第十七話 たのしいダンジョン



 場所は子天ノ内ダンジョン二階層のセーフポイント。

 「転移の宝玉」を中心にした広間にて。

 

 三階層に行けずここで止まっていた千沙となみの二人を送り届けるため、俺たちはエ〇トラップとエ〇スライム蔓延る通路へと足を踏み入れようとしていた。


「おお、それが魔法少女衣装っ。

 いいね。よく似合ってるっしょ」


「だよね~。でも蓮花、全然着ようとしないんだよ?」


「そ、そりゃ、恥ずかしいからね……」


 俺の可愛らしい(笑)姿に黄色い歓声を上げるなみと莉々。


 是非見せてって言われたから変身したけど……な、なんだこの公開処刑!?

 く、早く殺してくれっ。俺が恥ずか死ぬ前にっ。


「簡単なメイクに惹かれたと思ったら、急に恥ずかしがったり。

 れんか。僕には君のことがよく分からないよ」


 俺の頭に乗るクロが呆れたようにフルフルと頭を振る。


 うーむ。言われてみれば確かに。

 女心と秋の空。これがこの世の心理、というやつなのかもしれませんね。


「……そんな呪文は? 変身バンクはないの?

 変身だけって……それじゃあ仮〇ライダーじゃないっ」


「???」


「あ、こいつのこれはニチ〇サが好きなだけだから気にしなくて良いっしょ。

 ほら、おめーもいつまでもプ〇キュアを夢見るのは流石に恥ずかしいって」


 突如荒ぶり始めた千沙をなみが肘で小突く。


 呪文、変身、プ〇キュア……?

 あー、あれか。「みんなを笑顔にっ! キュアほにゃらら」みたいな感じでポーズとか取りながら変身すると思ってたのか……。


 さ、流石にそれはちょっとなあ。 

 15過ぎた男がそれをやってる姿を想像すると、流石につらいものがあるぜ。

 ……まあ普段の配信とかもそうすると結構イタイ姿なんですけれども。

 うーむ、なんか俺の恥ずかしい基準、TSのせいでY〇utubeの著作権判定くらいガバガバになってない?


 と、二人のやり取りに何か思いついたのか、莉々がこそこそと聞いてきた。



「……試しにちょっとやってみない?

 ほらみんなの前でやるのが恥ずかしかったら、後で私にこっそり動画とか送ってくれればいいから……」


「誰が、やるかっ」


 







「あ、なみの前の床にトラップがあるね。

 ちょっと後ろに下がってて」


 奥の暗闇へと続く大きな通路。

 茶色のレンガで出来た壁には松明が等間隔で設置されており、俺らの行く先を妖しく照らしていた。


 子天ノ内ダンジョン二階層に登場する敵は

 ・服を溶かす粘液を飛ばす「ストリップスライム」。

 ・特定の行動(例えばどこかの床を踏んだり、謎のボタンを押したり)で発動する触手トラップ。

 の二つ。初心者には厄介なそれらも莉々の手にかかれば、お茶の子さいさいのようだった。


雷弾サンダーバレット


 莉々の杖より放たれる雷の弾丸。それが正確無比に床の一部を焼き、ほぼ同時に前方の壁から無数の触手が現れる。

 まるで黒い昆布のようなそれらが俺らを捕らえんとこちらに体を伸ばしーーはるか手前で止まった。


「うわ、やっぱきっしょ。

 よく莉々もこんなの相手にずっと護衛してきたなあ」


「慣れれば特に何とも思わなくなるよ~。

 ほらこれもただの雑草だと思えば、かわいいものでしょ?」


「……ごめん、その感覚は全然わからんっしょ。

 スラッシュっ」


 触手には届かない位置から剣を振るなみ。

 即座に彼女の足元から白い刃が現れて地を這うように進み、触手と衝突した。剣士の遠距離スキルーー「スラッシュ」である。  


 この触手トラップには耐久力なるゲージが存在して、一定の攻撃を与えると消失し、倒した人に経験値をもたらす(魔石はなし)。つまり安全圏さえちゃんと確保しておけば、こいつは初心者のスキル練習とレベルアップに最適なのだ。

 今は彼女の番ってことで莉々護衛の元、なみが触手に向け遠距離攻撃を続けていた。


「……どうしたの? 私の顔に何かついてるかしら?」


「う、ううん。な、何でもない……」


 ただそうすると必然的に千沙と一緒の時間が増えるわけでーーさっきからお互い無言の気まずい空気が流れていた。

 何なら途中から千沙がスマホを弄り始めちゃってるし……。


 だ、誰かおらに元気を、話題を分けてくれっ。なんでもいい、普通の女子高生が食いつきそうな話なら何でもっ。

 クロは莉々の胸の中。俺はゲームとアニメの話しか出来ねえ悲しいモンスター……。

 ぐう。莉々となみの二人に普段どれだけ助けられていたのか、痛感させられるなあ、ほんと。


 千沙がスマホを見ていた手を止め、戸惑いがちに口を寄せてきた。


「……蓮花って、もしかしてダンジョン配信をしてたりする?」


「ひゃっ」 


 やっべ。

 これは本名とかで調べてヒットしたパターンか? どうせバレるだろと思って、苗字しか変えなかったからなあ。


 いやいやいや、まだ希望が消えたわけじゃねえ。ただの世間話として振ってきた可能性もあるさ……うんあるといいなっ。


「あの、どうしてそう思ったの……?」


「さっき魔法少女について知りたいと言っていたでしょう?

 それで色々と調べていたら、とあるDtuberにたどり着いて……」


「あ、あー」


 これは駄目ですね。

 あれだけ魔法少女を公言していたら、そりゃあ気付くよなあ。


 とうとう来ちまったかあ……。

 いやまあ勿論覚悟はしてたし、全然知らないうちに広まって「ほらあいつ、Y〇utubeやってみるみたいだぜ?」「え、あのボッチ君が。うわ黒歴史じゃん」とか陰でこそこそ言われるよりは良かったさ。

 ただ男に媚び媚びの演技とかも見られたわけだろ?


 ぐぐぐ、これは部屋に戻ったら薄い本が机の上に並べられてた時レベルの衝撃っ。

 心のA〇フィールドをやすやす突き破ってきやがるっ。


「あ、別に馬鹿にしてるわけじゃなくてね。

 その……莉々にはできれば言わないでほしいのよ」


「?? わ、分かった」

 

 千沙の不思議なお願いに頷く。

 

 一体なぜに? Dtuberに嫌な思い出があるとかそんな感じかね?

 まあ千沙の心だけにとどめてくれるならありがたい話ではあるな。


「ありがと。ふふ、何も聞かないのね?」


「あ、うん。あまり話したくないことなのかなって……」


「そうね。……きっと仲良くなったら向こうから話してくれるわ。

 だからそれまでこれは二人の秘密にしておきましょう?」


 いつになく優しい表情で微笑む千沙。

 その雰囲気に押されて、俺はゆっくりと頷いた。


 最初はすんごいポンコツなのかと思ったけど、色々考えてるんだなあ。

 彼女の期待に応えるためにも、頑張ってバレないようにしますかね。



「ところで何かお決まりのあいさつはあるの?

 まだだったら私がとびっきり可愛い台詞を考えてあげるわ」


「いえ、本当に大丈夫です」


 

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