第19話

 私とセオドア様は、晩餐後、毎晩少しだけ時間を共にするようになった。

 恋人としてのそれではなく、あくまで家庭教師としての日報としてではあったのだけど。

 ランプの灯りが柔らかな談話室でソファに座り、私たちはくつろいだ時間を過ごす。共通の話題は子供たちの事が大半だったけれど、時々、そっとお互いのことについて訊ねあった。


「自家製の葡萄酒はどうだ? 大丈夫、ハチミツや果実と一緒に一煮立ちさせているから酔わないよ」

「ではいただきます」


 嬉しそうにセオドア様が微笑むと、メイドのノワリヤが温かな葡萄酒を用意する。カップを両手で抱え持って呑むと、体が温かくなる感じがした。


「この領地の子供は、風邪を引いたらこれを飲む。食欲がない時でも滋養をつけるにはぴったりだ」

「おいしいです」

「そうか。……私もかつて、母が生きていた頃には寝付けない夜に一緒に飲んだものだ」


 思い出話を口にするセオドア様はとても穏やかな顔をしていた。

 遠い目をしてランプの光に目を向けていたところで、彼は真面目な顔に切り替えて私を見た。


「君に多少悪い知らせがある。……君を追い出した元夫の妻オーエンナが、娘を伴ってこちらにきているらしい」


 オーエンナ。

 その名前を耳にした瞬間、ゾクっと寒気が走る。


「彼女が、どうしてここへ」

「手紙によると、追い出した形になった君への謝罪をしたいということらしい。まあ方便だろう。謝罪だけならば娘を連れてくることはない。私の妻として娶らせたいのだろう」

「……そういえば、一人だけ養女に出さず、手元に置いている女の子がいました。名前はアンという子で」

「追い出したクロエ嬢がこの領地で幸福になるのが許せないのだろう。彼女はクロエ嬢が私の妻となることが気に入らないはずだ。そして恐らく今後、彼女を追いかけて元夫もヘイエルダールを訪れるはずだ……こちらの理由は色々あるが……とにかく、彼らをなんとかしなければならない」


 彼は険しい顔をして、足を組む。

 私は先ほどまでの温かな気持ちがすっかり冷め、こわばる指でカップを握りしめた。ヘイエルダールでの幸福な日々が夢に溶けるような気持ちになった。


「クロエ殿」


 セオドア様は私をじっと見た。


「大丈夫か」

「……申し訳ありません。全てを奪っていった彼女が……冷たかった夫が……せっかく手に入れた微かな幸せも掻き乱すのかと思うと頭が真っ白になって。……それに私が来てしまったせいで、セオドア様にご迷惑を」

「迷惑なんかじゃない。ようやく私は、貴方を守ることができる」


 彼は力強く首をふり、私の手をそっと握りしめた。

 握りしめられて初めて、私は手が震えていたことに気づく。

 初めてまともに触れたセオドア様の手は、私の何倍も大きくてーーそして頼もしかった。


「クロエ嬢。どうかこの件が落ち着くまでの間、私に話を合わせてほしい。私が何を言おうとも、必ず最後にはクロエ嬢の選択を尊重する。まだ一緒に居て1ヶ月ほどの私だが、どうか信じて任せてほしい」


 私は彼に微笑み、頷く。


「人を信じるのに必要なのは年月ではなく誠意です。私はセオドア様の心を信じています。……もし頼って宜しいのでしたら、どうか力を貸してください」

「ああ。……一緒に、新しい人生を送るためのけじめをつけよう」

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