第三話 これまで
ダンジョンスターズ、通称Dスタ所属のDtuber、鶴森もえ。
冒険者の中で彼女の名前を知らぬ人は誰一人として存在しないだろう。
かつて、まだダンジョンが一般公開された間もない頃、ダンジョンそれ自体が胡散臭いもののように思われていた時代があった。
政府の露骨な宣伝。絶対安全を謳っておきながら、詳細は不明というアンバランスさ。そして時の政府高官の度重なる不祥事。
誰もが国を、ダンジョンを怪しんでいた。
そんな時代に彼女は現れた。
現役
初めは懐疑的に思っていた彼らも、見目麗しい少女が
Dtuberやダンジョン配信の下地を作り上げ、Dtuber事務所のDスタに入った今も尚衰えることなく一線級の人気を維持し続ける豪傑。
それが世間一般の彼女に対する評価だ。
彼女の握手会には長蛇の列が出来ると言われているし、俺たちがもし魔法少女じゃなかったら間違いなく会えていないような人物。
そんな超大物の登場を俺たちは呆然と眺めていた。
二人とも俺と同じようにダンジョンのない世界(?)から来たっていうのに揃って圧倒されるとは、流石は有名人。オーラが違うってやつかね。
……いや風音だけはいつもと変わらない、か。
心はクールなのか。それともただ鈍いだけなのか。無表情キャラはこういう時に大物風を吹かせられて便利だなあ。
大宮司さんが少しだけ鼻を膨らませて話を続ける。
「実は彼女は元警察官でな。
国の方でダンジョンを大々的に宣伝しようとなったときに、広告塔としての役目を期待されて活動することになったんだ。
その縁で、警察を抜けた今でもこうして我々を手伝ってくれている」
「驚きの真実ってやつだねっ。
あ、でもネットに実は政府の回し者でしたってなんて書いたら駄目だよ? ステマだって怒られちゃうからね!」
早くも敬語を崩してちっちっと指を振るもえさん。
いやまあ、ただの一般人それも女子がいきなりダンジョンに潜り始めたっていう話よりは納得できる説明ではあった。
ファンスレとかだと、「野生の感でダンジョンに吸い寄せられた」とか「体が闘争を求めていた」とか好き放題言われたからなあ。
ん、でもちょっと待て。
警察官って18歳以上じゃないとなれないよな? んで、確か彼女が活動を始めたのは高校一年生から。つまり少なくとも3つはサバを読んでいるわけで、現在は25歳と自己申告していた彼女の本当の年齢はーー
「おおっと、考えちゃダメなことを考えている誰かさんがいるみたいだね。
どうする? 今から上……行ってみる?」
「「い、いえ。大丈夫です」」
もえさんより放たれたとんでもないプレッシャーに、蛍と共に震えあがる。
い、いやあ今までのは全部俺の勘違い。現役JSの社長さんがいるんだ、現役JKの警察官がいてもおかしくないよなっ。
「それじゃあ今は配信とかも荒れるようになっちゃったんですね」
「うん、そうなんだよ~。経緯や結果はどうあれ、ダンジョンのせいで人が死ぬかもしれないって事実が広まっちゃったからね。
想像以上にダンジョンへの不信感が大きくなった感じかなあ」
ダンジョン攻略前の準備時間。
各種アイテムを選びながら、俺たちは拠点の倉庫で最近の配信事情についてもえさんに話を聞いていた。
ダンジョンタロウの配信に始まり、ドームの消失という形で終わった一連の騒動。それは体面的には
「他のダンジョンに近すぎたために、
また件の少女については現在調査中」
と発表されていた。これは、出来るだけダンジョンのクリーンなイメージに保ちたい政府の影響が大きいらしい。
ただ今回に限ってはその火消しもなかなか機能していなかった。
彼女が死ぬところだったと騒ぐ人や、中にはダンジョンは
しかも、それらの根拠には彼女を守るように俺が現れたからっていう理由もあってーー
「ごめんなさい、俺も気づいてたら良かったんですけど」
「いやいや、そんなの気にしないでいいよ。
悪いのはこんなわけわからないものを推し進めた私達なんだから。遅かれ早かれ、きっと今みたいになってたよ」
もえさんの口角がふっと上がる。
まだ政府がダンジョンに対する方針を決めていなかった頃でも、「ダンジョンの発生源が人の心かもしれない」という推測は研究所などから上がっていたらしい。
ただそれらは政府の手によって握りつぶされ、ダンジョン課の警察官の人たちにも緘口令が敷かれた。真相究明と口で言われながら、本当に求められているのは上に都合がいい真相だったのだ。
経済のため、煮え湯を飲まされた彼ら。
その時の苦い経験から、今の警察庁ダンジョン課は独自にダンジョンによる被害者をこれ以上増やさないように動いていた。今なお俺ら三人が見つかった事やここで活動している事なんかが伏せられているのはそのためだ。
なんというか……うん。
それを聞かされて俺は何と言えばいいかわからなかったよ。一高校生にそんな黒い話を聞かせないでくれい。
「でもね、私はこれを辞めるつもりはないんだ~。
君たちの話じゃ、もうダンジョンになっちゃったらもう絶対に元に戻らないんだよね?
だったら何も変わらない、私たちはただダンジョンっていう幻想で遊べばいい」
「……」
手持ちのロングソードを弄りながらそう話すもえさんに、俺は再びかける言葉を失った。
色んな部分を飲み込んで、生きるために仕事する。
それが大人ってことなんかなあ……。
「ごめん、暗い話になっちゃったね。
あ、そうだ。配信と言えばさ、ここに私と同じ配信者の子がいるよね。
ほら、蛍日蓮花ちゃんって名乗ってた君だよ。本名は伊奈川蓮花ちゃんだっけ? 私と同じ戦闘狂枠って話だったから、ずっと気になってたんだよねっ」
「うげ」
目をキラキラと輝かせて詰め寄ってくるもえさん。
戦闘狂枠。それは子天ノ内ダンジョンのドッジラビットと戦った時、常識外の方法で倒したためにつけられた称号だった。
まさかもえさんに認識されてるほど有名な奴だとはっ。
あれ単純にレコーディアさんの言葉を勘違いして突っ走っただけだから、ミスを晒しあげられているみたいで恥ずかしいんだよなあ。
「いや、あれは本当に偶々ああなったんですって。
俺普段はそんなに好戦的な性格じゃありませんからね?」
「そう? あの時も結構楽しそうだったけど……?
ってか、本当に配信中はキャラ作ってたんだね~。リスナーと楽しそうにおしゃべりしてたあの清楚な蓮花ちゃんはどこへ行っちゃったのかな?」
「うっ」
く、忘れ去れてなかったか。
「蛍日蓮花ちゃんの配信中と戦闘中の違いを比べてみた!」とか切り抜きもあったりして、公開処刑もいいところだったもんなあ、あれ。
「……それは私も思ってました。
最初に会った時から男モード全開で、正直別人かと思いましたもん」
「……ま、まあそれだけ演技がうまかったってことだな、うん」
「どんまい、蓮花。
きっと眠ったらみんな忘れてる」
「……忘れられてたら、いいなあ」
どことなく生温かい視線を見守られて、俺は天を仰いだ。
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