第二十話 大事なもの



 四人でダンジョンに行った次の日、学校にて。

 俺たちは机をくっつけて昼ご飯を食べていた。


 ……まさか、俺が席を貸してもらう側になるとは。

 一度、トイレに行ってる間に隣の人に奪われていたなんてことがあってからは、ずっと部活棟の空き教室で食べてたからなあ(無断使用)。


「それじゃあ、蓮花は自分で作ってるんだ~」


「う、うん。でも冷凍食品とか昨日の残りを詰めただけだよ……?」


 弁当箱に入っているのは冷凍の唐揚げや昨日の夕食の野菜炒めなど。

 共働きで忙しい両親に代わり、伊奈川家の家事は俺と春花の二人が担当している。

 ただ弁当については父さんたちは社食、妹は給食と一人分しか用意する必要がないこともあって、色々と手を抜いているのが日常だった。


「それでも十分っしょ。

 こっちの二人なんか一切自分でやらないからねえ」


「う。耳が痛い」


「私にはなみがいるから大丈夫よ」


 なみの言葉に、肩をすぼめる莉々と堂々と開き直る千沙。

 莉々は確か専業主婦の母親が作ってくれていて、千沙の方は、えっとーー


「なみが作ってるんだっけ? 千沙の弁当」


「そうそう。

 昔からなーんにもできねーから、あーしが仕方なくやってるんよ」


「ええ、いつも助かってるわ。なみ」


「お、おうわかってんなら……って流石に騙されねーよ?

 真面目に感謝してないっしょ。同級生に色々世話されてるの、ちゃんと恥ずかしがろうな?」


 正面に座るなみが、わずかに頬を赤くして彼女の隣の千沙に説教を始める。

 何だかそれは言い合いというよりは、ただのイチャコラってな感じでーーあれ、この卵焼き、砂糖入れすぎたかなあ。


「……千沙となみって家でも一緒にいるみたいなんだ~。

 すごいよね、幼馴染って」


「ひゃっ」


「むむ、最近僕のマイエンジェルに近いんじゃないかい?」


 横から口を寄せてきた莉々の息が、こしょこしょと俺の耳に当たってーー


 こ、これが「耳ふーASMR」かっ。

 ふう……危なかったぜ。Y〇utubeで耐性を付けていなければ即死だった。


 それでええと、つまり、千沙となみのそんな半同棲みたいなことをしていると。


 幼馴染ってすげえー!


「……」「……」


 と、何やら向かいの二人から生温かい視線が。


 い、一体なんだ? これはあれか、あーしの友達に手を出すなーー(以下略)。


「二人ともどうしたの~? 何か変なことでもあった?」


「いやあ? 別になんでもないっしょ。

 ただ二人とも仲が良さそうでよかったなあって」


「ええ、そうね。仲良しなのは良いことだわ。

 ……ところで蓮花、専業主婦に興味はない?」


「?? 急に何の話?」


「……この流れでそれは最悪な意味にしか聞こえねーっしょ」


 ダイナミック話題転換をしてきた千沙に、なみが機嫌が悪そうに視線を外す。


 最悪な意味、専業主婦……。

 もしや俺をなみのような小間使いにしようとしてる?

 こ、こやつなんつーヒモレベルだっ。自分が楽するためにはどんな手でも使うっていうのかっ!?


 ……でも残念。それは受け入れられないな。

 なにせ俺は百合の伝道師。かわいいおにゃのこを清い百合へと導く者である。


 ーー百合に挟まる男は死すべしっ。


「さ、流石にそれは良くないと思うな~。

 いやただの友達としてね、これ以上誰かが千沙の毒牙にかかるのは見過ごせないっていうか……」


「ふ。冗談よ。私にはなみがいれば十分だもの」


「っ、そりゃあ……よかったしょ。

 いやいや全然よくねーしっ。何言ってんだ、あーしっ」


「……む」


 三人がわちゃわちゃと尊いやり取りを始める中、クロが小さく声を上げた。


 なんだ? まさか俺の拳はお前に振り上げることになるのか?


