第七話 学校でのこと



「……今日もつまらない授業だったわね。

 つまらなすぎて、思わず神崎先生のひょろひょろ髪を数えてしまったわ」


「いや流石にそれはやめたげて?

 男の人にとって髪の毛はデリケートな問題なんよ?」


「あはは。……それで何本だったの?」


 翌日の学校の昼休みにて。

 習慣となった四人での昼食の最中、向かいに座る千沙が澄ました顔でそんなことを言い始めた。その傍若無人な発言に、声を潜めされど隠しきれない好奇心を瞳を宿しながら聞き返す莉々。


 現代文の担当教師たる新崎先生は定年間近のおじいちゃん先生で、その頭はまるで某国民的アニメのなみ〇いさんのよう。

 度々その頭の防御力の低さがクラスで話題になっていたのだ。ひょっこりと生えた彼らの生存に一喜一憂していた俺が彼女を責められるはずもなかった。


 千沙が口元にご飯粒を付けたまま、ゆっくりと人差し指と中指を立てた。


「に、二本? まじで?」

 

「これはただのピースよ。

 結局分からなかったのよ。というか私、視力がクソ雑魚だったのを忘れたわ」


「……真面目に聞いたあーしが馬鹿だったっしょ」


 大きくため息をついて食事を再開するなみ。

 それから今まで黙々と食べていた俺の方を見た。

 

「そうだ、蓮花。明日の数学Aは大丈夫なん?」


「う、うん一応大丈夫なはず。

 今日は見せてくれて、ありがとう」


「いやいや気にしないでいいって。

 忙しいのは知ってるし、蓮花のおかげで今があるんだから、あーしらに出来る事なら何でも言ってほしいっしょ」


「……そうね。

 それならまずはこのピーマンを食べてほしいわ」


「誰もおめーに言ってねえよ」


 朝の英語の宿題を忘れていて迷惑をかけた事を詫びるも、千沙となみから返ってくるのは優しい反応。

 そこに込められた確かな信頼に、胸がずきりと痛んだ。


 当事者になってしまった莉々には全部話したものの、千沙となみの二人は本当の事をほとんど知らないのだ。

 二人が知っているのは俺が魔法少女であることと、ダンジョンを止めるために頑張ってることくらい。それ以上は情報統制を進めるダンジョン課の人に、何より莉々に「心配かけたくないから」という理由で止められてしまった。というより事前にあの魔法少女姿を見せていたせいで、そこだけは話さざるを得なかったのだ。

 そしてついでに学校に広まった「俺=蛍日蓮花」という噂を一緒に沈めてもらった。「戦闘中も蓮花はあーしらと一緒にいたっしょ」という具合に。

 ダンジョン課の人の話だと、今はダンジョン協会の情報の改ざん(!)してるから何とかなってるけど、当時は本当に身バレ一歩手前の状態だったらしい。「学校で人気者じゃなくてよかったわね」という浦中さんの言葉に怒ったらいいのか、悲しんだらいいのか分からなかったぜ。


 ともかく、そういうわけで二人の中では俺が莉々を救った救世主なのだ。

 実際はその逆かもしれないっていうのに……ほんと、ままならないよなあ。


 不意に、四人の間に沈黙が下りる。

 それは今までなら絶対になかったであろう空白。まるで何かが欠けてしまったような大きな穴。

 空気を変えるように、なみがこほんと咳払いした。

 

「まあ、それならよかったっしょ。

 小テストで40点以下は補習とか言ってたからなあ」


「……え、小テスト?」


 やべ、そんなこと言ったっけ?

 完全に宿題だけやってそのつもりになってたわ。


「もしかしなくても、忘れてたん?」


「分かるわ、蓮花。

 私も頭を洗った直後に「あれ今頭洗ったかしら」とよく不安になるもの」


「いやそれ全然違う話よ? しかもちょっと不安になるし……。

 んーでもどうしよっか。補習とかあると蓮花の活動に影響が出るようなあ」


「あのっ、それなら今日の放課後、勉強会を開くのはどうかな?

 私、蓮花の家とか行ってみたいんだよね~」

 

「うえ、俺の家!?」


 な、なぜにそういう話になるんだ? 主催者だからそういう感じ? 

 ……うーん、でもなあ。


「その、今日は用事があるから……」


 母さんのおかげで平日も動けるようになってからは、最近の放課後は専ら子天ノ内ダンジョンの中で過ごしていた。

 誰もいない場所を探してになるせいで経験値効率はかなり低いけど、それでも塵も積もれば山となるちりつも。学校の勉強とかよりは優先すべきだろう。


 それに学校側の俺の事情を認識している。

 もし補習とかになっても色々と調整してくれるんじゃないかな、多分。


「そ、そうなんだ~。

 それなら仕方ないね、ごめん変なこと言って……」


「い、いや。

 俺も提案自体は嬉しかったから……」


 しどろもどろになりながら、二人で謝りあう。


 そんな俺らの様子を千沙となみがじっと見ていた。











「蓮花、ちょっといい?」


 その日の放課後。

 莉々がトイレに席を立った後、千沙となみが俺の近くにやってきた。その表情はいつにないほど固い。

 背中を走る悪寒に、急速に口の中から水分が失われていく。


「え、とどうしたの?」


「単刀直入に聞くっしょ。

 蓮花、莉々と何かあったん? 二人ともあの時から何かおかしいよ」


「っ……」


 胸を引き裂く莉々の言葉に、思わず下を向く。


 あそこまでギクシャクしてたら流石にばれるよなあ。

 とうとうきちまったか、ワイの友達に何してくれとんじゃパターンが。


 体の中に絶望が広がっていく。抗いがたい、されど逃げるわけにもいかない黒い感情。


 もうちょっとぬるま湯に浸っていたかったけど、まあ仕方ない。

 俺はただ魔女を追って莉々を助けることに全力を注げばいいんだ。


「……きっとすぐに元通りになる。私が戻すから、心配しないで」

 

「っ、それならいいんだけど。……ただあーしはーー」


「三人とも何の話してたの?」


 なみの言葉にかぶせるように莉々が戻ってくる。

 それに丁度いい、と俺は立ちあがった。


「ううん、何でもない。

 それじゃあ私、用事があるから」

 

「あ、蓮花……!」「ちょっと待っーー」


「?」


 何やら言いかけた二人の声を聞こえないふりをして、教室を出る。


 さ、早く魔女を捕まえないとな。


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