第八話 爾に出ずるものは

 


「……ダンジョン配信、ですか?」


 莉々たちと決定的な溝が出来てから五日後の土曜。

 拠点の会議室で大宮司さんから今後の方針を聞かされていた最中、そんな耳馴染みのある単語が聞こえてきて、思わず聞き返した。

 

 俺たち三人と三匹の前で、大宮司さんがもっともらしく頷く。


「ああ、そうだ。

 例の騒動の影響で、ダンジョンに対する不信感が広まっているのは知ってるよな? 

 実はそれが各所で大きな問題となっていてな、ダンジョン課としても対応を求められていた。

 そんな折、彼女が提案してきたんだ。いっそのこと君たち魔法少女を広告塔にして、ダンジョン配信でもしたらどうかと」


「そうそう。

 結局、騒いでいる人の根底にあるのは「もし自分が危険な目に遭ったらどうしよう」っていう不安なわけだよね?

 それなら魔女てきからみんなを守る象徴的アイドル的な存在をこっちが立てちゃえば安心できると思ったんだ~。ネットだと既に蓮花ちゃんが神格化されてたりするし、案外受け入れられるんじゃないかな?」


「なる、ほど」

 

 要は俺たちにダンジョンのイメージアップを頼みたいわけか。

 はたしてそれが効果があるのか、とかどこまで情報を開示するのかとか色々な疑問はあるものの、まあ彼らの理屈は理解できた。

 

「私は是非ともやりたいですねっ。

 みんなの希望になる、それこそ私たち魔法少女の役割ですよっ」


「わたしは……ちょっと怖い」


 彼らの提案に、正反対な反応を見せる二人。

 クロが楽しそうにしっぽを振りながら聞いてくる。


「いいじゃないかい?

 れんかも配信は嫌いじゃないんだろう?」


「まあ、な」


 嫌いじゃないというより、間違いなく好きだったと思う。

 マ=ツーさんたちリスナーとしゃべりながらモンスターと戦うあの時間は本当に楽しかった。今でも「蛍日蓮花」として活動した動画を見返したり、彼らのアカウントや周回したりするくらいの未練はある。


 ただーー


「俺は、反対ですね。

 今はレベルアップに集中したいです」


 ーーあいにく、今はそんな気になれなかった。

 配信を始めるとなると準備やら何やらで色々と時間を取られることになる。ただでさえ魔法少女として活動できる時間は少ないのだ、とにかく今は魔女を追うのを優先したい。

 ……あれからぎくしゃくした三人の空気を元に戻すにも。


 ざわりと僅かに揺らぐ彼らの表情。

 正面に立つ大宮司さんがそうか、と鷹揚に頷いた。


「勿論、これは強制ってわけでも最適解ってわけでもない。もしやるとしても身バレ対策など色々詰める必要が出てくるだろう。

 だからまああくまで一つの案として気軽に考えてくれ。

 それじゃ解散。みな怪我をしないようにな」







「意外、でした。

 てっきり蓮花さんはやりたがるものかと……」


 もえさんとの訓練を終えたその日の夜、共用スペースにて。

 三人で集まって話していると、可愛らしいピンク色の寝間着に身を包んだ蛍がそんなことを言ってきた。


 まあ三人の中では俺が唯一の配信経験者だもんなあ。

 疑問に思うのは分からんでもない。


「悪いな、今はレベルアップを優先したくてさ。

 ダンジョン配信とかは魔女を掴めてからでもいいだろ?」


「……蓮花さんがそこまで魔女にこだわる理由って聞いてもいいですか?」


「莉々とかいう知らない女のせい」

 

 蛍の質問に、どこか不機嫌そうに答える風音。


 そーいや風音にはあの時全部話していたんだっけか、と蛍にもあらましを伝える。

 莉々との出会いから、彼女のおかげで一歩を踏み出せたこと、そして俺のせいで心を失ったことまで。



「……え、おっも。

 蓮花さん、裏ではそんな風に考えたんですか? まじひくわー」


「それはわたしも思った」


「??」


 全てを話し終えた後、返ってきたのは呆れたようなため息だった。

 

 意外な反応に混乱する中、蛍がぴしりと指を立てて続ける。


「いいですか? そもそも魔女が現れたのが蓮花さんのせいだと決まったわけじゃないですよね?

 じゃ、それを抜きにして考えてください。

 蓮花さん、何か悪いことでもしました?」


「いやだから、莉々が苦しんでいるのに気付いてあげられなかったんだって」


「ええ、それは痛いほど分かります。

 でも蓮花さんの場合、結果としてちゃんと防げたじゃないですか。例えむいぐるみになったとしても莉々さんの心は失われなかった。

 そこはもっと誇ってもいいと思いますよ? というか感謝されてもいい位です」


「っ」


 蛍の言葉に、固まっていた何かが解れていく。


 ……そういえば、あのことでこんな風に褒められたのは初めてかもしれない。今までずっと後悔するニュアンスで語ってきたから。


「だいたい、そんなんで思いつめられても困るのは周りの方だと思いますよ。

 莉々さんからしたら自分が何を失ったかもわからないですよね?

 そしたら蓮花さんは何かよく分かないものを必死に取り戻そうとしてる人じゃないですか。しかもそれが自分が取り戻したいと言ったからだとしたら……どうです?

 もし蓮花さんが同じ立場だとしたら嬉しいですか?」


「いや。嬉しくは、ないな……」


「そうでしょうそうでしょう。

 他の二人からしてもそうですよ、突然友達二人がぎくしゃくし始めて、それでも理由を話してくれない。しかも一人は学校の事なんかどうでもいいくらいには思い詰めてる。

 ……どうです? 本当に「てめえ私の友達に何してくれとんじゃ」ムーブすると思います?」


「……」


 何も言えなくて、何て返したらいいかわからなくて、口を噤む。


 そうだ、みんな優しい人だって知ってたじゃないか。全ての事情を知っている莉々だって俺を責めたりはしなかった。

 ただ「ありがと。無理しないでね」とそう言ってくれてーーどうして、忘れたんだろう。どうして、みんなの表情を見ようとしなかったんだろう。


 普通心配すると思いますよ、と優しい表情ではにかむ蛍。

 ついで風音がふっと失笑を零した。


「蓮花は距離感がおかしい。元ボッチだから」


「あ、なるほど。

 こんなところにその弊害が出てくるですね」


 そんないつも通りの二人に安心して、目頭から何かが零れてくる。

 胸が熱くなり、じんわりと視界がゆがんだ。


「ちょ、ちょっと泣くことないじゃないですかっ。

 子供ですか、あなたっ」


「……よしよし」


 髪の毛越しに、蛍の手が俺の頭をなでるのを感じる。


 それに男として情けないと思いつつも、なぜだか涙が止めることができなかった。

 TSした影響で涙腺が緩くなったんかなあ。……うむ、そうに違いない。じゃないと俺が同年代のおにゃの子の前でワンワンと泣く痛い子になってしまう。


「……はあ。全く、これじゃあ本当にどっちがお姉さんか分かりませんね」


 歪んだ視界で、蛍がやれやれと肩をすくめて此方に近づいてくるのが見えた。


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