拠点
戦闘を終えた私は、直ぐに拠点へと向かった。
十分ほど歩いて、なんてことはない普通の一軒家の前で足を止める。
拠点、などと格好良く呼んではいるが、特徴と呼べるものはない。
世界を敵に回している魔女の家としては、相応しくないかもしれないが、魔女っぽい家というのもわからないので、中々難しいものがある。
卑屈に笑いながら、ガチャリとドアノブを回す。いつもどおり、鍵はかかっていない。
ドアの向こうの玄関には、もう使っていない下駄箱と、ハンカチやらポケットティッシュやらを入れる棚が置いてある。
棚の上部に付いた黒い跡を横目に見ながら、靴を脱ぎ捨ててリビングへと向かった。
スイッチを押して電気を付ける。
ゴミやら何やら散らかっているそれらを避けて奥にある台所を目指す。
使い古した冷蔵庫を開けば、賞味期限の怪しい惣菜が沢山。
人知を超越した存在であろうと食事は必要だ。生物の宿命からは逃れられない。
適当な惣菜を取り出して、テーブルに並べる。そこに温めたパックのご飯を置けば、晩御飯が完成する。
しかしすぐには食べ始めない。
私は光に照らされて出来た自分の影に向かって声をかける。
「もう出てきてくれてもいいと思うんだけど」
「……では」
ぬるりと溶けるように影が動き、出てきたのは私でも性別の分からない真っ黒な意味不明な生き物。
形は人と同じだが、目と鼻、そして耳がなく、口があるべき場所には浅い窪みがあるだけ。どうやって発声しているのか全くわからない。
一応人語を話してはいるし、形も人のものなので、元人間だか魔法少女だかなのかもしれない。どうでもいいことだが。
私が影と呼んでいるそいつは、私の反対側の席に座ると、何をするでもなくじっとこちらを見つめてきた。多分。目がないからよくわからない。
いつものことだ。コイツが何かを食べたり飲んだりしたところを見たことがない。生き物なのかも分からなくなってくる。
私は影の視線を無視して食事を始めた。
美味しい、かは分からない。味が濃いものを買ってはいるが、あの日以降飲食に味も匂いも感じたことはないからだ。
食感があるだけ、ただ栄養を取り込むだけの行為を繰り返す。
苦痛ではなかった。
苦しみも痛みも、感じる時は■■のことを考えた時だけ。
私の大半を形作るこの幸福な記憶は、今ではもう、悲哀に塗れたものになってしまっていた。
食事が終わった。
ゴミ箱にパックやらを放り投げれば、それだけで片付けが終わる。影はいつの間にかいなくなっていた。どうせまた私の影の中にでも潜ったのだろう。どうでもいいことだ。
お腹が膨れたせいか酷い眠気に襲われた私は、フラフラとした足取りで二階へと向かうと、何年も洗っていないベッドに倒れ込んだ。
寝て起きたら、全てがなかったことになっていたらいいのに。
また、輝かしいあの日々が、戻ってきたらいいのに。
私のそんな都合のいい願いは、眠気の向こうに消え去っていった。
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