に『ダライアス』は安堵する。だが今度は残念そうな表情を浮かべた。


「……留学……」

「そもそも、本物のヒロインが殺された理由は、ヒロインに成り代わる他に、姫の留学を阻止するためでもあると思うのよね」

「え?」

「本来なら、十年前に襲来した黒龍は、その時に退治されるのよ。それは本物のヒロインが、国境に結界を張ってくれたお陰で、黒龍が国に侵入出来ずに、人が誰も居ない荒野で国王陛下が遠慮無く魔法を叩き込んで、見事討ち取るからなの。だけど、ヒロインが殺されたことによって、結界が張られなかったせいで、セルツベリー領の結界が思った以上に広がってしまってね。黒龍がその結界に押されてしまう形で、王都まで侵入してしまったから、陛下も魔法を制限せざるを得なくなってしまったのよ。国民を避難させる時間もなかったし、黒龍の攻撃を防ぐために、片腕も犠牲にしたしね」


 その光景を思い出し、『ダライアス』は拳を握った。そして浩之もまた、その記憶を共有する。これも『ダライアス』が必死に浩之に隠していた記憶だが、マーリーン姫に対する動揺が大きいせいか、だだ漏れだ。


「復興のために一気に貧乏になっちゃったこの国に、留学生を受け入れる余裕なんてないしね。それが狙いだったのかは分からないけど、結果としてダライアス殿下には婚約者もいないし、姫も留学して来なかったから、愛を育むことも出来ずじまい。偽ヒロインの思惑通りなんじゃないかしら」

「あ、愛! 育む!」


 真っ赤な顔で口をワナワナさせる『ダライアス』に、ヴィンスは揶揄うような笑みを浮かべた。


「でもあのザラタンと、もうすぐ攻めて来る黒龍二体を売れば、借金も返せるだろうし、そうしたら姫との結婚もあり得るんじゃないかしら」


 未だ『愛を育む』という言葉に固まっている『ダライアス』を奥に引っ込め、浩之がヴィンスの言葉に反応した。


「黒龍が二体?」

「ええ、そう。本来十年前に倒すはずだった黒龍ももう十分回復しているだろうし、ゲームではもうすぐもう一体の黒龍の襲撃があるのよね」

「えっ!」

「そしてそれを倒すのはダライアス殿下、あなたよ。ゲームでは、攻略対象者と結ばれた聖女が愛の力で国全体に結界を張って、黒龍の侵入を防ぐの。そして国境辺りでダライアス殿下が黒龍を倒して大団円って終わり方ね」

「だがそうなると、結界を張るのに、『ダライアス』と偽聖女が結ばれないといけないのか?」

「うーん、どうなのかしら? 偽物が結界を張れるとも思えないのよね。だって、今までの未来視だって、ゲームの知識で得たものなのよ? 実際、本物の聖女の力に未来視なんてなかったしね。偽物に本物と同じような結界を張る能力があるとは思えないわ」


 ここで浩之は「ん?」と疑問に思う。確かに偽聖女イヴは予言をしていた。黒龍の襲来の前から今に至るまで、それなりの数の予言を。

 ゲームの開始が学園入園後だということは、それ以前の話はゲームで語られることはないのはずなのに、何故知っているのかと首を傾げた。


「……その話だと、矛盾が生じるな。ゲームの開始は学園に入園してからなのに、何故それまでに起こった過去の出来事を偽物が知ってるんだ? 未来視が出来るっていうのは、実はあの女の能力なんじゃないのか?」

「ああ、説明不足だったわね。ゲームの冒頭は十年前の黒龍襲来の出来事の説明から入るの。それから十年後の世界が本編になるんだけど、ミニゲームというのがあってね。過去に起きた災害や大きな出来事を振り返って、具体的な解決策を導き出すと、好感度を上げるためのアイテムが手に入るのよ」

「なるほど、それを元に予言をしていたのか」

「だからその予言って、私でも出来たわけ。五年前に記憶が戻ってから、そのミニゲームの知識を活かして動いてたら、ギルド長まで昇進しちゃったのよね。本来の私はSランク冒険者って設定だったんだけどね」


