第六話 ツンデレには程遠い



「それじゃあ、僕は寝るよ。おやすみ、れんか」


「ああ。おやすみ、クロ」


 その日の夕方、茜色の光が差し込む自室にて。

 クロがにゃああと大きく口を開け、テーブルの上に伏した。すぐにすーすーという可愛い寝息が聞こえてくる。


「こうして黙っていれば普通の猫なのになあ……」


 普段の小生意気な態度を思い出して、つい失笑が漏れる。


 思えば、今日は不思議な出来事を連続だった。

 TSから始まり、何も分からない元凶の出現、そしてダンジョン攻略に、クラスメートとの交流。

 そのどれもが今までの生活からは考えられない経験だった。というかこれが全部夢だと言われた方がまだ納得できる……いや本当に。


「しっかし、どうするかねぇ」


 真面目なトーンでしてきたクロのお願いごと。

 それは人気ダンジョン配信者になってほしい、とかいう荒唐無稽なものだった。


 ダンジョン配信者、文字通りダンジョン攻略の様子を配信する人たち。

 人間が化け物と戦う、という映える状況が撮れることもあって、今では大手動画投稿サイトの動画のほとんどがダンジョン関連のものになっているらしい。

 つまり俺なんかより顔が良くてトーク力も高い人が沢山いるわけで、そこに今更参入したって見向きもされないのがオチだ。クロもそれが無理なら別の方法を考えると言っていたし、断った方が確実に良い。

 ただ、うーん……


「……なあ、もし俺がダンジョン配信者になりたいって言ったらどう思う?」


「? 急にどうしたの、おねぇ?」


 部屋の外に出ると、妹の春花がリビングでスマホを弄っていたので聞いてみる。

 以前も俺と同じオタクだった妹なら、これがどれだけ無謀な挑戦か分かるんじゃなかろうか。


「いやなに、今日ダンジョンに行ったときにふと思ってな。

 こんなに可愛い俺なら人気配信者になれるんじゃないかって」


「一旦クソ生意気な発言は置いておくとして……。

 え、おねぇダンジョンに行ったの? 前は怖いって言ってなかった?」


「とある動画に感化されたんだよ。

 途中でクラスメートに会って、一緒に潜ったりもしたんだぜ?」


「お、おねぇがクラスメートと!?

 夏休みなのに誰からも遊びに誘われなかったあのおねぇが!? う、嘘じゃないよね……?」


 口をあんぐりと開けて聞いてくる妹。

 ま、まさかそれほどまでに信用されていないとは……。


「おに、おねぇは悲しいよ。自分の妹にここまで疑われるなんて」


「だっておねぇ、前に架空のお友達の話をしたこともあったじゃん。 

 電話に出る真似とかまでしてて、私はそっちの方が悲しくなったよ」


「ぐ。こ、今回は本当だって。

 久志本莉々さんっていうこんな俺にも優しくしてくれる人で、また会おうって約束してくれて……」

 

 な、なんか語れば語るほど嘘っぽく思えてきた、と声をすぼませる。

 やっぱりオタクに優しいギャルとか都合よすぎるよなあ。……まじ? 俺が見ていたのは全部幻だった?


「……それで友達から何か言われたの?

 一緒にやらないって誘われたとか?」

 

「いや単純に思いついただけ、深い理由はないよ。

 それで春花にどう思うか聞いて見たかったんだ」


「ふーん?」


 春花の瞳が不思議そうに細められる。

 そりゃあそうだ。自分の姉が突然こんな小学生みたいなことを言い出したら普通疑う。


 魔法少女、というかTS云々の話はまだ誰にもしていない。

 現時点では俺も状況をつかみかねているし、最悪どこか研究室的な施設に送られる可能性もある。何しろ俺はダンジョン外でその力を使える異常者なのだから。

 クロの提案も、動画では多くは語らずあくまでそういう設定として魔法少女仲間を集める、というものだった。(一応他の魔法少女が見れば俺らが本物であることは分かるらしい)



「いいんじゃない。やってみれば?」


「え?」


 だから、妹がそう言ったのには耳を疑った。


 だってあの妹だぞ? 今まで「おにぃはクソニートだから」とか散々馬鹿にしてきた妹が今回に限って一体なぜ……? 


「なにその顔? 

 そりゃあ確かに私だって無謀だと思うけど、別に挑戦してみることそれ自体は悪くないと思うよ?

 おねぇの人生なんだし、好きにしたらいいじゃん」


「は、春花……」


 春花の言葉に思わず声がうわずる。


 うちの妹が想像以上に大人だった件について。

 あれ、でもそれじゃあ何で今まではあんなに辛辣だったんだ……? 


「あ、炎上とかには気を付けてね。

 私はともかくお父さんたちにまで飛び火したら大変だから」


「ああ、分かってる。

 良い子も見れる配信を心掛けるよ」


 炎上した本人の情報だけでなく、家族の個人情報まで晒されてしまう、なんてのはネットでは良くある話だ。

 今丁度出張中の父さんたちに(勿論妹にも)迷惑をかけないよう、チャンネル運営は慎重にやらないとな。


「しっかし、おねぇがダンジョン配信者になるのかぁ。

 あ、それじゃあDスタのもえちゃんとコラボしてよっ。可愛い見た目なのにすっごい強いだよっ。こうズバズバっとモンスターをなぎ倒してーー」


「う、うむ、考えておこう」


 きらきらと目を輝かせて、詰め寄ってくる妹。


 精神的ショックを与えかねないという理由で、中学生以下のダンジョン入場が禁止されている。

 ただ同時にネットはダンジョン関連の動画に溢れていて、ついでにグロ系統のものは年齢制限のせいで見えないから、今の小中学生の間では冒険者やダンジョン配信者へのあこがれが急速に高まっているらしい。

 こんなに嬉しそうな春花を見たのは凄い久しぶりだった。


「チャンネル開設したら私にも教えてね?

 学校のみんなに布教するよ。おねぇと違って私には沢山友達がいるから、力になれると思うよっ」


「あ、そ、それはやめてほしいなあ……」


「なんで? どうせ身バレするんだし、別に良くない?」


「ぐぅ」


 そう、なんだよなあ。

 生身で敵と戦う以上ほとんどの配信者が顔出しをしていて、顔を仮面とかで隠していても熱心なファンによって特定されるのがザラ。

 身バレなしでやっていくのが非常に難しいのだ、この業界は。


 ただよく考えたら……めっちゃ恥ずかしくないか。これ。

 あんな恰好をした俺の姿がネットに晒されるってコト? 


 しどろもどろな俺の様子に、すっと妹の顔から表情が消えていく。


「……もしかして、本当にただ思いついただけだったの?

 強い覚悟を持っていたわけじゃなくて?」


「ま、まあな。というか今それに思い至って震えてるところ。

 全世界に顔をさらすってぼっちには難易度高くない?」


「っ、真面目に聞いた私がばかみたいじゃん。

 どっか行っちゃえっ」


「うおっ」


 顔を真っ赤にした妹に枕を投げられ、ついでにリビングを追い出されてしまう。

 

 これは……あれだ。何か献上しないと機嫌を直さないやつだ。

 俺みたいな人間が覚悟もなしにダンジョン配信者になろうとしたのが癪に障ったのかね……?


 しゃーない、ハ〇ゲンダッツでも買ってきますか。


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