第十八話 普通の日常
「それじゃ、あーしらはこっちだから。
また明日っしょ。莉々、蓮花」
「うん。またね~」
「ま、また明日っ」
千沙となみがこちらに手を振りながら、人ごみの中へと消えていく。
時刻は日も傾き始めた18:00ごろ。
無事に二人を三階層の「転移の宝玉」まで送り届けた俺たちは、約二時間にもぼる冒険を終えようとしていた。
また明日、か。
まさか俺にそんな言葉に言う機会がもう一度来るとはなあ……。
「その、今日はごめんね~。
なんだか急にダンジョンに行くことなっちゃって」
「う、ううん。気にしないで。
私も楽しかったから」
未だ人の熱気冷めやらぬ道を、莉々と二人で歩く。おねむになったクロは俺の頭の上でスヤスヤお休み中である。
千沙となみはここ、子天ノ内ダンジョンの近くに住んでいる(しかも幼馴染!)らしく徒歩での、ここから10kmほど離れた同じ地区に住む俺たちはバスでの帰宅となった。
ただダンジョン前のバス停は人が多すぎて乗れたもんじゃなくて、俺たちは自宅方面の次のバス停へと足を進めていた。
「……みんな良い人たちだね。
私なんかのこと、凄い気にかけてくれた」
道すがらそんな本音が口からこぼれる。
仲良しグループに異物が一人混ざった、という状況なのに俺が一人で黙っている場面がほとんどなかったのだ。
だいたい三人のうちの誰かが俺の隣について話しかけてくれていた。
つまり四人組あるあるのフォーメーション
○○〇
●←俺
へとオーガナイズせずに乗り切ったのだ。
多分それは三人の優しさゆえの賜物でーーそれが見た目よりずっとずっと難しいものであることを俺は知っていた。
「でしょ? 私の自慢の友達なんだ~。
……それと私なんか、なんて言わないでよ。蓮花は私に勇気をくれたんだから。これはそのささやかなお礼だよ」
「そっか……」
勇気をくれた、か。
買い物にいった時の話かね? それとも俺の知らないところで何かがあったり?
いずれにせよ、何かを変えられたなら良かったなあ。
人影もまばらになった道。
朱色の太陽に照らされ、二人の影が地面に後ろへと伸びていく。街路樹やビルの影を突き抜け、どこまでも。
今日も、そろそろ終わりかあ。
「……俺さ、ずっと避けてたんだ。みんなと仲良くなるのを」
「うん」
ぽろりぽろりと言葉が落ちていく。
それは多分きっとダンジョン内での賑やかな雰囲気と今のギャップにあてられたからでーー莉々たちならこの絶望を受けとめてもらえると思ったからだ。
「昔人間関係で色々あってさ。
俺は彼らの”普通”に耐えらなかったんだ」
『なあ、あいつウザいからみんなで無視しようぜ』
きっかけはそんな一言だった。
小学五年生の夏、仲良しメンバーの一人が突然言い出した言葉。それにみんなは簡単に同意してーーでも俺だけは乗り切れなかった。
よく、分からなかった。なんでそんなことをするのかも、なんでみんな楽しそうににやにや笑っているかも。
だから俺は変わらず彼に話しかけてーー気がつけば、その対象は俺になっていた。
俺だってわかってる。こんなのよくある話、”普通”の話だって。
彼らにとってはいじわるの延長線上、ただの遊びなのだ。特に深い理由なんて無い。限度を理解していない子供ゆえにできる一過性の過ち。思春期という誰にだって起こりうる暗黒期。
ただ首を低くしてそれが過ぎるのを待っていればよかったんだ。
でも当時の俺にはそれが出来なかった。
みんながみんな何一つ曇りのない善人だと思っていたから。優しく接すれば、優しさが返ってくれると思ってたから。
かくして独りよがりの王様の幻想は崩れ、後に残ったのは誰とも仲良くできない一人ぼっちの王様。昔はあんなにすぐ仲良くなれたのに、今ではただ一言言葉を返すにも二の足を踏んでばかり。
「でも本当は気づいていたんだ。
変わらないと、いけないって。前に進まないとって」
世界は広いし、悪意の期間は永遠でもない。
普通の善人はそこら中にいるし、あの時のみんなも今では立派に成長して当時を悔やんでるかもしれない。
俺の絶望は閉じた世界、閉じた期間のちっぽけなものなのだ。
「だから……ありがとう、莉々。
ダンジョンで俺に声をかけてくれて、俺をここまで引っ張てくれて」
莉々が強引に誘ってくれなかったら、俺はずっとあそこで止まっていた。今日みたいに四人で出かけることもなかった。
……そういう意味では、クロに感謝しないとなのかもな。
一応俺と莉々さんを巡り合わせてくれたわけだし。
俺の言葉に、莉々は足を止めてしばらく考え込んだ後、急に距離を詰めーー
「ひゃっ」
「……やっぱり」
ーーぎゅっと右手を握ってきた。
ぎゃああああ。俺の「女子との手つなぎ」バージンがあっ。
……こ、これが女の子の手。や、やわかいのお。
ってか急に何事っ? まさか俺をキュン死にさせる気かい?