 ガタイの良いヴィンスが、可愛らしく小首を傾げてウインクをする。それを目の当たりにし、浩之は引き攣った笑みを見せ「そうか」とだけ返事をした。


「正直、聖女の結界って必要なのかしらね。十年前に退けた黒龍の居場所も分かっているし、もう一体の黒龍もいつ襲来するのか分かってるのよ。だったら待ってないで先に倒しに行ったら良いんじゃないかと、思ってるんだけど」

「え! 居場所が分かるのか!」

「ええ。ミニゲームの知識の中に、黒龍が隠れて静養出来そうな場所があってね、ちょっと調べてみたら居たのよね、そこに」

「何故、報告しない!」

「報告ならしたわよ。国王陛下に」

「え? そうなのか? あれ? でも『ダライアス』は何も聞いてないみたいだが?」


 呆けている『ダライアス』の記憶を探るも、そんな話を聞いた過去は見つからず、浩之は困惑した。


「まだ早いと思われていたのかもね。でもザラタンを氷漬けにしたし、もう黒龍を倒せるだけの力はあると思うわ」

「だが、黒龍を倒して借金を返せたとしても、マーリーン姫との婚約は難しいんじゃないかな?」

「え? 何で?」

「彼女の弟の病気が治らなければ、マーリーン姫があの国の女王陛下になるしかないし、一人息子の『ダライアス』が隣国の王配になるわけにもいかないだろ?」


 マーリーン姫の記憶が流れ込んできた際、彼女の弟の記憶も垣間見た浩之は、眉を寄せた。

 病気の弟を心配し、懸命に看病をする心優しいマーリーン姫の姿に惚れ込んだ『ダライアス』の感情が痛いほどに伝わり、浩之の胸がいっぱいになる。だがそれと同時に、弟である王子の容態も心配だと、『ダライアス』の想いも伝わり、苦しくなった。

 

「え? 弟が病気? そんな馬鹿な。確かに彼が産まれた時は病弱だったけど、三歳を過ぎた辺りから回復して、しっかり帝王学も受けられて、立太子するのよ。その後すぐ、マーリーン姫はダライアス殿下の婚約者に内定して、この国に留学するんだけど……。病気って、どんな病気なの?」

「いや、『ダライアス』もそこまではよく知らないみたいだ。ただ、長くはないみたいだな」

「待って、それって、偽物が何かしている可能性があるんじゃない?」

「何かって?」

「姫を留学させないために、その弟に毒を盛っているとか」

「いやいや、流石に無理だろ。王城で療養してるのに、毒を盛るなんて」


 自分の発言ながら、ヴィンスも「そうよね」と否定した。流石に隣国の王城に間者を送り、毒を盛り続けるのは無理があると、納得する。


「じゃあ、呪いとか? セルツベリー侯爵家みたいに、禁術を使っている可能性もあるかも?」


 ヴィンスの言葉に、浩之は思い当たる節が有り、目を瞠る。


「呪いか……。うーん、そういや黒龍の記憶を探った際に、『ダライアス』が頑なに拒んだ結果、違う記憶が見えたんだよな。その中に、黒龍の呪いっていう古い文献があったな」

「何それ、怖い!」


 筋骨隆々な身を捩って怖がるヴィンスに、浩之は思わず目を逸らす。くねくねと自身を抱きしめながら「怖ーい」などと言われても、宥める気も起きない浩之だった。

 軽く咳払いをし、気を取り直して、浩之は口を開く。


「そう、結構怖い内容だったんだ。多分だけど、この国の王家は、黒龍の呪いを受けたかもしれない」

「は?」


 浩之は、先日見た記憶を話す。人格が融合していないせいか、どこか他人事のように捉えていた浩之は、淡々と言葉を紡いだ。


「黒龍って、ものすごく寿命が長いらしくてさ。そして性格は陰険で、嫌なことをされると根に持つんだと。今までにもあったらしくて、どっかの国の王家が呪われた時は、何代か後に生まれてきた子供が黒龍の呪いで十二年間、酷い痛みにのたうち回りながら死を遂げたって話だ」

