第十六話 変わりゆく日常

 


「ねえねえ、伊奈川っちはこれから予定ある?」


「うえ?」


 二学期が始まって二週目の月曜日。

 学校も終わったしさっさと帰ろうと席を立ったところで、クラスメイトの豊島なみさんに話しかけられた。

 後ろには彼女といつも一緒にいる浜端千沙さんと、初めて友達になってくれた久志本ーーじゃない、莉々の姿もある。


 こ、これはあれか。

 てめーうちの友達に何してくれとんじゃ的な感じで締められるパターンか? まあ俺みたいなやつが近づいてきたら誰でも警戒するよなあ。


 オーケー、それならこちらにも考えがあるぜ。

 何年もかけて磨いてきた俺の神回避スキル、みせてやるっ。


「あの、えと。何か私に用事があるの……?」


 必殺『あえて質問に答えず、先に用事の内容を聞く戦法』。

 これを使えば「あ、伊奈川君用事ないんだ。よ、よかった~……(全然うれしそうじゃない)。実はクラスのみんなでーー」と「そ、そっか。(やべ、用事があるって言えばよかったっ。どうやって断ろう……)」という不幸なすれ違いを防ぐことが出来るのだ。つまりーー相手は死ぬ。


 ……因みにこの方法、最初からこっちの参加が目的なら無意味である。


「うん、実は私たちこれから子天ノ内ダンジョンに行こうと思ってるんだ~。

 それで良かったら蓮花もどうかなって」


「あ、そうなんだ……」


 一緒にダンジョンに行かないか、かあ。

 まあ悪くない話ではある。現状の配信ペースは週二回、土日の各一時間(それ以上は気力とか諸々のものが持ちそうになかった)。何か月も同じ光景がずっと続く、とかを防ぐためには配信外でレベルアップしておく必要があるだろう。


 ただ問題は仲良し3人組の中に俺が混ざってうまくやれるか、ということでーーうん、全くもって自信がねえ。

 多分莉々が色々手を回してくれたんだろうけど、ぼっちにいきなり多人数コミュニケーションは難易度高いってばよっ。


「よかったじゃないか、れんか。友達ができるいい機会だよ。

 ……まさか、断ったりしないよね?」


 周りに見えないのをいいことに、クロがずいと顔を寄せてくる。


 そう、なんだよなあ。

 ぼっちを脱却するには千載一遇の好機なんだよなあ。莉々の友達なら悪い奴じゃないだろうし……あー、頑張れ俺っ。


「あ、勿論無理にって話じゃないよ~。

 今回は二階層からの攻略になるから、蓮花には退屈かもしれないし」


「そうそう。何か用事があるならそっち優先してくれていいっしょ」


「魔法少女衣装……気になるわ」


「だからおめーはそーゆー負担になること言うなやっ」


 黙ってしまった俺に優しい言葉をかけてくる三人、いや二人。

 ぼそりと小さな声で豊島さんが浜端さんに突っ込む。


 何だかそれだけで三人の仲の良さが分かった気がしてーー


「そ、それじゃあ私も一緒に行こう、かな」


 気が付けば、そんな言葉を口にしていた。

 莉々の顔がぱあっと華やぐ。


「良かった~。ありがとね、蓮花。

 あ、それじゃあ一応自己紹介しよっか。よろしく二人とも」


「うーい。莉々の友達をやらせてもらってる、豊島なみって言いまーす。

 趣味はネイルとアニメ。気軽になみって呼んでほしいっしょ」


 胸元とへそが出た白いTシャツ(?)を着て、爪にピンク色のネイルを付けた少女がこちらに明るい笑顔を向けてくる。

 おおーすげーギャル。莉々をギャル度50とするならば豊島さんーーじゃない、なみは80はいくな(適当)。


「同じく友達の浜端千沙よ。

 私のことはクールビューティー千沙と呼んで頂戴。私も魔法少女れんかと呼ぶわ」


「は、はあ……?」


 水色の半そでブラウスを着た少女、浜端さんの謎の発言に思わず疑問が漏れる。


 やべっ、もしや陽キャの間ではこれが普通なのか?