「いや、懐かしい匂いがしたけど……気のせいだね。

 僕のマイエンジェルから、あんなムカつく奴の匂いがするはずないさ」








「……前回の釜樹ダンジョン出現から今日で約1か月の時間が過ぎておりーー」


 その日の夜、リビングで春花と夕飯を食べているとテレビからそんな言葉が聞こえてきた。 

 「ダンジョン特集」と銘打たれたそのコーナーでは、芸能人やらダンジョン研究家さんがスタジオに集まって「次はどこどこに来る」「こんなモンスターが出る」とか楽しそうに語り合っていた。

 

 ダンジョン出現から10年。

 今では日本各地に88のダンジョンが存在し、それらダンジョンと冒険者を管理する民間の団体、冒険者ギルドなんて組織も運営されている。

 色んな研究の結果危険性がないと判明してからは、国が旗を振ってダンジョンの観光資源化を推し進めている、らしい。


 原理も原因も分からない現象なのに、商魂たくましいというかなんというか。

 いやまあ俺もそれに乗せられた口だから、強くは言えないんだけどさあ……。


 と、そんなことを考えていると話は次の内容に。

 閑静な住宅街が突如白い光に包まれる映像が流れ、もしこの光を見つけた場合はすぐに国のダンジョン課へ連絡を、との説明がなされた。

 どうやらこれがダンジョン発生の兆候らしい。


「あ、そうだ。私こんな光を前に見たことがあるんだよね」


「え? それって、ダンジョン発生に立ち会ったってコトっ?」


「いや、それが違ったんだ。すぐに消えちゃったし、何も起こらなかったから。

 ……ってか、おねぇもその時いたよね? なんで覚えてないの?」


「そ、そうなんか? ま、まあ人間の目は前にしかついてないからな。

 仕方ない、仕方ない」


「おねぇの場合、横と後ろだけじゃなくて前も見てないんじゃないの?

 なんで自分の部屋で光ったのに気付かないかな……?」


 妹がやれやれとため息をつく。


 や、やべー。全然覚えてねえ。

 というより、俺の記憶だとそもそもダンジョンなんて不思議現象観測されてなかったんだよなあ。

 おーい、クロ。出てきて説明してくれよ~。(現在すやすや睡眠中。尚起きてても絶対役に立ちません)


 そんな不思議な食い違いがありながらも無事に食事は終了。

 後片付けをちゃっちゃっと済ませちゃってーー


「って、そうだ。

 今週の金曜、何か予定があったりするか?」


 食器を洗いながら、隣の春花におずおずと話しかける。

  

 俺たちはずっと夕飯はどちらか暇な方が作る、という形をとってきた。

 今までは俺に何の予定もなかったから良かったけど、これからは色々と都合を合わせる必要がある。

 ……うーん、昨日もやってもらったし、やっぱり断った方がいいかなあ。


「ん、だいじょぶ。その日は何の予定もないよ。

 おねぇは何か用事でもあるの?」


「そうそう。友達と一緒にダンジョンに行くんだよ。

 ほら前に言った莉々さんってクラスメートとその友達二人の計四人でな」


「おおー。行ってきなよ。

 ……ずっとおねぇ一人でやってきたわけだしね」

 

 春花がすっと視線を落としてそんなことを言ってきた。

 ……妹なりに、責任でも感じてたんかね。


「おっけー。それじゃ楽しんでくるわ。

 何かおみやげとかほしいものがあれば買ってくるぜ? ダンジョン製製品にも見た目がいい物が結構あるからな」


 魔石や魔物をギルドに引き取ってもらうことで得られる報酬、それがコインだ。

 ダンジョンモールや広場にコインで買い物できる店が沢山あるから、きっと妹が可愛いと思えるものも見つかるだろう。


「ん。それじゃあおねぇのセンスで何か買ってきてよ」


「まかせんしゃい。

 修学旅行で木刀を買ってきた俺のセンス、見せてやるよ」


「……おねぇ、やっぱり変わったね。

 久志本さんっていう人のおかげなのかな?」


「おお?」


 俺のギャグをスルーして、春花が感慨深げに笑う。


 変わった、か。もし本当にそうなら妹の言う通り莉々のおかげなんだろうな。


「大事にしないと、だよ?

 自分を変えてくれる友達なんて滅多にいないんだから」


「ああ、分かってるさ。

 命に代えても守って見せるっ」


「うーむ、それはちょっと重い」


 

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