「だとすると、瀕死の重傷を負わされたことを根に持って、この国の王家を呪った可能性が?」

「そう。『ダライアス』の子供がそうなるのか、もっとずっと先の代でそうなるのかは分からないけどな」

「そう考えると、隣国も実は黒龍の呪いで、王子が苦しんでいる可能性があるわけね」

「まあ実際、隣国イージリアスは、二百年前に黒龍の襲撃を受けてるらしいからな。その当時、この国アルカザナムの国王が追い払ったみたいなんだが……。ただ腑に落ちないのは、どうして追い払った当人じゃなく、隣国の王家を呪ったんだってことなんだが?」

「報復を恐れたんじゃない? 本気を出せば、黒龍なんて瞬殺だから」

「は? 瞬殺?」

「あれ? そこはまだ知らないの? この国アルカザナムの王は魔族の血を引いているのよ。だから国王にとって黒龍なんて、雑魚よ雑魚。ただ力が強大過ぎて、周りにも影響を及ぼしてしまうのよ。そこで結界が必要なの。でも黒龍の隠れている場所は荒野のど真ん中にある森だから、遠慮なくぶちかませるわよ」


 魔族という言葉に、浩之は『ダライアス』の記憶を引っ張り出した。遠い昔、魔族と呼ばれた種族がいて、普通の人間の何倍もの力と身体能力、そして魔力を持っていたという文献があった。何故魔族が衰退したのかは不明だが、その魔族を祖先に持つ王家は、とにかく強いらしい。


「な、なるほど。だがそうなると、十年前の黒龍の襲来は、どう説明するんだ? 報復が怖いなら、そもそもこの国を襲うってのもおかしな話だが」

「ああ、ごめんなさい、説明が下手で。十年前の黒龍は、隣国を狙っていたのよ。さっきの話を聞く限り、リベンジだったのかもね。その襲撃自体は、隣国のイージリアスでも予言されててね、我が国の国王陛下に応援要請がかかったの。さっき殿下が言った文献が、きっとイージリアス国にも残ってたのね。この国の国王なら倒せると思ったんじゃない? で、国王の存在に気付いた黒龍が逃げる際、この国の国境へ誘い込んでそこで仕留める予定だったのよ」 

「ああ、だからあんなにもイージリアス国が、復興支援に力を入れてくれてたのか」


 金銭面だけでなく、人材においても力を貸してくれていた隣国イージリアスに、浩之はただ感謝をしていたのだが、そもそもそっちのせいでとばっちりを食ったのかと分かり、複雑な思いを胸に抱く。


「うーん、偽物の妨害のせいで結界が張れず、こっちに被害が出たのは偽物たちの計算だったのかしらね?」

「どうだろうな?」


 もしそこまで計算されたものだとしたら、相当に厄介な相手だと、浩之もヴィンスも考えた。だが確かめる術がない今、結論は出ないと、早々に切り上げる。


「話が逸れたわね。今は隣国の王子のことよ。もし、黒龍の呪いだとすると、辻褄が合うわ。本来、十年前に黒龍が倒されていれば、王子は何事もなく健康になったんじゃないかしら。実際、生まれてから三歳くらいまでは病弱だったのよ。黒龍が倒されたのは王子が二歳半くらいのときだったんじゃない? 今までは病弱だったんだもん、体力を回復するのに半年くらいかかるのが普通よ」

「まあ、黒龍が倒されてないってことが大きな違いだからな。もしこの仮説が正しければ、黒龍を倒せば王子が回復し、王太子になり、姫との婚約も出来るかもしれないということか?」

「すぐには、無理でしょうけどね。まずはこの国を立て直さなきゃいけないし」

「確かにな。こんな貧乏国じゃ、大国の姫を迎えるなんてできないしな。それじゃあ、何が何でも黒龍を倒して、素材を売らなきゃな」

「ええ。黒龍は本当に貴重な素材だから、高く売れるわよ。鱗も血も爪も目玉さえも、お金になるからね。できれば首を落とすだけにして、なるべく傷をつけないで欲しいのよ」

「分かった! 任せろ!」


 そうして意気揚々と冒険者ギルドを後にした浩之だった。



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