第二十三話 炎の魔法少女VSカメラ怪人



「ようこそ、おいで下さいました、可愛いお嬢さん。

 いやはや、あなたのあーんな姿やこーんな姿がこれから私の瞳に収められると思うと、トキメキが止まりませんなあっ」


 ドームの中、目の前でカメラ男に似た謎の男ーーカメラ怪人(暫定)が心底嬉しそうに身を震わせる。

 そいつの漫画チックな姿に脱力しそうになりながら、俺はステッキを構えた。


「なあ、クロ。こいつがボスってことでいいんだよな?」


「うん、間違いないよ。

 奴こそがこのダンジョンのボス、そして莉々の苦しみの根源さ。 

 奴を倒せばきっと、ダンジョン化が止まって莉々の心に元に戻る、はず」


「了解、それじゃあーーいや」


 さっさと攻撃しようとして、やめる。

 折角コミュニケーションが取れそうなんだ。実力行使はその後でいいか。


「なあ、大人しく俺に倒される気はないか?

 あんたも痛い思いはしたくないだろ?」


「ふふふふ。面白いお嬢さんですね、私と交渉しようって魂胆ですか。

 でも残念。私は欲望に素直な男ですからね。目の前にぶら下げられた甘い蜜を見逃すなんてこと、しませんよっ」


「れんか、よけーー」


「っ」


 怪人の頭のカメラがフラッシュをたく。

 油断していたつもりは決してなかった。ただ攻撃されるなら何らかの予備動作があるだろうとそんな温いことを思っていてーー俺は光をもろに浴びた。


 即座に収まる光。

 一体何が起こったの視線を巡らせようとして、異常に気付く。


 ーー体が動かない!?


 そう、体の自由が何一つ効かないのだ。まるで石にでもなってしまったかのようにその場で止まっている。辛うじて出来るのは視線の移動くらいか。肩の上のクロも同じように固まっているのが見えた。


「ふふふ。素晴らしい能力でしょう?

 これが私の能力、時間停止タイムストップです。

 時間停止中に動くイーヌなんて存在しない、私だけに与えられた祝福ギフトっ」


 カメラ怪人が仰々しくゆっくりと近づいてくる。


 おいおい、それは変態野郎に一番与えちゃいけない能力だろ、と内心で毒づきながら打開策を考える。


 動かない体。回る思考。

 そうだ。別にスキル名を唱えなくともスキルは発動できるのだ。であれば、と魔法の火弾マジカルファイアバレットを発動しようとしてーーできなかった。


「おっと、先に申し上げたでしょう、例外はないと。

 私の能力下では新しくスキルを使うことはできませんよ」


 目の鼻の先でちっちと指を振るカメラ怪人。


 まずい、これは本気でまずい。

 時間停止中の男が女に何をするかなんて決まってーー


「ともあれ、最初に情けをかけていただきましたからね。

 一人の紳士として、今回だけは見逃してあげましょう」


「そりゃあどうもっ」


 謎の温情を与えれた直後に硬直が解け、全力で後ろに下がる。

 あの攻撃の有効範囲がどれだけ広いかは分からないが、とにかく今は距離を稼がねえと。


 カメラ怪人は俺の行動を黙って見逃した後、両手を高らかに上げた。


「ふふふ、それじゃあ始めましょう、楽しい撮影会フォトセッションをっ」


 刹那、ぬぷりとカメラ怪人の地面に潜る・・・・・


 ……ああもうっ。まじで最悪な戦法だな、あいつっ。


「れんか、後ろは僕が見る。れんかは前に集中するんだっ」


「オーケーたのむっ。魔法の火球マジカルファイアボール


 クロと前後の監視網を構築して、火の球を体の周りでくるくると飛ばす。

 ただ前に飛ばすだけの魔法の火弾マジカルファイアバレットとは違って、魔法の火球マジカルファイアボールは持続時間が長く、その間は自由に操作できる。

 ついでに自分に近い方が速度と精度も上がるから、こうして近くで飛ばして、近づいてくる敵に備える。

 それがレコ―ディアさんたちに教えてもらった正しい使い方だった。


 じっとり汗ばむ背中。

 奴の前兆を見逃さぬよう、目を皿にして辺りを見渡す。


「後ろだっ」


「っ、魔法の火弾マジカルファイアバレット


 クロの言葉に振り向き、近くの地面から顔を覗かせるカメラの確認。即座にスキルを発動させ、火の球を後ろに持っていく。


 放たれた高速の弾丸に、「ほほお」と声を上げて再び地面に潜る・・・・・カメラ怪人。


 すかさず体を反転させて、奴の追撃に備えーーはたして、いつまで経っても攻撃してこなかった。


「なるほど、なるほど。魔法の火弾マジカルファイアバレットが攻撃用、魔法の火球マジカルファイアボールが防御用のスキルですか。

 どちらも厄介ですが、私はあきらめませんよ。一人の男として、そう一人の紳士としてっ」


 姿は見えぬまま、カメラ怪人の声がぐるぐると俺の周りをまわる。

 楽しそうに、あるいはもどかしそうに。


 舐められているのか、あるいは本当に近づけないのか。

 それは正直判断付かない。ただもし後者だとしたら、あの能力が言うほど完璧じゃないのだとしたら、さっき避けたのもそうせざるを得ないからだとしたらーー勝機はある、かもしれない。


