第30話

「お嬢様。隠し事をしており、大変申し訳ございませんでした」

「頭を上げて、サイモン」


 私は立ち上がって彼の手を取り、首を横に振った。


「驚いたのは本当よ。けれど隠し事も計画も、全てはお父様の領地を守るためだったこと、私にはよく分かるわ」

「クロエお嬢様……」

「鉱山管理者の件も、もし離婚を切り出されたとき私が知っていたら、夫に一言必ず確認していたと思うの。そうしたら私は今もステッファンに囚われたまま、白い結婚で寂しく人生を送っていたはずよ。……ありがとう、サイモン。私のことを、父上の代わりにずっと守ってくれて」


 私が微笑むと、彼は目を瞠る。そして顔をくしゃくしゃにして涙を堪えた。


「お嬢様は……誠実でいらっしゃるので、このような騙し討ちの復讐劇は耐えられないと思っていたのです」


 サイモンがモノクルの奥の目を歪めて語ったのは、父の死にまつわる疑念だった。


「お父上ーーマクルージュ侯爵は長年、ストレリツィ侯爵家との水源にまつわるトラブルに苛まれておいででした。ストレリツィ侯爵家は不作で、その不作の原因がマクルージュ領の領民による水汚染のせいだと絡んできていたのです」

「そうだったのね……」


 領地の問題について、父は幼い私と会うときは決して話そうとしなかった。

 まだ幼かった私には、どろどろの大人の世界の話を、あまり聞かせたくなかったのだろう。


「お嬢様。私は侯爵の急死も、ストレリツィ侯爵家が一枚噛んでいると確信しています。しかし今は一旦、領地をお嬢様のものとすることができてよかったです。今後は宮廷魔術師になったセラード様が、ストレリツィ侯爵家の悪事について暴いていく大きな力となるでしょう」

「……セラード兄様も、もしかして権威を味方につけるために、あえて宮廷魔術師に?」


 サイモンは頷く。


「ええ。お父上の無念を晴らしお嬢様の後ろ盾となるには、宮廷魔術師となることが最短だとお考えでした。そして今回裁判がスムーズに進んだのも宮廷魔術師三席補佐となったセラード様のお働きがあってこそです」

「……父は今でも、みんなの心を動かしているのね……そして、私はまだ、父に守られているのね」


 サイモンが涙をこぼすのを、メイドのノワリヤが背中を撫でる。

 ノワリヤは私に笑った。


「彼、私の幼馴染なんですよ。……本当に、彼はマクルージュ侯爵と貴方を大切に思い続けていたのですよ……」


 サイモンとノワリヤの話によると、オーエンナが領地で暴れたことも、暴れて問題を起こさせた後にステッファンがやってきたのも、全ては計画通りだという。


「しかしまさかあの女、子供にまで暴言を吐くとは思わなかったですぞ」


 サイモンがやれやれ、と呆れた風に首を振る。


「子供たちの心の傷になっていないといいのですが……」


 眉根を寄せるサイモンを見たセオドア様とノワリヤは、顔を見合わせくすくすと笑った。

 セオドア様が言う。


「問題ない。子供たちは我々の真意について知っていたからな」

「なんと」


 目を丸くするサイモンにセオドア様は頷く。


「子供たちは敢えてオーエンナに反発し、意図的に煽って失礼な暴言を引き出したのだと言っていた。『社交界に出ていない子供だからこそ、先生のためにできることがあるんだ』ーーだそうだ」

「そうそう。あのお茶だってぬるま湯だったんですよ。私だって毎回、砂糖を入れずに紅茶をお出しして、あの女性を煽っちゃいましたからね」


 セオドア様とノワリアの語るネタばらしに、私は呆気に取られてしまった。サイモンが肩をすくめた。


「はは……まったく、まさに茶番ですな」

「そうそう茶番といえばお茶ですよ。皆さんお疲れでしょうし、お茶で喉を潤してくださいな。スコーンも焼きたてですよ」


 ノワリヤが場の空気を和ませるように促す。

 皆で顔を見合わせ、私たちは遅いティータイムを始めることにした。



 ◇◇◇


 そういえば。


 私はセオドア様の横顔を見ながら考える。


 婚約はどうなるのだろう。

 私を助けるための嘘だから、きっと婚約はされないと思うけど。

 その話はとりあえず、後でセオドア様が切り出してくださるだろう。


 それよりも。

 私は自身の結婚よりも、どうしても気がかりなことがあった。

 

「セオドア様」

「ん?」

「彼らーーストレリツィ侯爵夫妻はどうなるのですか?」

「彼らは領地以外は何も失わず、持ち帰ることもなく、手ぶらでこのまま帰るだけだ。全てはそれで終わりだ、君に絡んでくることも二度とないだろう」

「…………」

「何か納得していない様子だな、クロエ嬢」


 私は思い切ってセオドア様に言うことにした。


「セオドア様。一つ、折り入ってのご相談なのですが……」


 それはオーエンナの連れた娘、アンのことだった。

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