第七話 二人ぼっちの姉妹
ーー夢を、見ていた。
視界に映るのは、どこかの砂場でえんえんと泣く6歳くらいの女の子
彼女の目の前には壊れた砂の城とそれを足蹴にする同学年らしき少年たち。
そんな胸糞悪い光景に、
「お前ら俺の妹に何してんだよっ」
「うわでたっ。オトコオンナだっ」
「これはおれたちのもんだいだぜ。
じょうきゅうせいのお前はどっかいけよっ」
「うっせえ。姉として妹を守って何が悪い。
ほら、お前らがさっさとどっかいけって」
突然の乱入者にぎゃあぎゃあと喚く悪戯っ子たち。
ただ結局肉弾戦へと至ることはなく、ばーかあーほとか可愛らしい暴言を残して去っていってしまった。
「大丈夫か、春花?」
「うう、おねえ、怖かったよぉ」
「よしよし、俺が来たからもう大丈夫だぜ?」
「うえええええ」
俺の胸で小さな妹が泣く。
その顔はさっきと違って安堵と自分の守ってくれた
ピピピピピピ。
ーー目が覚める。
視界に映るのは見慣れた天井と、こちらを覗き込む黒猫の姿。
……何だか不思議な夢を見た気がするなあ。
俺の記憶にはない、けれどどこか見覚えがあるような過去の断片。
そうだよ、春花が小さい頃はあんな感じで俺に接してくれていたんだ。おにぃおにぃって、いつも俺の後ろにくっついてきた。それが変わり始めたのはいつからだっけ……なんて今更な話か。
先に変わったのは俺の方なんだから。
けど夢の中で俺がおねぇと呼ばれていたのは一体どういうことなんだろうな? この体であっただろう出来事を勝手に想像しちゃったとか?
「おはよう、れんか。
……どうしたんだい、そんなに僕の顔を見つめて。まさかとうとう僕のかわいさに気付いたのかい?」
「だな。かわいいかわいい。
ついでにその生意気な口が閉じればもっと完璧だ」
「失礼な。言葉こそが僕らマジカルキャットの本質なんだよ?
それを否定するなんて魔法少女として全然なってないね」
「ほーん、それじゃあマジカルキャットって?
具体的にどういう生き物なんだ?」
「そ、それは……しゃべる猫的なあれだよ」
「ドラ〇もんかな?」
クロと暴言を投げあいながら、大きく伸びをする。
あぁ^~クソどうでもいい会話が荒れた心にしみるんじゃあぁ^~。
小さく息を吐いて、顔を洗おうと部屋の扉を開ける。
「あ……」「お……」
そこに鉢合わせたのは妹の春花。
今はあまり会いたくなかった相手の登場に、お互い硬直してしまう。
……昨日はハ〇ゲンダッツの力をもってしてもなお、春花の機嫌を直せなかったんだよなあ。
「?? 君ら何かあったのかい?」
不思議そうに首を傾けるクロ。
そりゃあここまでギクシャクしてたら気付くか。
「ん、おはよう」
「お、おう」
「??」
ちらりとこちらに視線を寄越して、ぱたぱたとリビングへと戻っていく春花。
あかん、これは完全に怒っていますわ。
どうすっかなあ、と頭を巡らせながら顔を洗い、着替えを済ませた後、朝食を食べるためにリビングの扉を開ける。
春花はリビング中央の四人掛けの椅子でスマホを弄っていた。
ぴくりと眉を動かし、再びスマホの画面に向けなおる。
「……もしかしてこれが冷戦状態というやつかい?
春花ちゃんに酷いことをしたんじゃないだろうね、れんか?」
酷いこと、かあ。そうなのかもしれないな。
自分の姉が憧れの存在になるかもって喜んだのに、すぐに撤回されたから裏切られたように感じたのかもしれない。
ただそうなると、どうやって機嫌を取ればいんだろうなあ。
「……その、昨日のダンジョンってどうだったの?