魔法の火球マジカルファイアボール


 最初の火球がふっと消える同時、間髪入れずに次の火球を生み出す。

 別の方法を模索するにしても、この小康状態の維持せねばなるまい。

 

「我慢比べだ、クロ。やれるか?」


「……当たり前だよ、れんか。

 僕らはパートナーなんだ。どんなときも一蓮托生だよ」









「はあっはあっ魔法の火弾マジカルファイアバレット


「おっと、今のはちょっと反応が遅かったんじゃないですか、可愛いお嬢さん?」


 俺の攻撃を楽々とかわし、地面へと潜るカメラ怪人。


 ずきずきと痛む頭を押さえ、再び周囲へと視線を巡らせる。


 ……あれから何度この攻防を繰り返しただろうか。疲労が着々と蓄積されていく俺に対し、奴の方に何ら変わった様子はなかった。


「……大丈夫かい、れんか?」


「ああ大丈夫だ。やるしかねえから、な。

 ステータスオープン」


_______________


 伊奈川蓮花 Lv11   HP 25/25 MP 14/70

  職業 『魔法少女(炎)Lv1』 

  スキル 『魔法の火弾マジカルファイアバレットLv1』『魔法の火球マジカルファイアボールLv1』 

  装備 『魔法少女(炎)セット』(ON)【固定】

  使い魔 クロ(マジカルキャット)(ON)

______________


 視界に映るのはこれまでのレベルアップの成果と、MP欄の絶望的な数値。

 MPポーションなどの各種アイテムもダンジョンモールのロッカーの中だ。どうなっているかは分からないが、どのみち今使うことはできない。


 気力も限界、MPも終わりが近い。


 つまり、そろそろ終わらせねばなるまい。

 莉々のために、たった一縷の望みにかけて。


 ふう、と小さく息を吐き出してカメラ怪人に呼びかけた。


「なあ、あんたもそろそろ飽きてきただろ?

 男らしく、次で最後にしようぜ」


「ふふふ。明らかな挑発、そこはかとなく感じる罠の気配。

 でもいいでしょう。男らしくといわれたら引き下がるわけにもいきません。

 それじゃあ始めましょうか、お互いの尊厳プライドをかけた、最終演目フィナーレを」


 カメラ怪人が地面の下から声を張り上げる。

 

 暫くの沈黙の後、ぷすりと周囲を回っていた魔法の火球マジカルファイアボールが切れる。

 ほぼ同時、前方の地面からキラリと光る何かがせりあがってきてーー


魔法の火弾マジカルファイアバレット


 ーー起死回生のスキルを発動させる。


「れんか、だめだっ」


「残念、それは囮です。スキルを間違えましたね、お嬢さん」


 真下より響く声。

 何故か股下の地面から大きなカメラが覗いているのを確認したその瞬間に、俺の視界は真っ白になりーー体が動かなくなる。


 恐らくはさっきはその磨き上げらた靴に騙されたんだろう、あおむけの状態で浮き上がってくるカメラ怪人。


「いやあ本当に僥倖ですね。

 一番初めにこーんな可愛い俺っ娘を、私の好きに出来るなんてっ。私を生み出してくれた彼女には感謝しかありませんよ」


 勝利を確信したのか、カメラ怪人はのっそりと体を起こして目の前でうんうんと頷き始める。

 でもそれは隠れてスキルを操作する俺も同じでーー


「俺の、勝ちだ。

 やっぱり発動済みのスキルは止めれないだな」


「なにを、いってーーあぎゃっ」


 ーーカメラ怪人に、火の球・・・をぶつける。

 即座に体中に炎が回り、苦しそうに断末魔を上げるカメラ怪人。


「な、ぜ? 術をかけた時点では魔法の火球マジカルファイアボールの存在しなかった、はず」


「ふ、一体いつからーー俺の魔法の火弾マジカルファイアバレット魔法の火弾マジカルファイアバレットだと錯覚していた?」


「ま、まさかっ。あの時のっ」


 俺がやったことを察したのか、カメラ怪人が声を荒げる。


 そう、俺は魔法の火弾マジカルファイアバレットと言いながら魔法の火球マジカルファイアボールを発動させていたのだ。

 カメラ男の能力下でも既に発動したスキルは停止しないんじゃないかと信じて。


 正直根拠は薄かった。一応カメラ怪人が魔法の火弾マジカルファイアバレットとかを能力で止めずにわざわざ避けたからとかの理由はあったものの、それらは簡単に他の説明で解決できるものだった。

 でも確かに俺は大きな賭けに勝ってーー


「ご自慢の目でちゃんと見ていなかったんじゃないか、カメラ怪人?」


「ふふふふふ。

 ……素敵なお嬢さんと楽しいショーが出来たんです。こんな最後も案外悪くはない、ですね」


 そんな言葉を残して、カメラ怪人は幻のように消えていった。


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