第十話 新学期と確かな変化



「……よし、これで大丈夫だな」


 朝日差し込む自室で通学鞄を開き、課題が全部入っているのを確認する。

 

 初配信を一昨日の土曜に終えた後、今日は子天ノ内高校の二学期始業式だった。

 気は進まないけど、学校に行かねばならないよ。


「なんだか不服そうだね、れんか。

 他の魔法少女が見つかるかもしれないっていうのに」


 机の上で不思議そうに首をかしげるクロ。

 クロの姿は普通の人に見えないものの魔法少女には認識できるらしい。だからクロを伴って登校とかをしていれば、他の魔法少女をあぶりだせる可能性はあった。

 元に戻る方法とかも分からない現状、それは大きな手掛かりとなりうるだろう。


「ただそれ以上に学校に行くこと自体にストレスががががが」


 約一か月ぶりの学校。

 みんな、この夏休みに友達とかと遊びに行っていたわけだろ? 対して俺は引きこもり生活。つまり俺と彼らの友情の間にはさらに大きな溝ができたわけだ、

 しかもTSしたことも含め、みんなの認識がどうなっているかも気になるし……。

 あー、行きたくねえ。


 唯一の救いは久志本さんかなあ。

 子天ノ内ダンジョンで出会って、一緒に冒険した仲。あのあと連絡はこないけど、彼女が話しかけれてくれれば、完全なるボッチを回避できるはずっ。


「よし。おーい妹よ。準備は出来たか?」


「もちのろん、だよ。私はおねぇと違って早起きだからね。

 メイクとかもばっちりだよ」


 同じく始業式を迎える妹に声をかけると、洗面台からピシりと身なりを整えた姿で出てきた。

 最近の中学生はオシャレとか気にするんだよなあ。変な人に捕まったりしないか、おにぃは心配です。


「それじゃ、いってきます」「いってくるよ」「いってきます~」


「はーい、いってらっしゃい」


「気を付けていってくるんだぞ」


 リビングにいる父さんと母さんに声をかけ、俺とクロ、春花の三人で外に出る。

 向かうは近くのバス停。

 そこから俺たちはそれぞれのスクールバスに乗り学校に向かうことになっていた。


「あ、そうそう。おねぇの配信見たよ」


「まじか。どうだった?」

 

「うん、よかったと思う。リスナーとのコミュニケーションも取れてたし。

 あとは何かもう一つ、人目を引くような要素があればバズりそうって感じかなあ」


「バズる要素、ねえ。春花は何かアイデアがあったりするか?」


「ないことはないけど……とりあえず今は何も変えない方がいいかな。

 多分あの人たちはおねぇがのびのびやってるのを見に来てると思うから」


「なるほどなあ。さすがは妹様、参考になります」 


 妹と駄弁りながらバス停へと進んでいく。

 配信者になると伝えてからは、こうして二人で穏やかに話し合うことも多くなった。何だか会話の節々に感じた棘も弱まった気がするし、世間一般で言えばそこそこの成功だったみたいだから、妹の中の俺の評価が少しだけ上がったのかもしれない。


 ってか、そうだよな。

 俺のチャンネルを登録している人間がクラスメート以上いるわけだろ。しかもその大半は子天ノ内周辺の人だろうから、クラスに一人くらい見ている人がいてもおかしくないわけでーー


 これはあれか? 有名人になっちゃった?

 うわ、今度は別の意味で怖くなってきたな。サインとか求められたらどうしよ? 困っちゃうなあ、俺男には興味ないからなあ。







 キーンコーンカーンコーン。

 

