第十三話 友達
「なに探してんの~?
良かったら何か買ってあげるよ」
久志本さんが店員を呼びに行ってすぐ、気安い口調で話しかけてきた二人の男。
歳は二十歳くらい。二人とも髪を金髪に染め、両耳にピアスを開けていたりと、いかにもTHEチャラ男という感じだった。
当然友達がいない俺にそんなパリピな知り合いがいるはずもない。
もしや、これがナンパ?
都市伝説だと思ってたけど、お前……実在したのか。
「全く、君たちも見る目がないね。
中身男子のれんかに声をかけるなんてさ」
やれやれ、と大袈裟に肩をすくめるクロ。
まさしくその通り。
わりぃ。俺は男には興味ないんだ、と勢い良く断ろうとしてーー
「……なになに、どったん? そんなに見つめちゃって。
もしかして俺らのこと好きになっちゃった?」
「お前それはやばすぎでしょ。流行りのチョロインってやつ?」
ーー声が出なかった。
ぎゃはは、と耳障りな声だけがフロアに響く。
い、いやいや。ただの人見知りが発揮しただけだから。
TSして背が低くなった影響で年上の男が怖くなったとか、その下卑た目つきに体が凍り付いたとかそんなことは決してないっ。
「だ、大丈夫です。と、友達と来てますから」
ほら、ちゃんと言えたじゃねえか。
何となく声が震えてた気がするけど、関係ねえ。大事なのは気持ち、パッションよ。それさえあればグイグイ系のチャラ男くんだって許してくれるはず。
そう思って二人の反応を窺うも、返ってきたのは軽薄な笑みだった。
「そうなんだ~。それじゃあそのお友達も何かプレゼントしてあげるよ。
その代わりに一緒にダンジョンに潜ってよ。大丈夫、ただいっーー」
「……私の友達に、何してるんですか?」
話が不穏な流れになったところで、俺と二人の間に入ってくる久志本さん。
俺を庇うように背を向け、底冷えするような冷たい雰囲気で彼らと対峙する彼女。
気丈にふるまっているものの、後ろに隠した手は確かに震えていた。
……なっさけねえなあ俺。
ふつー、立場が逆じゃねえのかよ。
「お、こっちの娘の方が可愛いじゃん。
君も一緒に来ない? 今そっちの娘とダンジョンに行く約束をしてんだよ~」
「ばっか、やめとけ。この娘はほら、有名なーー」
強引に誘って来ようとした一人に、もう一人が耳打ちをする。
そうしてこそこそと話した後、ちっと舌打ちを残して去っていった。
「……大丈夫だった?」
「う、うん」
「れんか、僕は情けないよ。
僕のマイエンジェルを危ない目に合わせるなんて……」
彼らの姿が店から消えたのを確認し、二人して息を吐く。
いやはや、面目次第もねえな。
まさかナンパがここまで怖いものだとは知らなかったぜ……。いや、今回が特殊だったのか? うーむ、サンプル数が少なくてよく分からん。
「ほんと、ああいう人たちってなんなんだろうね~。
多分蓮花ちゃんをここの1・2階層に連れて行って、酷い目に遭わせるつもりだったよ~」
「あれ、どこぞの誰かさんに似てるね?」
「ぐぅ」
ご、ごめんなさい。
俺もああいう人の仲間です。そういう
純粋に女子として心配してる分、心が痛えよ……。
そんな様子に何を思ったのか、久志本さんがふっと視線を下げる。
「……その蓮花ちゃんって……ううんごめん、なんでもない。
それじゃあ早く使用室に行こっか~」
「? う、うん」
すぐに声音を変え、何かを誤魔化す久志本さん。
そーいや、一緒にダンジョンに潜った時も不思議な反応を返したことがあったような……なんだっけ? うーん、いまいち思い出せん。
ってそうだ。この前といえば、久志本さんに聞きたいことがあったんだ。
「その、久志本さんって、俺以外にも1・2階層を潜る冒険者の護衛をしてたりする?」
受付で言われた『あ、良かった。久志本さんと一緒なら安心ですね』との言葉、道中の完璧な案内、最後の『上に用事がある』という台詞。
ここら辺からある程度の推測は建てていた。
ついでにさっきの二人の反応も考えれば、あながち間違ってない気がする。
