第六話 泡沫の夢

 


「……それじゃ、気を付けて帰るのよ?

 万が一乗り遅れたりしたら必ず連絡すること、いいかしら?」


「了解です」「だいじょぶ」


 俺と風音の返事によろしいと頷き、そのまま車を運転して去っていく浦中さん。

 場所は東京駅のロータリー、時刻は昼の一時。


 ダンジョン課の活動は朝の訓練を終え、用意された弁当を食べたところで解散となった。

 その後、蛍は家の習い事があるとかで、迎えに来た高級そうな車に乗ってどこかへ。魔女の探索があるクロたちはダンジョン課の人たちと共に北陸の方へ。家が遠い俺たち(風音は群馬の方に実家があるらしい)は行きと同じく新幹線で帰ろうとしていた。

 ただお互い予約した新幹線の出発は今から2時間近く先。

 ぶらぶらするには長く、かといって何をするにも短すぎる。何とも絶妙な待ち時間である。


「どうする? 風音は何か予定とかあるか?」


「適当な場所で寝る。以上」


「おーけー。それならこことかどうだ?」


 予想通りの言葉に、スマホであらかじめ調べていた店ーー駅近くのネットカフェを見せる。

 女性専用エリアもあるようだし、駅の構内とか公共の場で寝るよりはここの方が安全なはずだ。それにここなら周りがうるさくないと寝れないという風音にもぴったりだろう。多分きっと。


 風音がじっと画面を見つめた後、不思議そうに瞳を瞬かせた。


「ネカフェって漫画とかが置いてあるところじゃ?」


「いや俺もそう思ってたんだけどさ、結構休憩しに来る人もいるみたいなんだよ。

 ほらここのフラットシートなんか寝やすそうじゃないか?」


「おおー、いいね。

 ……もしかして、わざわざ調べてくれた?」


「ん? まあな。風音のことだしどうせ寝たがるだろうなあって。

 それなら出来るだけ安全な場所の方がいいだろ? 風音も女子なんだしさ」


「……」


 俺の言葉に口に手を当てて、黙ってしまう風音。

 

 ?? もしかして気に入らなかった? 

 ……あれでもさっきいいねって言ってたよな? それならただ眠りたいだけの人に思われているのが嫌、とかそんな感じ?


「ありがと。じゃ行こっか。蓮花」


「おお?」


 突如、笑顔になった風音に手を引かれ道を歩く。

 ふんふんふーんと小さな鼻歌が風音の口から聞こえてくる。その様子からして何かが気に障ったとかの雰囲気は感じられない。むしろこれは上機嫌というやつだ。


 うーむ、俺には女子の心の機微は分かりませぬ。








「ここが、ネカフェっ」


 受付で登録などを済ませ、やってきたのは女性専用エリアにあるペアフラットシートというタイプの半個室。

 白い壁に囲まれたその部屋には大きなPCモニターと二つの座椅子が備え付けられていた。二人で寝転がっても大丈夫なくらいの広さもある。

 

 早速風音がぼほんと茶色のシートが引かれた床に横たわった。その感触が気に入ったのか、安らかな表情で仰向けになる。

 心なしか声も弾んでいた気がするし、この満足そうな様子を見れただけでここに来た価値がある気がするな。


「ってか、ペアフラットシートで良かったのか?

 別々の部屋の方が寝やすくないか?」


「? 別に?」


「……だよなあ」


 心底不思議そうに首をかしげる風音に、俺は心の中でため息をついた。

 

 風音にとっては女子同士なのだ。一緒に寝るくらい特に気にするほどのことじゃないんだろう。

 でも俺、心は男なんだよなあ。流石にこの状態で同衾するのは騙しているみたいで気が引けるぜ。


 ……いやまあ今まで同じ場所で泊まってたりしてるくせのに今更かよって話ではあるんだけど。

 こう、なんていうんだろう? 一対一のやり取りで相手の信頼をもろに感じると、胸が苦しくなるんだよ。

 向こうが無防備でこっちだけ変に意識している時とかは特になあ。


「こっち来ないの?」


「い、今いくよ」


 ぎゅっと腹もろとも理性を掴んで、風音の横に座る。

 

 お互いの服が当たるほど近いのに、風音は安心したように頷くと目を瞑った。


 結局、元男であることは風音たちには告げられなかった。

 というより信じてもらえなかったのだ。二人やダンジョン課の人たちには最初に伝えたものの、彼らの中ではただの勘違いじゃないのという結論に至ってしまった。

 多分それは風音と蛍、何よりクロ・・たちマジカルビーストに心当たりがなかったのも大きいだろう。


「え、元男? なにいってんの、れんか?」


 クロにそう言われた時の衝撃と言ったら何の。

 最初らへんのやり取りからてっきりクロはTSのことも当然把握しているものだと思っていたけれど、どうやら俺の勘違いだったらしい。


 戸籍などの現実の情報だけでなく、クロたちファンタジー要素からしても相異なる俺の認識。

 こうなると本気で俺の頭がおかしくなったのか、と不安になってくる。


 ……でも、案外そっちの方がいいのかもしれない。

 この罪悪感も全部幻なら、莉々たち、そして風音との関係をこれ以上壊さずに済むから。


 すやすやと寝息を立てる風音の頭をなでながら、そんなことを思った。









 その日、夢を見た。

 

 一面に広がる原っぱ。澄んだ青空に伸びる入道雲。

 どこかのキャンピング場のようなその場所で、は手に持った虫取り籠を勢いよく掲げた。


「よっしゃ、だれがいっぱいとれるかしょうぶしようぜっ」


「いいねっ。まけないよ、れんか」


 その提案に笑顔で頷く女の子が一人。

 白いワンピースを着た、活発そうな子だ。歳は5才くらいだろうか、何となく俺が知ってる誰かに似ている気がした。


「ええ~、こわいよ。一緒におままごとしようよ~」

 

 続いて、隣の女の子が涙目で声を上げる。

 金色の髪をした、気弱そうな少女。これまた何処かで見おぼえがある気がする。


 それから……それから?


 あれ? おかしいな、何かーー








 ーー目が覚める。


 目の前に広がるのは見慣れた天井。視界の端には愛用の学習机も見える。


 ああ、そうだ。あの後無事に家に帰ってこれたんだ。

 それで家族一緒にご飯を食べて、宿題を終わらせて12:00ごろにベッドに入った。

 時計を見れば、時刻は朝の4:00。いつもの中途覚醒というやつだ。

 それでもいつもより倦怠感はない。多分昼間にネカフェで寝たのが大きいのだろう。何となく風音と一緒だとぐっすり眠れる気がするし。


 ……あれ、今どんな夢を見ていたんだっけか?


 不意に何故か無性に悲しくなって、頭を巡らせる。

 それでも何も思い出すことは出来なくてーーぼすんとベッドに沈み込んだ。


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