第二十一話 空転(Side久志本莉々)

 



『へ、へえ。莉々ちゃんっていうんだ?』


 じりじりと揺らめくアスファルト、見慣れない田舎道、そしてカメラを持った小太りの男。


 実のところ、莉々がについて覚えていることはそれくらいしかない。

 小学校からの帰り道、たまたま立ち寄った場所で彼に「お菓子をあげるよ」とか話しかけられて、ついて行こうとしたところで近所の人たちに助けられた。

 莉々が経験したのはたったそれだけなのだ。


 はたしてそれにはどんな経緯があって、結局彼はどうなったのか。

 それらはお母さんたちの手で固く守られているし、ネットで調べる気にもなれないから、今でもよく分からない。


 ただ当時、周りの大人たちに「本当に危ないところだったんだよ」とか「誰かに写真を撮りたいと言われても頷いちゃだめだからね」とか色々と言われて、自分にはそれがまるで怖い怖い化け物の話をしているように感じられてーー気が付けば男の人とカメラが怖くなっていた。


 勿論それら全部がダメっていう訳じゃない。

 男の人については、お父さんやクラスメートの男子とかちゃんと交流がある場合は大丈夫。ただ見知らぬ人、特にこちらににやにやと下心満載の視線を向けてくる人はどうしても恐怖が先に来るようになった。

 カメラの場合は結構ひどくて、自分の写真や映像が男の人に見られることを想像するだけで気持ち悪くなった。だから学校の集合写真とか避けられない場面は除いて出来るだけ関わらないようにしてきたし、友達の要求にも「私写真は嫌いなんだー」とお断りしてきた。

 もっと言えば、友達が写真をネットに上げるとかは(例え莉々の姿が映っていなくても)嫌で、流石にそこまでは言えずに黙認していたのを千沙となみの二人に看破されたりしたこともあった。

 

 ただ同時に、変わらないといけないという思いがずっと心の中で渦巻いていた。いつまでも子供のころの出来事、その恐怖に縛られているのはもう御免だった。

 だからあの時、蓮花と同じように自分も前に進もうと決めたのだ。



「……うん、綺麗に撮れてる」


 スマホに表示されているのは、恥ずかしそうに体を寄せ合う二人の少女の写真。

 あの後、蓮花と二人で撮った写真だ。


 蓮花はカチコチという音がこちらに聞こえてきそうなほど体を硬直させていたり、その横も莉々もまたぎこちない笑みを浮かべていたりと完璧とは言い難い写真。

 莉々にはそれがなんだか二人の関係性を示しているように感じられて、結構好きだった。

 

 いつかみんな、四人で撮れたらいいな~。

 

 そんなことを考えながら、ダンジョンモールの化粧室を出る。

 今日は金曜日の放課後。みんなでダンジョン前広場で買い物をしている途中で尿意に襲われ、一人抜け出してここまでやってきたのだ。事情を知っている千沙とかはついて来ようとしてくれていたけど、流石にそれは申し訳ない。


 モール一階のエントランスは沢山の人に溢れていた。

 何となくいつもより人が多いような気がするそこを縫うように進んでいく。


「お、まじかっ。本当に来たっ」


「おっしゃ。やっぱり当たりじゃねえか。俺、あったまいい~」


 と、何故か急に騒ぎ出す群衆。


 な、なにが起こったのっ。


 背後より勢いよくぶつかってくる体やリュック。

 前へ前へと進もうとする人の動きに押されて完全に体のコントロールを失ってーー


「リスナーの皆さんお待たせしましたっ。

 わたくし、ダンジョンタロウ、日本の中心の子天ノ内ダンジョンにやってきましたっ。みなさん、盛大な拍手をっ」


「ヒューヒュー」


「いつもみてるぜー」


 ーー気が付けば、最前列に立っていた。

 

