第二話 元凶と誤解



「お、お、女の子になってるっっっっ」


 チ〇コの家出とかいう意味不明な状況に思わず絶叫が漏れる。

 目の不具合やもしれぬ、と手を入れてみてもそこに一切の感覚はない。正真正銘、女の子のそれだ、多分きっと。


 いや本当に……どういうこと? 俺の知らない間に何かそういう系の病気が流行ってたりする? まじで? 


「おねぇ、静かにしてよ、近所迷惑でしょ?」


 相当うるさかったのか、呆れた様子でやってくる我が妹。

 丁度良かった。まずは家族にこの超常現象を説明せねば。

 

「き、聞いてくれよ、春花。

 家に帰ってきたらなんか急に女の子になっちゃたんだよ。ははは……疲れてんのかな?」


 乾いた笑いを孕んだ俺の言葉。

 それに妹は眉を寄せてこう言った。



「は? なに、言ってるの? 本当に大丈夫?

 ーーおねぇは最初から女の子じゃん」








「なるほど、完全に理解した」


 自室の椅子に座りこみ、大きく息を吐く。

 

 妹を小一時間ほど問いつめて分かったのは、どうやら本当に俺は女として15年間生きてきたらしいことだった。

 というのも妹が嘘を言っている様子はなかった上に、何より俺の名前が伊奈川蓮也から伊奈川蓮花・・へと変わっていたのだ。昔のアルバムを確認しても、そこに映っているのは俺似の少女。俺が男だったという記憶はどこにも残っていなかった。


 ただ何故かそれ以外ーー家庭状況や俺の性格とかはあまり変化がないみたいで、俺は相変わらずぼっちの高校生だった。……なんでや。こんな可愛いんだからモテてもおかしくないだろっ。

 ニュースとかをざっと見ても、前と違う様子はあまり感じられなかった。当然、突然性別が変わってしまう病気もない。

 

 俺の認識だけが変で、他はすべて正常な世界。

 もしやおかしくなったのは俺の頭の方なんじゃ……とかそんな不吉な考えが頭をよぎった中、俺はこの状況を生み出した元凶やもしれぬ存在を思い出していた。


『ようやく見つけたよ』


『今から君には僕と契約して魔法少女になってもらう。

 ……ああ、そうそう。時間がないんだ、君に拒否権はないっ』


 そう、何やら意味深なことを言っていたあの黒猫だ。

 思い返せば奴の猫パンチを受けてこうなった気がするし、多分何かを握っているはず。不思議な力を働かせて世界を改変させたんだろう、きっと。


 というか魔法少女ってなんだよ、魔法少女って。

 この問答無用な感じからして嫌な予感しかしないぜ……。

 

「あ、起きたんだ。よかったよ、特に何ともよさそうで」


 その瞬間、まるで思考を読んだかようにあの声が響く。


 気が付けば、机の上には黒猫が立っていた。尻尾をゆらゆらと揺らし、悠然とこちらを見下ろしている。

 この唐突な登場といい、テレパシー(?)で送られてくる高い声といい、多分あの時の奴で間違いない。


 乾いた唇をゆっくりと舐めて、慎重に質問をぶつける。


「なあ、黒猫よ。まさか俺のこれは君の仕業だったりしないよな?」


「ふ、そのまさかさ。君を魔法少女にしたのはこの僕。

 その体もなかなか悪くないだろう?」


 悪びれる様子もなくあっさりと答える黒猫。

 やっぱりかい。健気な男子高校生を無理やりTSさせるなんてとんだ変態野郎だなっ。


「それで、目的は? 何でこんなことを?」


「それはね、君と僕がパートナーだからさ、魔法少女れんか。

 僕はただあの時の約束を果たしに来たんだよ」


「……ごめん。約束って何だっけ?

 そもそも俺たちは会ったことがあるのか?」

 

「全く情けないなあ。ほらあの時……あれ? 何だったかな?

 おかしいな、何か大切なことだったはずなのに……」


 うーんうーん、と苦しそうに頭を悩ませる元凶さん。

 ……やばい、何か嫌な予感がしてきた。


「その、まず君は何者なんだ?

 普通に日本語を話してるよな?」


「それは……ごめん、わからないや。

 僕は生まれた時からこうだったから」


「そ、それじゃあ魔法少女ってのは?

 どこぞのアニメみたいにこれから怪人とか魔物と戦ったりするのか?」


「魔法少女は魔法少女さ。魔法の力で敵をやっつけるあれだよ。

 君たちが戦うのは、えと、ほにゃらら・ほにゃららーみたいな感じだったかな?」


「……なるほど。そいつは何がどんな奴でどうやってやってくるんだ?」


「さあ……?」


「言い方的に俺の他にも魔法少女はいるってことでOK?」


「うん、多分そうだと思う、な」


 と、こんな感じで問答を繰り返した結果ーーなんもわからなかった。

 なにせ黒猫の回答がかなり曖昧で、明確に答えたのは本当に最初の質問くらいだったのだ。一番重要そうな、俺を魔法少女にした理由や目的も不明。

 ほにゃらら・ほにゃららーってなんだ?(哲学) 


「すまないね。

 もっと僕がしっかりしていたら……」


「い、いや、君が悪いわけじゃーーあれ、ここは怒っていいところか? 

 何かよく分からなくなってきた」


 前途多難な状況に、二人(一人と一匹?)で頭を抱える。

 元凶さんの可愛らしいフォルムもあって、簡単に憎めないんだよなあ。


 暫く考え込んだ後、黒猫が声音を明るくして言う。


「ま、起きちゃったものは仕方ない。

 まずは魔法少女の力を試してみようか。ほら、立って立って」


「……まじで? このまま続けんの? 

 目的も分からないみたいだし、さっさと戻してくれよ」


「何言ってるんだい? 

 この僕が戻し方なんて知ってるわけないじゃないか」


「こ、んの、開き直るんじゃねえっ」


 自らの失態を棚に上げて笑う黒猫に思わず暴言を返す。

 ってか、使い方は分かるのに戻し方は知らんのかい。随分都合の良い脳みそだな、おい。


「……はあ。それで、どうすりゃいいんだ?」

 

「なりたい姿をイメージして『変身』って叫ぶだけさ。

 そうしたらその身に宿った魔法の力が勝手に衣装を作り上げてくれる」


「おおー」

 

 やっぱり変身は男女共通のロマンだよなあ。しゃーない、試しにやってみるか。

 右手を上に掲げて、確かこんな感じじゃなかったっけ?


「へんしーー」「おねぇ、私もう出かけるからーー」


 その瞬間、部屋の扉が開いて妹の春花が入ってくる。

 妹の瞳に映るのは「変身」と叫びながらノリノリでポーズをする姉の姿でーー


「あっ……うん、たまには童心に帰りたい日もあるよね。

 それじゃ私は行くから。後はご自由に~」


「ちょ、まーー」

 

 可哀そうな子を見る視線を残して扉の奥へと消える妹。

 俺の制止もむなしく、そのまま家を出ていってしまった。


 あああああ。絶対に誤解されたあああああ。

 黒猫、お前のせいだ、こらっ。


「……ちょ、ちょっと首の上を持ってプラプラしないでよ。

 僕ら猫からしたら結構怖いんだよ、これ」


「うっさい。兄として大事な何かを失ったところなんだ。

 それくらい黙って受け入れてくれ」


「?? ……その、何かごめんね」


 俺の八つ当たりに近い行動に、黒猫が申し訳なそうに尻尾を下げる。

 大人な対応やめてくれい、余計みじめになるから。


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