第25話
ステッファンは私を見る。
その媚びた視線に、ぞわりと肌が粟立つのを感じた。
「なあクロエ。俺はお前に多くは求めない。今まで通り妻として働けば、あとは好きにすればいい。だから帰って来てくれ」
ステッファンの隣でオーエンナが真っ赤な顔をして、今にも爆発しそうだ。
「な? 長年連れ添った夫婦じゃないか。帰ってきてくれよ。俺も反省しているんだ」
私は困惑して、返答のひとつもできないでいた。
あれだけ冷淡に接していた元夫がどうして、汗だくになって、私に媚びへつらうようにして戻ってきてくれと言うのだろうか。
ただただ、不気味だった。
「なあ、たのむ、帰ってきてくれよ!」
懇願する声がどんどん大きくなる。
こわばる私に、セオドア様は優しい眼差しを向けた。
テーブルの下で、私の手をそっと握ってくれる。まるで潰さないように包み込むような掌の温かさに励まされ、私はその大きな優しい手を握り返した。
前を向いて、ステッファンを正面から見た。
大丈夫、声は出そうだ。
「お答えする前に教えてください。貴方がこれほどまでに再婚を願う理由を。ほとんど本邸にも帰らず、白い結婚を貫いてきた貴方がいきなりどうして」
「そうよそうよ! 私のことはどうすんのよ! アンだっているのよ!?」
甲高く彼を問いただすオーエンナ。ステッファンは私の返事に答える前に、まるで羽虫を振り払うような態度で彼女を睨んで言った。
「だから言っただろ、さっき。俺はクロエの大切さに気づいたんだ」
「そんなんじゃ、わかんないわよ!!!」
叫ぶオーエンナを無視しながら、ステッファンは再び私を見た。
「だからどうか、よりを戻してほしい。君さえ頷いて離婚を撤回してくれたら丸く収まるんだ、全てが、丸くね」
私は掌の熱を感じながら深呼吸する。
そして、勇気を出してステッファンに答えた。
「申し訳ありません。私は離婚を撤回いたしません」
「なっ……」
「私はもう、今、このヘイエルダールで大切な子供たちのお世話をして過ごしています。私にとっての居場所はここです」
「冗談じゃない。オーエンナでは女主人としての能力もないし、君の引き継ぎだってできないんだ。……そうだ、元夫の領地を放り出して自分だけ幸せになるなんて、ずるいと思わないか!?」
彼は私を責める理由を見つけ、饒舌に捲し立て始めた。
「そうだ。クロエ……父親も死んで、兄も宮廷魔術師になって、居場所がなくなったお前を預かって育てたのはストレリツィ家だ。お前は俺の家に対する恩はないのか? 恩を返せない女が、他で幸せになれるわけがないだろう」
「っ……それは……」
私は胸が痛んだ。
確かに私は、ストレリツィ家に娶られたから、女主人としての能力を叩き込まれ、慈善事業をさせてもらい、こうして今でも家庭教師として役に立っている。
ーーせめて離縁はそのままにしても、内政の手伝いだけはするべきなのか。
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