……ってやべ。つい俺って言っちまったじゃん。
別の意味で冷や汗が流れる中、久志本さんは気まずそうな笑みを見せた。
「あはは~、分かっちゃったか。
実は私、暇なときはギルドの依頼で護衛してるんだよね~。ごめんね、隠してるみたいになっちゃって」
「い、いや、別に責めているわけじゃなくて。
もしそうだったら、すごいなって思っただけで……」
「……すごい、か。
別にそんなことないよ。私のこれはただの罪滅ぼしだから」
突如、久志本さんの表情に影が落ちる。
その罪滅ぼしってのは前に言ってた『友達をダンジョンでひどい目に合わせちゃった』ことと関係あるの? とは流石に聞けなかった。
それはきっと彼女の傷口を広げてしまうから。
何て声をかけたらいいだろうな。
俺と彼女はただのクラスメートの関係だ。本来ならここはスルーするのが正解なのかもしれない。
でもどうしても、何か言わずにはいられなくてーー
「その心の内がどうであろうと関係ないよ。
はたから見れば、久志本さんは他の誰かのために自分の時間は割いている優しい人。それで十分。
他の人に出来ないことをしてるんだ、久志本さんは偉いよ」
気が付けば、そんな本音が零れていた。
世の中にはただ何となくという理由で誰かを攻撃する人が大勢いて、時にはそれが大きな大きなうねりとなって誰かに牙をむくこともある。
逆に、何となくで他人に優しくできる人間なんてほとんどいない。
みんな何かしら理由があって善人を演じてるのだ。罪悪感ゆえか、後悔ゆえか、はたまた自分のためか、それは分からない。
ただその”善人”さえも数で言えば圧倒的に少なくて、みんな涼しい顔して誰かを傷つけている。
「本当に、そう思う?」
「うん、少なくとも俺はそう思ってるし、久志本さんに感謝してるよ。
……ま、まあ久志本さんの気持ちの問題だから、俺がどうこうっていう話じゃないんだけどね……」
不安そうに聞いてきた久志本さんに、心が揺らぐ。
俺自身、これが穿った考え方なのは分かっていた。世の中にはもっと良い奴がいるってことも。
ただ今はそうとしか思えないのだ。あの光景が心にこびりついているから。
「……そっか。
えへへ、ありがとう。元気でたよ~」
「そ、それなら良かった」
「グッジョブだよ、れんか。
やっぱりマイエンジェルは笑顔が似合うね」
ぎこちながら、それでも嬉しそうに笑う久志本さん。
いやほんとに。俺なんかが彼女に何かを残せたなら良かった。
それとクロ。そろそろそのマイエンジェルに突っ込んでいいかい?
「……っていうか、蓮花ちゃん普通に話せるんだね~。
その俺っていうのが素なの?」
「あ”」
やっべ。女子で俺とかめちゃくちゃ痛い奴じゃねえか。
この世界でも昔から俺とか言ってたみたいだから妹の前では使ってたけど、さすがにただのクラスメート、しかも陽キャにばれるのはまずいっ。
「いや、あの、これは違くてーー」
「違うの? 私は良いと思うけどな~。かっこよくて」
「ぐぅ」
「なんか君、さっきより挙動不審になってない?」
その純粋な瞳から本心でそう思っているのが分かって、言葉に詰まる。
あかん。浄化されてまうっ。
こう見えて陽キャ耐性はゼロなんだよっ。
「あの……はい、こっちが素です」
「だよね~。明らかに話し慣れてる感じだったし。
もう、先に言ってくれたら別に気にしなかったのに~」
「い、いやそれは久志本さんが特別だからでーー」
「莉々、でしょ?」
「へあ?」
「!? な、何てうらやまけしからんことをっ」
突然、俺の口に手を伸ばしてる久志本さん。
久志本さんのふつくしいお手々が俺の唇に当たってーー
「私も蓮花って呼ぶから。私達、友達でしょ?」
「……わ、わかったよ。莉々」
真っ白になった頭で何とかそれを返した。
かくして、俺は高校に初めての友達をゲットしたのだった。
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