「それでは帰りのホームルームを終わります。

 起立。礼。……お前ら、あまり羽目を外しすぎないようにな」


「よっしゃ。この後皆でカラオケ行こうぜっ」


「いいね~。それじゃあーー」


 ーーそう思っていた時期が、俺にもありました。


 先生の言葉に、がやがやと騒がしくなる教室。

 時刻は11時過ぎ。今日は始業式とクラスルームだけで終わり、フリーになった午後をどうやって過ごそうか、友達同士で楽しそうに話している。


 俺はそれを最後列の窓際からぼんやりと眺めていた。

 ……結局、誰も話しかけてくれなかったなあ。

 俺のよっ友も何故か目すら合わせてくれないし、久志本さんもずっと友達に囲まれていて話せるような状態じゃなくてーー何の成果も得られませんでしたっ。


「君、本当に友達がいないんだね。

 まさか一言もしゃべらないとは思わなかったよ」


 うっせ、と手早く準備を済ませて、教室を飛び出す。

 こんな場所、いたたまれなくていられねえよ……。


 ホームルーム直後の廊下はいつも通りどこか不思議な空気に満たされていた。

 教室からは確かな熱気を感じるけれど、その熱は壁に阻まれ届かない。どこまでも閑散とした、静かな廊下。

 まるで俺だけ別世界に取り残されたんじゃないか、なんて疎外感に襲われそうになってーーそうして、俺のように一人で歩いている生徒を見つけると妙に嬉しくなったりする。


 あーどうしよっかなあ。

 昼食は適当な場所で済ませるからいいとして、それ以外はどうやって時間を潰そうか。今日は図書館も空いてないんだよなあ。

 ダンジョン攻略も配信外でやりすぎるのはよくないし、かといって平日の昼に配信したところで見られる人は少ないだろうし、うーん。


「あのっ、蓮花ちゃん。ちょっと待ってっ」


「うえ?」


「……へえ」


 後ろから息を切らした声が響く。

 そこにはいたのは久志本莉々さんだった。


 ……もしやこれは社交辞令じゃなかったパティーン?

 

「もうっ。蓮花ちゃん気が付いたらいないんだもん。

 驚いちゃったよ~」


「あ、えと、うん用事があったから……」


「そうなんだ~。それじゃあ仕方ないねってことで、はいこれっ」


 久志本さんが水戸黄門の紋所のように見せてくれたのは、L〇NEのQRコードが表示された画面。


 こ、この俺が女子に連絡先を教えてもらう、だと!?

 いやまて、罠の可能性もあるか。今見せているのが久志本さん本人のスマホじゃなくてクラスの一軍男子のやつで、俺を辱めようとしてる的な?

 ……なんて、昔ならまだしも女子になった今はそんなことないか。


「びっくりしたよ~。

 蓮花ちゃんに連絡取ろうとしたらクラスL〇NEにいないんだもん。みんなに聞いても、知らないって言って教えてくれなかったし」


「……え、クラスのL〇NE? お私入ってるよ?」


「あれ、そうだった? じゃあ私が気づかなかっただけかな~。

 ちょっと見てもいい?」


「うん」


 クラスL〇NEなるものがなければ、流石の俺でも気づく。

 L〇NEを開いて、何故か滅多に動かない「子天ノ内高校1年3組(31)」というグループを見せる。


 うーん、と久志本さんは視線を動かし、すぐにあっと大きく声を上げた。


「これ、一番最初に作った先生も参加してるやつだよ。

 そっかそれがあったんだね。その後すぐに私達だけで別のグループを作って、普段はそっちで会話してるから気付かなかったよ~。

 ……あれ、ってことは蓮花ちゃんはその時丁度いなかったりしたのかな?」


「そ、そうだと思う」


 久志本さんから明かされる衝撃の事実に、適当に話を合わせる。


 あー、みんなで集まってたあの時かあ。

 ごめんなさい、その時俺は机に突っ伏して寝たふりしてました……。


「よしっ。これでいつでも連絡取れるね~。

 それとごめん。友達待たせてるからっ、また後で話そう?」


「う、うん」


 てきぱきと登録を済ませ、教室へと戻っていく久志本さん。

 ……こっちこそごめんよ、俺のせいで迷惑かけて。


 一人残された俺のスマホの画面には、高校生になって初めてクラスメイトのアカウントが表示されていてーー


「よっっしゃ」


 小さくガッツポーズする。


 いやあ、やっぱり友達の数は量より質だよなあっ。

 D〇IGOさんも交友関係は広く浅くよりも狭く深くが人生を豊かにするって確か言ってたしっ。


「……君、配信では大丈夫だったのに、普段はてんで駄目なんだね。

 どうにかならないのかい、そのドモリ癖?」


「うっせ。対面で話すとコメントを通してやり取りするのはなんか違うんだよ。

 ほら、ネット上と現実でキャラが全然別物みたいな感じで」


「ふーん。……難しいね、人間って」


「そうだよ。難しいのさ、人間様はな」


 誰もいない廊下でクロと二人、生きづらい人間社会を愚痴る。

 ……俺もいつか、普通の人相手に普通に話せる日が来るのかね。

 


 

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