第五話 三人の夜
「いやっ、勝てるわけないじゃないですか……」
07秘匿ダンジョンから帰ってきた後。
俺たち三人は夕食とシャワーを終え、就寝までの時間を拠点の共用スペースで過ごしていた。
ソファーに座る蛍が絞り出すように言ったその言葉に、向かいの風音がため息をつく。
「……あのドSおばさん、絶対に楽しんでた」
「い、いや、そんなことないんじゃねえかな?
もえさんなりに俺たちを鍛えようとしてくれてたんだって」
「それならあそこまで本気でやる必要あります?
結局、私達何にも出来なかったじゃないですか」
「あの笑顔も忘れちゃダメ」
「ぐっ」
思い出されるのは「見てるだけじゃ何も分からなかったら拳で戦おうぜ☆」宣言から始まったもえさんとの戦闘。
それはとんでもなく一方的なものであった。
こちらが魔法で攻撃しようとすれば、一瞬で距離を詰められて空の旅。風音の
なのにもえさんは何の容赦もなく俺たちを吹っ飛ばし、そして立ち上がるたびにこう言うのだ。
「さ、続きしよっかっ?」
その時の曇りのない満面の笑みと言ったら、もう……。
あかん、マジでトラウマになりそう。
笑顔ってあんなに怖くなるもんなんだな。しかもそれに全く悪気がなさそうなのがたちが悪い。もえさんの頭の中じゃあ人類みんな戦闘民族なんだろうなあ。
「ともかくっ、今のうちに作戦を練っておきましょうか。
あの人のことです、明日もやろうとしますよ」
「……どうせ無理。諦めて寝るべき」
「やる前から諦めてどうするんですか。
それにもしあれと同程度の敵が出てきたらどうするんです? 私達がダンジョン化を防ぐ最後の砦なんですよ?」
「むぅ……仕方ない」
蛍に詰められ、風音がのそのそと体を起こす。
蛍の言うように、ドーム化したら最後、魔法少女しかその中に入ることはできないのだ。カメラ怪人戦も結構ぎりぎりだったし、万が一の場合に備えて強敵(しかも一切手加減のない)との戦闘経験は大事にしたい。
「それなら先に俺たちの情報を整理しようぜ。
お互いの得意不得意を知った方が連携しやすいだろ?」
「それもそうですね。
私が持っているスキルは
どっちも燃費が悪くて、最後の詰めくらいしか使い道がないと思いますね」
「わたしは
牽制目的では使えるかも?」
「おーけー。んで俺が
前者は風音の
……やっぱこう見ると、近づかれた時用のスキルが少ないな」
「それなら風音と蓮花さんで弾幕を張るとかですかね?」
「できなくはないかも?
ただドSおばさんの場合、そのまま突っ込んできそう」
「あー。その光景が目に浮かぶわ。
魔法をロングソードでぶった切って「それで、次の手は?」とか言いそう」
「ふ、なんでちょっと似てるんですか」
三人でやいのやいのながら夜は更けていく。
それは時折、というかほぼ関係ない話に溢れていたけれど、今まで一人で魔法少女とかに向き合ってきた俺にとっては結構楽しい時間だった。
「っ」
浮上する意識。
眼前に広がるのは、真っ黒な世界。やがて、カーテンとテーブルくらいしかない殺風景な部屋が見えるようになった。
拠点地下に設けられた宿泊用の一人部屋だ。
枕元の目覚まし時計が指すのは4:00。
ああ、まただ。未だぼーとする頭の中に、徒労感に似た何かが広がっていく。
体を覆うじっとりとした汗と、クーラーによる喉の痛み。
せめて喉だけでも潤そうと部屋を出て、共用スペースにあるウォーターサーバーへと向かう。
と、共用スペースに常夜灯の小さな明かりが見えた。
「あ、蓮花も来たんだ」
「おお、なんか寝付けなくてな」
そこにいたのは俺の隣の部屋に泊まる少女、古屋敷風音。
風音は何をするでもなく、ただソファーで寝ころんでいた。捲れた服から綺麗なおへそが見えて、慌てて視線を逸らす。
「か、風音はどうしたんだ?
枕が変わると寝れないとか? それとも昼に寝すぎた?」
「ううん……あっちはちょっと、静かすぎるから」
少しだけ声のトーンを下げる風音。
静かすぎる、か。
試しにじっと耳を澄ませてみれば、聞こえるのは何かの設備が稼働する音と、ガサゴソと上の階で何かが動く音。警備の意味も含めて、今もダンジョン課の人々が駐在しているはずだ。
なるほど、確かに部屋よりは色んな音に溢れている。
昔から騒がしい場所で寝ててそれに慣れちゃったとかそんな感じかな?
あ、いわれてみれば駅の構内とかも人が集まる場所か。
「それなら、少しだけ二人で話さないか?
蛍を起こさない範囲でさ」
「いいね」
嬉しそうに体をまっすぐにして、すぐ横をポンポンと叩く風音。
それに少しだけ躊躇しながらも彼女の横に座る。肩越しに風音の温かい体温が伝わってきて、思わず喉を鳴らした。
うーむ、いつもこれ位の距離感なはずのなのになんか緊張するな。
「何について話す?
スリーサイズ、胸の大きさ、風呂に入ったらどこから洗うか。何でもいいよ?」
「な、なんか悪意のあるチョイスだな。
……それじゃ、少し踏み込んだことを聞いていいか?」
「どうぞ」
「なんで風音はあの時俺の誘いに乗ってくれたんだ?」
あの騒動の後、T〇itterのDMにて連絡を取ってきた二人。そこにはそれぞれ彼女たちのパートナーの写真が添付されていて、すぐに本物だと分かった。だから、既に身バレしていた俺の方から「一緒にダンジョン課を手伝わないか」と誘ったのだ。
その時、二人には断る選択肢もあったはずだ。一人で活動する手もあったし、魔法少女関連から身を引くなんて道もあっただろう。
でも二人は了承してくれた。特に躊躇することなくあっさりと。
もしそれが俺の熱意に負けてとかだったら、ものすごく申し訳なかった。特に風音は組織に属したりするのを面倒くさがりそうだから。
しばしの沈黙の後、風音は頬をかきながら恥ずかしそうに言った。
「楽しそうだから、かな」
「……そうか」
風音の口から語られるは意外な返事。
でも……案外そんなもんなのかもな。
他人の心なんて誰にも分からないのだ。つまらなそうに見えて本人は楽しんでいる、なんてこともあるかもしれない。
あるいは自分の心にすら気付かない、なんてことも。
「俺もさ、最初はそんな理由だったと思う。
ずっと家と学校だけの生活で、クロに会うまでは友達なんて一人もいなかった。心の中はずっと”楽しい”に餓えていて、だからダンジョン配信とかを始めたんだ」
「……本当にボッチだったの? 配信中のネタじゃなくて?」
「まあな。痛い黒歴史だよ。
でもそんな俺を救ってくれた人がいてーー」
風音に、
守秘義務があるから、他の魔法少女について莉々たちに話すことはできない。
でも全部が終わった後、莉々の心を取り戻して魔女を捕まえた後に、新しくできた二人の友達を紹介できたらいいな、とそんな未来を思った。
翌日の朝、二回目の目覚ましで城戸内蛍はようやく目を覚ました。
ふわああ、とあくびをかましながら共用スペースまでやってきた蛍が目にしたのは、ソファーで寄り添いあう眠る二人の少女の姿。
「……やっぱり甘やかしすぎじゃないかね?
これじゃどっちが眠り姫だか分かりませんよ」
二人の安らかな寝顔に、蛍は小さく嘆息をもらした。
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