第十五話 伊奈川蓮花という少女(Side久志本莉々)



 みんなの話し声と色んな食材の匂いが混じった教室にて。

 久志本莉々はいつもの二人と一緒に弁当をつついていた。


 自作の卵焼きを口に放り込みながら、何の気なしに窓の外に視線を移す。


 ……あれ、あそこにいるの蓮花じゃない?

 何であんなところにいるんだろ?


「莉々、どしたん? そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して。 

 まさかお化けでも出た?」


「あ、うん。ちょっとね~。

 蓮花ーー伊奈川蓮花ちゃんってどこかの部活に入ってたっけ?」


「え、伊奈川っちってあの伊奈川っち?

 確か帰宅部だったっしょ。ねえ、千沙?」


「ええ、そうね。

 ……それと冗談でもお化けとか言わないで頂戴? もし本当に出たら、どうするのよ……」


「ういうい」

 

 ぶるりと体を震わせる千沙に、気の抜けた返事を返すなみ。

 砕けた話し方をする方が豊里なみ、すました顔して実は怖がりなのが浜端理沙。どちらも1年3組のクラスメートで、莉々の大事な友達である。


「それじゃあやっぱり私の気のせいかな~。

 部活棟の方に蓮花ちゃんがいた気がしたんだよね」


「ふぅーん?」


 なみがもぐもぐと口を動かしながら眉尻を上げる。

 ここ、子天ノ内高校の校舎は『コ』のような形をしていて、莉々たちの教室があるのはその下横線部分。対してその反対側の上横線部分は部活棟と呼ばれる文化系の部室が集まる場所だった。部活に入ってない人が何か用事があるとは考えにくい。


 ……それとも向こうに誰か友達がいるとかかな? 

 それだったらいいなあ。


「でも不思議よね。

 伊奈川さん、普段どこで食べてるのかしら?」 


「昼休みになるとすーぐ飛び出していっちゃうもんなあ。

 最初は友達の所に行ってるのかもと思ったけど、誰かと話してる姿も見たことないっしょ?

 ……昼休みの度に教室から抜け出す深窓の令嬢。彼女の姿は部活棟にある秘密の部屋にあった。彼女は校長の依頼を受け、ゴーストハンターとしてこの学校に入り込んでいてーー」

 

「ちょっ本当にやめなさいよっ。それってここに幽霊がいるってことじゃないっ。

 それに変な噂を広めるのは伊奈川さんに悪いわよっ」


「分かってるって~。冗談だからそんな怒んないでよ」


 頭を抱えて本気で怖がる千沙の背中を、宥めるようになみがゆっくりとさする。

 その姿は親子にも、恋人のようにも見えてーーうん、やっぱり幼馴染ペアは良いっ。


 とそれはともかく、やっぱりそういう風に見られてるんだなあ、と新しくできた友達に思いをはせた。

 

 伊奈川蓮花という少女のクラス内での評判をあげるなら、「何考えてるかよく分からない子」だった。

 休み時間はずっと机に突っ伏していて、誰かに積極的に話しかけるでもなく、かといって周りに冷たい態度をとるわけでもない。話しかけられたら普通に返事を返す。それはぎこちなくて無口な部分はあったけれど、特に敵意を感じるほどもなかった。

 とんでもなく顔の良い、されど感情のない機械のような少女。

 高嶺の花とまではいえないにしても、どこか近寄りがたいミステリアスな雰囲気を持った少女としてクラスメートのみんなには認識されていた。


 そして莉々もまたみんなと同じ感想を持っていた。

 ーー少なくとも、あの時までは。


 思い起こされるのは子天ノ内ダンジョンでの出会いや一緒に買い物した時の記憶。

 何だか体調が悪そうだから声をかけて、それから始まった彼女との交流で色々なことが分かった。無口だと思っていた彼女がただ話すのが苦手なだけっぽいことも、本当は男っぽい性格をしていることも。