子天ノ内ダンジョンに行ったんだよね?」
「お、おおそうなんだよ。
まずダンジョンの前の広場の人の数がやばくてさーー」
朝食のフレークを取り出していると、妹の方から話を振ってきてくれた。
ためらいがちなそれを絶やさぬよう、出来るだけ大袈裟にダンジョンでの出来事を語る。
「ーーいやあ、久志本さんは凄かったな。
スライムが出てきた時も雷で一瞬のうちに焼き殺してさ。あれは完全に私怨が入ってたね、間違いない」
「服を溶かしてとか女の子にとっては天敵だからね。
もし過去にそういうことがあったなら過剰に反応するのもわかるよ」
「確かに。男からしたらご褒美なんだけどなあ」
「……おねぇにとっても、じゃないの?
私知ってるよ? そういう系のゲームがおねぇのパソコンに入ってるの」
「っ。どうしてそれをっ?」
「前におねぇの部屋に入った時、たまたま見ちゃいました……。
部屋を出るときはちゃんとパソコンを消した確認した方がいいと思うよ?」
「ぐふっ」
「うわああ。流石の僕でもそれはドン引きだよ?
まさか冒険中もひそかに期待してたのかい? なんてことだ……
妹の衝撃的な暴露話に、思わず吐血する(幻覚)。
やっべ、消し忘れてたか? それとクロは何か気持ち悪いこと言ってない?
……ってか、性別変わってもそこは変わらねえのかよっ。いやまあ逆に乙女ゲームとかが好きなってても困るのだけどさ。
「……まあ配信者にならなくても、おねぇが楽しそうならよかったかな。
あの時から今までずっとつまんなそうにしてたから」
「? なにを、いってーー」
そんなツッコミが噴出する頭を、妹の一言がぴしゃりと冷ました。
一見、意味が繋がらなそうな言葉。
ただよく考えてみれば、その真意がわかる気がして――
「なあ、妹よ。
ダンジョンの話をしているとき、本当に俺は楽しそうだったか?」
「うん、目をキラキラさせてた。
……ちょっとだけ昔のおねぇみたいだったかな」
そう小さな笑みをみせる春花。
ああ、やっぱりだ。
春花はダンジョン配信者が特別好きってわけじゃない。
ーーただ嬉しかったんだ。今まで抜け殻のように生きてきた俺が、夢を語ったことそれ自体が。
そして多分それは俺も同じでーー
「やっぱり、ダンジョン配信者になってみるかな」
「え、本当かい? 凄い急な心変わりだね」
「……今度は、本当?」
「ああ、約束するよ。だってこれが他でもない俺の意思なんだからな」
クロと妹にそう笑いかける。
TSしてからここまでずっと流されてきたけど……しゃーない、今度は自分から乗せられてやろうじゃないか。
思えば、TSしてからすぐにダンジョンに行った時点でおかしかったんだ。
多分俺はずっと待っていたんだと思う。この状況を誰かが変えてくれるのを。友達も誰もいない日々から抜け出せるのを。
ーー他の配信者を抜いて、この俺が人気ダンジョン配信者になる。
上等、俺ならやれるさ……た、多分きっと、うん。出来るんじゃないかなあ。
「そ、それじゃあ、配信者になる準備をしないとだね。
まずはーーうん。そうだね。ふふふふ、私ずっとおねぇに女の喜びを教えてあげたいと思ってんだよねぇ」
「いやあの春花さん? なにするおつもりで? 目がやべーよ?」
「大丈夫、大丈夫、ちょーとおねぇを改造するだけだから。
おねぇは体の力を抜いて目をつぶってるだけでいいんだよ?」
「いやあの、それは色んな意味で御免こうむるっていうかっ。
ちょっクロたすけーー」
「あ、そうだ。他に用事があったんだ。
そりじゃあれんか。後は若いお二人でっ」
ふふふと不吉な笑みで詰め寄ってくる妹と、パートナーのピンチにあっさりと見捨てるクロ。
貞操の危機に俺は全速力で逃げ出そうとしてーー
「捕まえたたああ」
「ぎゃっ」
妹に捕食されて、女の子にされました、まる。
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