第29話
それは王立司法院の魔石印が捺印された正式な書状だ。
魔術師が術を施した特別な紙に書かれているので、いつ誰が書いたのか、誰が承認したのか、誰が上書きしたのかもはっきりと証拠が残る。
「それでは読み上げさせていただきます。
『王立司法院は最高司法官ジョセフ・マジェスティヌスの名において、精霊3417年5月12日をもって、ストレリツィ侯爵ステッファン、マクルージュ侯爵子女クロエの離婚成立を認めるものとする。
なお通常ストレツィ侯爵ステッファン及びマクルージュ侯爵子女クロエの再婚は貴族法3条2項に則り、離婚成立後1年経過した精霊3418年5月13日以降とするが、今回例外事由を認めるため、ストレリツィ侯爵ステッファンとチゴネ子爵子女オーエンナの結婚を精霊3417年6月15日をもって認めるものとする。
例外事由については以下とする。
⑴精霊3405年より平民オーエンナ、現チゴネ子爵子女オーエンナとの事実上の夫婦関係があったものと、以下貴族家の証言によりこれを認める。
ーー公爵 ◇◇◇ 署名:◇◇◇
ーー公爵 ◇◇◇ 署名:◇◇◇
ーー侯爵 ◇◇◇ 署名:◇◇◇
ーー侯爵 ◇◇◇ 署名:◇◇◇ ・・・
⑵王立司法院の記録により、精霊3406年より現チゴネ子爵子女オーエンナの出産した子女をストレリツィ侯爵ステッファンの子女と認知した上、養子に出していることを以下に記録により認める。
ーー
上記⑴、⑵ の例外事由により、ストレリツィ侯爵ステッファン、妻オーエンナの結婚をここに承認する。
以上
王立司法院 最高司法官 ジョゼフ・マジェスティヌス
魔石印捺印執行者 宮廷魔術師三席補佐 セラード・マクルージュ』
サイモンが朗々と読み上げる書状の内容に、会議室は水を打ったように静まり返る。一人ガタガタと震えるステッファンに寄り添う者は、もう誰もいない。
全てを読み上げたサイモンが一礼して着座したところで、セオドア様が口を開く。
「白い結婚でも、離婚後一年以内に再婚ができないのが我が国の法律だ。しかしそれはあくまで『他人同士』の場合だ。以前からの内縁関係の証拠をかき集めて司法院に提出すれば、例外事由も認められると言うわけだ」
「……それを狙って……サイモンは婚姻届まで書かせたのか……」
「彼は有能なストレリツィ家の使用人だからな。責任を持って、二人の関係の証拠をかき集め、早急に婚姻が成立するように勤めたのだよ」
私はサイモンの手腕に、ただただ言葉を失っていた。
全てを失った私にずっと寄り添ってきた、結婚式でも父親の代わりに立ってくれた、私にとってかけがえのない執事。
彼は私が白い結婚に耐えている間も、耐えてきた時間が無駄にならないように淡々と準備をしてくれていたのだ……ストレリツィ家に一矢報いるために。
セオドア様が話を続ける。
「さて、ここでストレリツィ卿に提案がある。本来なら我が領地での奥方の暴挙、責任をとっていただきたいところだが……あまり大きな問題にしたくはないのが正直なところだ」
死人のような土気色の顔をしたステッファンの顔に、ぱっと生気が宿る。
「裁判にしないでもらえるのなら、なんでもやる。頼むからうちを潰さないでくれ」
「ああ。私も歴史あるストレリツィ家を取り潰しにするのは忍びない。……ところで、ストレリツィ卿。先ほどの話では、あの旧マクルージュ領の鉱山を持て余しているとのことだったが?」
「そうだ……だからクロエに戻ってきて欲しかったのだが……」
「解決する方法がある」
セオドア様は屈託のない笑顔を見せた。
「旧マクルージュ領の領地全てを、我が領地の飛地として譲ってほしい」
弾かれるようにセオドア様の顔を見た。彼は私にウインクをした。
「私は魔石鉱山管理者の資格を持つし、そもそもいずれ私はクロエ嬢と結婚する身だ。クロエ嬢の希望によっては彼女を領地代官として任命し、所領の内政を任せるのも悪くはないと思っている。それならば貴殿らも破産を免れるが、どうだ?」
ステッファンは力のない様子で、素直にこくりと頷いた。
「ああ……そうさせてもらおう。あの土地は俺には手に余る……」
そしてステッファンは、静かにたたずむサイモンを見つめた。
「……サイモン。お前は全て……はかっていたのか……。マクルージュ侯爵の領地を……娘のクロエのものとして取り返すために……」
サイモンはただ黙って目を伏せたまま、答えようとしなかった。
そうして、最終的には全面的にセオドア様の案を呑むことになり、話はまとまった。
◇◇◇
会議では公証人とヘイエルダール宰相、セオドア様、そして必要手続きの準備を全て済ませてきたサイモンの手により、あっという間に旧マクルージュ侯爵領全域のヘイエルダール辺境伯領譲渡手続きが終了した。
ステッファンとオーエンナーーストレリツィ侯爵夫妻が肩の力を落として会議室を出たのち、サイモンは私に深々と頭を下げた。
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