 今までずっと伊奈川君としか呼ばれてこなかったから全然反応できなかったぜ。……う、頭がっ。


「あ、千沙のこれは気にすんなし。

 普段からこんな感じだから、ふつーに千沙って呼んだらいいっしょ」


「残念ね。折角誰かに尊敬してもらえるチャンスだと思ったのに……」


「おめーの場合、例えそうなってもクールビューティー千沙(笑)になるだけで何も変わらんて。

 まずは性格の方のなんとかせにゃ」


「それもそうね」


 わりと酷いことを言われたのに、けろっとした様子の千沙。


 な、なるほど。この娘、クールっぽい見た目で結構ポンコツな感じなのか。

 親近感沸くなあ。

 

 とぼんやりと考えてるうちに紹介は俺の番に。

 視線が俺の顔に集まるのを感じながら、何とか口を動かす。


「い、伊奈川蓮花です。

 え、と……よろしく。なみ、千沙、莉々」


「よろしく、蓮花。仲良くしてくれると嬉しいっしょ」

 

「ええ。私があなたを立派な魔法少女にしてみせるわっ」


「……それはまじでやめたげて」


「う、良かったね、れんか」


「うんうん、よかったよかった~」


 俺のつまらない自己紹介にも温かい言葉を返してくれる二人(一部ツッコミあり)。その後ろで莉々とその頭に乗ったクロが、目に涙を浮かべるお父さんムーブをかましていた。


 ……俺、いつの間にか幼児退行までしてた? こ、これがバブみを感じてオギャるってやつかっ。


 ってか、そーいや前に酷い目に遭ってみんな冒険者をやめちゃったみたいな話してなかったっけ?  

 何か心変わりでもしたんかね?








「へえ、妹さんがいるんだ。

 やっぱり蓮花に似て可愛いんしょ?」


「え、と多分。

 私と違ってオシャレとかちゃんとしてるから……」

 

 ダンジョンに向かう道すがら四人組の俺らは自然と二対二に分かれ、俺はなみとよく話すようになっていた。

 

 世間一般には同じコミュ強と認識されるだろう二人、莉々となみ。

 ただその実態は違っていて、莉々が自分の話で相手を楽しませる天才ならば、なみの場合は相手に気持ちよく話をさせる天才だった。

 今みたいにするりと情報を引き出し、そこから話を展開させていく。その話術に乗せられ、俺も妹のことまで赤裸々に語っていた。


 いやほんとすげーな。配信のためにもぜひご教授願いたいものだ。


「そっか。オシャレさんなのかあ。

 そいなら蓮花も化粧とかしたらいいのに。素材がいいからもっともっと良くなるっしょ」


「そ、それはちょっと。前にやったら大変だったし……」


 思い出すのは、Dtuberになると妹に告げた後の騒動。

 「おねぇを改造する」とか言われて、妹にメイクやら髪のケアとか色々な知識を教えられたのだ。しかもメイクをしたら顔に触っちゃいけないとか色んなルールがあって、それの面倒くさいこと、面倒くさいこと。

 確かに可愛くなったけど、一生そういう女子女子したのは御免だと思ったね。


「それは全女子共通の悩みよなあ。

 ま、今は下地とファンデが一緒になったクリームもあったりするし、最初は気楽にやってみたら?」


「そ、そうなんだ……」


 あー確かに。最初から全部やろうとしたら挫折しただけで、ちょっとだけやる分にはいいかもしれないな。

 ……いやいや何考えてんだ俺。女子か。


「ううん。蓮花はそのままでいいんだよ~。

 ね、蓮花?」


「うへ?」


 急に後ろに引っ張られ、誰かの胸にすっぽりと納まる。

 せ、背中に感じる胸の感触……これは莉々だなっ(最低)。


 でもなんでいきなり……? 

 

 上を見ても莉々の「なんで私、こんなことを?」みたいな不思議そうな顔が見えるだけ。


 そんな俺らの様子になみと千沙がくすりと笑いあった。


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