 ついでに言えば普段も結構表情豊かだった。

 授業中とかも突然ニヤニヤしだすし、何故か空中をじっと睨んだりもする。

 その心中にはどんな慌ただしい感情が渦巻いているだろうと考えると、結構観察するのも面白かった。さながら答えのない推理ゲームである。 


 とまあこんな風に、実は引っ込み思案なだけの優しい子なんじゃ? 疑惑が莉々の中で最有力になっていて、でも同時に凄く悲しくもあった。

 なんせそれは勝手に遠ざけてきたのは自分たち、ということなのだから。

 もし自分たちのせいでずっと一人で過ごしてきたのなら、手を差し伸べてあげたい。ただそのためには彼女との出会いを話さないといけなかった。


「あの」


「? どしたん、なんかあった?」

 

 二人の視線に言葉が詰まる。


 あの事件があってからは極力ダンジョンの話題は口に出さないようにしてきた。勿論ダンジョンで護衛の依頼受けてるとかも言っていない。

 ずっと後悔してきたのだ。自分のせいで二人を想像以上に傷つけちゃったんじゃないかと。

 憎んですらいた。あの時どうしてあんな感情を抱いちゃったんだろうって。

 ーーでも多分二人はそんな風に思ってない。


『その心の内がどうであろうと関係ないよ。

 はたから見れば、久志本さんは他の誰かのために自分の時間は割いている優しい人。それで十分。

 他の人に出来ないことをしてるんだ、久志本さんは偉いよ』

 

『少なくとも俺はそう思ってるし、久志本さんに感謝してるよ。

 ……ま、まあ久志本さんの気持ちの問題だから、俺がどうこうっていう話じゃないんだけどね……』


 不意に蓮花の言葉が蘇る。

 そう、これは心の問題なのだ。だからこそ、同士を見つけた今なら乗り越えられるかもしれなくてーー


 ーーほんとうに?


 最近何故か聞こえるようになった幻聴を、頭を振って振り払う。

 唇をかんで、ゆっくりと話し始めた。


「二人とも子天ノ内ダンジョンって覚えてる?

 ほら、一学期の最初の方に行った……」


「あーね。なつかしいなあ。

 あーしたちが酷い目に遭った場所っしょ?」


「スライムに服が溶かされてドロドロに……

 あれはなかなか凄かったわねっ」


「おめーの性癖の話はしてねーからっ」


 ぺちり、となみが千沙の頭を叩く。

 そこに特にトラウマになっている様子はなかった。

 やっぱりそうだよね。二人にとってはただ女子同士で恥ずかしい恰好を見せ合っただけ。ただの笑い話なのだ。

 異常なのは自分の方だ、と胸がチクりを痛む。


「それでそこがどうしたん?

 また行きたいって話なら大歓迎よ?」


「そうじゃ、なくて。

 実は私、ギルドの依頼で1・2階層を潜る初心者冒険者の護衛をしているんだ~。

 それでーー」


 それから二人に新しく出来た友達について話した。

 ダンジョンで一緒に潜って仲良くなったこと、実はみんなと仲良くなりたいと思ってるんじゃないか、ということ。

 そして最後に、昼休みとかに誘っていいか、ということ。


 意外とすぐに話し終え、チラリと二人の様子をうかがう。

 はたして、返ってきたのは朗らかな笑みだった。


「……うん、いーじゃない?

 それじゃあ明日から、いや今日の放課後から誘ってみる? いつもすぐに帰っちゃうから、用事あるかもだけど」


「ええ、私も賛成よ。

 私も伊奈川さんに興味があるのよね。もし幽霊を退治する方法があるならぜひ教えてほしいわ」


「いやそれまだ続いてたんかいっ」


 いつも通り賑やかな二人。


 始業式でたまたま二人と近い席になって、それからはずっと三人で過ごしてきた。

 周りのみんなは私たちに遠慮してあまり近づいてこないけど、多分二人にとっては誰であろうと仲良くなりたいんだと思う。

 ……ほんと、壊したくないなあ。


「ありがとう、二人とも。

 私、二人と友達になれて本当によかったよ~」


「気にすんなし。あーしたちが好きでやってることっしょ」


「そうそう。莉々は泥船に乗ったつもりでいればいいのよ」


「……泥船じゃなくて、大船ね。千沙。

 それだとすぐに沈んじゃうから」


「ええ~。私は二人と一緒になら沈んでもいいけどな~?」


「いやいや怖い怖い。

 なに急に、何か嫌なことでもあったん?」


 長閑な昼下がり、学校の教室で三人の会話は続いていった。

 

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