 一人の人間を取り囲み楽しそうに話しかける人々。

 その中心にいるのは大きなカメラ・・・を持った、赤と黒の派手な服を着た男。


「誰だよおまえー? 有名人なんか?」


「よくぞ聞いてくださいましたっ。

 俺の名前はダンジョンタロウ。各地のダンジョンを巡って、生の冒険者の声を聞く正義のジャーナリストです。

 警察の犯人逮捕に貢献したこともあるんですよっ」


「おおーまじで?」


「ばっかお前あれはーー」


 仕込みなのか、あるいはただの偶然なのか、観衆の一人の問いかけに男が声高に答えて、会場が一気に沸く。

 ダンジョンタロウという名前は知らない。ただ周りの反応から、それがあまりお行儀の良い人間ではないことは何となくわかった。


 はやく、はやく、逃げないとっ。


 震える四肢を無理やり動かして、どうにか後ろに体を滑り込ませようとする。彼に捕まったらろくな結果は待っていない、と全身が警告を発していた。


 さりとて彼の瞳がこちらを捉えーーにやりと笑った。


「お、可愛い子発見。それじゃあ早速聞いていきますかね。

 ねえそこの君、ちょっと質問いーかい?」


「ヒューっ、いつもの頼むぜっ」


「……あれ、あの子って……」


 男がカメラを向けて近づいてくる。軽薄な、大嫌いな笑みと共に。


「っ、やめ、て」


 歓声がひと際大きく、下品なもの変化する。彼らの視線がこちらの顔や胸に集まっていくの感じる。

 

 断らないと、カメラは苦手なんですって。 


 でも、なんでか声が出ない。

 頭が真っ白になって、息が、出来なくなる。


 ーーくるしいの?

 

 またあの声だ。

 大丈夫。今までだって何とかしてきたんだもん。……あれでも、こんなに大勢の前で迫られたことなんてあったっけ? 


 不意にその事実に打ちのめされ、ふらふらとその場に倒れそうになる。


 ーーだったら、わたしがたすけてあげる。そのくるしみをとりはらってあげる。

  さあ、りり。このてをとって?


 頭の中で黒い人影が語りかけてくる。真っ黒な闇で出来た小さな手が、こちらに差し出される。

 君は、何者なの? その手を取ると、どうなるの……?


 ーーわたしは……まじょ。わるいまじょだよ。

  くすくす。だいじょうぶ。ただくるしくなくなるだけだから。

  こわいことなんてなーにもないんだよ?


 影が笑う。無邪気に、愉しそうに。


「……あれあれ、怖がらせちゃったかな?

 それじゃあ次の子にーー」


「何いってんだ、もっとバシバシ突っ込めよっ。

 正義のジャーナリストなんだろっ」


「そうだそうだー。ついでに莉々ちゃんの交友関係について詳しくっ」


「う、うーんと……」


 周囲のはやし立てる声に男が気まずそうに頬をかく。


 ……もしかしたらそこまで悪い人じゃないかもしれない。

 そんな小さな希望が莉々の中で芽生えたその時ーー


「ほらよっ」

 

 ーー体が浮いた。


 最初は何が起こったかは理解できなかった。ただ何故か体が前に放り出されていて、足がたたらを踏んでいてーーどうやら自分が後ろから押し出されたらしいことが分かった。


 カメラに、男の欲望蠢くレンズに至近距離から捉えられる。


 その最悪な光景に、莉々は咄嗟に影の手を取ってーー


 ーーくすくす。そうしてくれるとおもったよ、りり。


 頭の中に大きく声が響いた。

 






 新人Dtuberについて語ろうぜ Part1341


 194:名無しのDtuberファン

 お、ダンジョンタロウの配信始まった。


 195:名無しのDtuberファン

 そーいや今日だっけ 結局日本の中心ってどこなんかね?


 196:名無しのDtuberファン

 >>195

 A.子天ノ内ダンジョン


 197:名無しのDtuberファン

 どっかの誰かさんの推理当たってるじゃねえかww


 198:名無しのDtuberファン

 これは「日本の中心」警察が黙っていませねえ


 199:名無しのDtuberファン

 お、早速可愛い子 相変わらずすげー嗅覚してんなあ


 200:名無しのDtuberファン

 タロウの可愛い子センサーはN〇Kのカメラマンばりよ


 201:名無しのDtuberファン

 ……何かこの娘、嫌がってない?


 202:名無しのDtuberファン

 ほんまや それを察してタロウも切り上げようとしてんな


 203:名無しのDtuberファン

 「何いってんだ、もっとバシバシ突っ込めよっ。

  正義のジャーナリストなんだろっ」

  

 !? うわ、民度ひっく。


 204:名無しのDtuberファン

 タロウリスナーってこんなんだったっけ?

 

 205:名無しのDtuberファン

 件の炎上騒ぎで入ってきたら新規さんからしたらタロウは「グレー部分にばしばし突っ込む危険な配信者」に見えるんやろなあ

 普段はヤラセや無理強いとかもしないまともな配信者なんやけど……


 206:名無しのDtuberファン

 どうすんのかね、これ 下手したら放送事故やぞ


 207:名無しのDtuberファン

 >>206

 もうなってる定期


 208:名無しのDtuberファン

 !?


 209:名無しのDtuberファン

 は?


 210:名無しのDtuberファン

 うおおおおおお


 211:名無しのDtuberファン

 光ったあああああ


 212:名無しのDtuberファン

 ダンジョン発生ktkr!?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る