「……私も、ずっと普通が怖かったんだ~。
それで自分の気持ちをずっと騙してて……おんなじだね、私たち」
「そ、そうだね?」
寂しげに笑う莉々に、適当な相槌を返す。
何か重大なことを言っていた気がするけど、彼女と繋いだ手から感じる体温と髪とかから漂う甘い匂いにあてられてーー
あれ、空気ってどうやって吸うんだっけ? 俺、いつのまにか
そんな意味の分からない感情が頭を駆け巡る中、莉々はゆっくりと歩き出す。
ーー手をつないだ状態で。
「あ、あのっ」
「? どうしたの?」
「え、えっと……」
莉々の瞳が不思議そうに瞬く。
お、女の子同士ならこれくらい普通なのか……?
いやいやっ、流石にこれ以上は俺がもたねえし、もしそうだとしても騙してるみたいで申し訳ねえよ。誰か、この現状を変える何かを、俺にっ。
「あ、そ、そうだ。妹に友達の写真を見せろって言われててさ。
良かったら俺と一緒にツーショットを撮らせてくれないか?」
「……えっと」
言い難そうに視線を逸らす莉々。ぐっと彼女の手に力が込められる。
やっべ。何か地雷だった?
……そーいや、莉々たちって陽キャなのにイ〇スタとかをやってないって有名だったような。
あれ。それじゃあ千沙が言っていた「Dtuberのことを話さないで」ってのはDtuberじゃなくて動画や写真関連?
あああ、俺の馬鹿馬鹿馬鹿っ。折角できた友達をこんな風に傷つけてっ。
「や、やっぱり何でもーー」
「……ううん、大丈夫。
それじゃあ一緒に撮ろっか、写真?」
はらりと手を放し、軽やかな足取りで俺の前に来る莉々。
ーー夕焼けを背に優しく微笑む彼女は、本当に美しかった。
「ふっふっふ」
その日の夜。自室にて。
スマホに映った俺と莉々のツーショット写真を見て、俺はにやにやと笑っていた。
いやあやっぱり友達は良いものですなあっ。
世界がキラキラと輝いて見えますわっ。
それもこれも全部莉々のおかげ。
……何かお礼でも出来たらなあ。
『……試しにちょっとやってみない?
ほらみんなの前でやるのが恥ずかしかったら、後で私にこっそり動画とか送ってくれればいいから……』
……しゃーない。莉々のためなら一肌脱いでやりますかね。
そうと決まれば、と今期のプ〇キュアの変身シーンをY〇utubeで確認した後、配信くんを動画モードで起動する。
こほんと咳払いをして、よし。
「スカイミラーーー」「おねえ、ご飯できたって~」
その瞬間、部屋の扉を開いて入ってくる妹の春花。
妹の瞳に映るのは呪文を唱えながらノリノリでポーズをする姉の姿でーー
「あっ……うん、たまには童心に帰りたい日もあるよね。
それじゃ、ご飯はそれが終わってからだね。お母さんにもちゃんと伝えておくから大丈夫だよ~」
「ちょ、まーー」
悪魔の言葉を残して、妹の姿が扉の奥へと消える。
彼女に、いや家族に刻み込まれるのは「高校生になってプ〇キュアの真似をしていた姉」という事実だけ。
「っ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
とんでもねー屈辱に俺は口元に枕を押し当て、声にならない絶叫をあげた。
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