第24話

「オーエンナ! 止めろ!!! 全てはサイモンの仕業だ!!!!」


 ほんの少し前まで、私の夫だった人。

 ステッファン・ストレリツィが旅支度も解かないまま、青ざめた顔で私たちの元へ転がり込んできた。


「え……ステッファン様、なんでここに」


 ぽかんとするオーエンナ。

 元夫の来た方向から、ゆったりと歩いてくるのは威風堂々たるセオドア様だった。


「そうか。ストレリツィ侯爵夫人は私の大切な使用人に加害し、私の大切な養子を侮辱したのか……」


 彼の顔には、今まで見たことのない凄みのある笑みが浮かんでいました。


「さあ、話をつけようではないか。ストレリツィ侯爵」


◇◇◇


 会議室に一堂に集まったのは、セオドア様、ストレリツィ侯爵夫妻、ヘイエルダール領の宰相、さらに家令に、記録をまとめる公証人ーーそして私だった。

 私だけ場違いな気がするけれど、あろうことかセオドア様は私を自分の隣に座らせた。まるで夫人扱いのような場所に困惑していると、セオドア様が声をひそめて私に耳打ちした。


「ここでは、私に口裏を合わせてほしい」


 私が頷くと、彼は灰青色の双眸を細めて微笑む。

 銀髪に結んだ組紐が、鮮やかに揺れた。


 ーー会議が始まろうとする、ちょうどその時。


「お待たせいたしました」


 サイモンが先ほどのメイドを伴って部屋に入ってくる。

 二人はどうやら顔見知りらしい。

 サイモンを見るなりステッファンが立ち上がって叫んだ。


「サイモン、貴様!!!」


 ステッファンが立ち上がる。しかしセオドア様のひと睨みで、彼は座った。

 窓を開いた涼しい会議室なのに、彼の頬からは滝のように汗が噴き出している。

 ステッファンは苦々しい顔をして着席する。私は久しぶりに会うステッファンが、記憶の中の彼より随分とくたびれたように感じた。あれほど肌は弛んでいただろうか。あれほど、背筋が丸い人だっただろうか。


 サイモンとメイドが末席に着席しーー関係者が全て揃ったところで、セオドア様がステッファンを見つめた。


「まずストレリツィ侯爵の話を聞こう。突然の訪問だったが、一体どのような火急の要件だったのだろうか」


 セオドア様の言葉に被せるように、ステッファンは早口で捲し立てた。


「元妻、クロエとの離婚を撤回したくやってまいりました」

「ちょっとまってよ。なんですって!? 私の立場はどうなるのよ!?」


 声を張り上げるのはオーエンナ。

 あれだけ甘い顔をしていた女性に対して、ステッファンは憎々しげに睨む。


「お前は黙っていろ。ったく、余計な騒ぎまで起こしやがって」


 吐き捨てるように言うと、ステッファンはころりと表情を変え、機嫌を取るようにセオドア様に上目遣いで語った。


「ヘイエルダール辺境伯。私はクロエがいなくなって気づいたのです、彼女の大切さに。どうかまた、彼女にストレリツィに戻ってきて欲しくてやってきたのです」

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