第四話 秘匿07ダンジョンと特訓
日本に全部で88個あると言われているダンジョン。
ただ中には様々な事情で一般的には”存在しないもの”として扱われているダンジョンが複数あるらしく、俺らの拠点、通称07ビルの二階から最上階まで広がる秘匿07ダンジョンもそのうちの一つだった。
「……あいかわらず不気味な場所ですね、ここ」
もえさん先導の元、秘匿07ダンジョンの中を進む俺たち三人と三匹。
蛍が不安そうに視線を動かして、俺の服の袖をそっと掴んでくる。
蛍の言う通り、ここの一番の特徴を挙げるならその歪さであろう。
俺たちが進むのは、5m先も見えないほど濃い霧に囲まれた道。
霧が揺らぐ度、その隙間から夕暮れの景色や学校の教室などの意味不明な光景が顔を覗かせる。もえさんの話によるとこのダンジョンでは同時に何個もの空間が現れては消えていくらしい。その脈絡のなさや不安定さは何となくゲームの意図せぬ挙動、バグを感じさせた。
「……風邪の時に見る悪夢っぽい?」
「あー確かに。
ああいう時って何故かこういう怖い夢を見るんだよなあ」
「不安とかを増幅する偏桃体が高熱のせいで活性化して起こるって話だよ~。
風邪の時に弱気になるのとかもおんなじ理由みたい」
「ははあ、なるほど。
流石はトップアイドル。いろんなことを知ってますね」
「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」
「お、おお」
特に意識してなかったのに聞き覚えのある言葉を返してくるもえさん。
そういえばもえさんも隠れ語録使いだったっけ。
あーやっべ。めちゃくちゃ語りてえ。でも我慢だ我慢。蛍たちはぽかんと口を開けてるし、このままじゃみんなの名前で一人だけ盛り上がる「オタクくんさあ……」ムーブになっちまう。
一人抗いがたい感情と戦っていると、霧の向こう側から無数の影ーーモンスターがやってくる。
ぱちんと両手を叩いて、もえさんが後ろに下がった。
「よし。それじゃあ、お手並み拝見ってやつだねっ。三人とも頑張って~」
「任せてください。
あんな雑魚、私一人で十分です」
「頑張って、蛍」
「っ」
「お、ほたるちゃん耐えたね。偉い偉い」
風音の態度に蛍が眉を上げ、それでも何も言わずステッキを構える。
そんな様子に肩の上のクロが声を上げた。でもそれは俺に向けての言葉じゃない。風音と蛍の肩に乗る
狐が凄いでしょうと自慢するかのように鼻を動かす。
俺たち魔法少女は自分たちのパートナーのマジカルビーストとしか何故か意思疎通出来ないのだ。だからこうして彼らのやり取りを想像するしかない。
ただ今までの言動から察するに、ミドリは風音と同じように怠け者、キイロはお嬢様気質といった感じだろうか。よくクロがキイロにおべっかを言っている姿が見えた。
「さ、来るよ~。気を付けて」
もえさんの言葉と同時、霧を突破して姿を現す5体のモンスター。
犬の体にドラゴンの頭、背中に鳥の体など、色んな生き物部位が個体ごと違う具合でごちゃまぜになったそいつらが突撃してくる。
秘匿07ダンジョンに唯一生息するモンスター、キマイラだ。
「魔法のーー」
「
蛍の呪文を遮ってスキルを発動する風音。
五体の周囲を緑色の風が囲み、その移動を妨害する。一体が前に進もうとして風にぶつかり、ぎゅいと変な声を上げて後ろに下がった。
「ああ、もうっ。
助けられたことを悟った蛍が地団駄を踏みながら得意の攻撃魔法を発動。
五体の上空3mほどに白い光が出現し、凄まじい速度で落下する。
彼らごと広範囲を巻き込んで爆発するそれ。その威力で霧が大きく晴れ、焦げ付くような匂いが鼻をかすめた。
「……やった?」
「それは言っちゃダメな奴じゃないですかね?
いや全然知らないんですけどっ」
間違いない、と無言で頷いたのもつかの間、煙から一体のキマイラが飛び掛かってくる。至近距離からの攻撃に、あっと蛍が驚嘆を零してーー
「大丈夫だっ」
既に発動させていた
ぐおおとうめき声をあげるキマイラ。そこに連続で
残ったのは地面を転がる五つの魔石。
「助かりました、蓮花さん。
ま、私でも普通に対応できましたが」
「そりゃあ失礼。蛍の活躍機会を奪っちまったな」
頬をかきながらそう言う俺に、蛍がふんと鼻を鳴らす。
やっべ、機嫌損ねちまったかなあ。うーむ、どういう反応をするのが正解か、いまいちよく分からないんだよなあ。
「なるほどなるほど。
おっけー。大体わかったかな。それじゃあ、ちゃっちゃっと次に行っちゃいましょうか」
ステップを踏むような軽やかな足取りで再び前を歩き始めるもえさん。
てっきり何かアドバイスとかがあると思っていたけど……自由にやってみろ的な方針なんかね?
俺たちは顔を見合わせ、ぞろぞろと彼女の後ろに続いた。
「
星を模したマジカルステッキから放たれた極小の光線。それが一体のキマイラに寸分たがわず当たり、音もなく消失させる。
5回目にして初めての成功に、蛍が体の横で小さくガッツポーズを作った。
蛍の二つ目のスキルである
「よしっ、それじゃあそろそろ終わろっか。
みんな集まって~」
今まで後ろで俺たちを見守っていたたもえさんが、パンパンと手を叩きながら集合の合図を掛ける。
朝10時から昼休憩を挟んで潜り続け、既に夜の5時。
俺含め皆も疲れただろう。さっきから反応や思考が鈍くなっているし、クロたちはさっきから完全におねむだ。
正直もっとやりたかったけど……まあ仕方ないか。
俺の都合でみんなに無理させるわけにはいかないし。
やっと終わったーと脱力する風音たちと一緒にもえさんの前に立って、終了の言葉を待つ。
そんな疲労困憊の俺たちに、もえさんは
「きゃっ」「……?」「へあっ?」
視界が変わる。世界が回る。
気が付けば、俺たちは折り重なるように地面に倒れていた。傍には揃って意識を失っているクロたちマジカルビースト。
世界を覆うのは黄色く光る半透明の壁。
教室ほどの大きさはありそうな光の檻の中央で、もえさんが俺たち向けてロングソードを構えた。
「やっぱり実際に戦ってみないと色々分からないよねえってことでーーはい、早く立って?
だいじょぶ、死にやしないから」
まあちょっと怖い思いはするかもだけど、と彼女は心の底から楽しそうに笑った。
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