第18話

 彼の眼差しが、愛情と熱を帯びている。


「私は貴方を一方的に知っていた。お父上の葬儀で一人涙を堪える姿も、一人嫁ぎ先に残していく貴方を心配するセラード殿に、気丈に微笑む姿も見ていた」


 あの葬儀の日。

 セオドア様は私を見ていたのだ。


「ただ、貴方を迎えられなかった私には声をかけられなかった。だから……いつか貴方が困ったとき、次こそ私が力になれたらと、領地を必死で盛り立てることにした」

「セオドア様……」


 彼は風にもつれる組紐を耳にかけ、私を見た。


「クロエ嬢。実は……私は毎年に一度は、『魔石鉱山の視察』という名目でストレリツィ領の魔石鉱山を訪れていたんだ」


 私は目を瞠る。


「知りませんでした」

「ああ。貴方は知らなかっただろう。……視察の時も毎年、貴方を遠くから見つめるばかりで、私は声をかけられなかった。私が未熟で不甲斐ないばかりに、クロエ嬢を迎えられず、苦労させていたのだから。私には、貴方と話す資格はないと思っていた」

「そんな……」

「……気持ち悪いだろう?」


 セオドア様は自嘲するように笑う。


「ただ……私は……貴方の姿を見られる一年に一度の機会を心の支えに、領主としての日々を送っていたんだ。貴方がつらくとも気丈に生きて、懸命にストレリツィ侯爵夫人としての役目を果たす姿を見て……貴方に恥じぬよう、私も立派な領主であろうとした」

「セオドア様」


 たまらず、私は名前を呼んだ。


「もしかして、毎年父の墓を綺麗に磨き上げ……管理する教会に多額の寄付をして、花を供えて下さっていたのは、貴方だったのですか」


 肯定するように、セオドア様は微笑んだ。


「……自己満足だ」


 私は胸が熱くなった。


「私は父の墓が磨かれているのを見るたびに、教会や教会に属する孤児院に寄付がなされるたびに、誰かが父を忘れず、父の思いを継いでくれているのを感じて嬉しかったんです」

「見ていてくれたのだな」

「はい。……だから私も、父のように領民の子供たちのために学校を開きました。父の墓を守ってくれている、名も知らぬ誰かに恥じない『侯爵夫人』であるために」


 私は知らないうちに、セオドア様にずっと励まされてきていたのだ。

 セオドア様が私を見て、心の支えにしてくれていたのと同じように。


「クロエ嬢。私は貴方が好きだ。できれば結婚してほしいと願っている」


 彼はまっすぐ私を見つめて、私に愛の告白をした。


「だが、あくまで私はスタートラインに立っただけだと自覚している。時間をかけてゆっくり、私を知って、返答を聞かせてほしい。仮に貴方が私を選ばなかったとしても、私は貴方を家庭教師として丁重に扱うよ。それは貴方の父上とサイモン殿に誓う。……だから、いつか……答えを聞かせてほしい」


 ざ、と風が吹く。

 湖の水面が揺れ、白い花びらが風に舞う。

 セオドア様の銀髪が揺れるのを、いつまでも見ていたいと思った。

 ああ、私はーー


「……セオドア様」

「ん」

「……私は、わからないんです。これまで恋も何もしたことがなくて」


 私は高鳴る胸をおさえ、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「きっと恋というのは、道理を乗り越えて人を心のまま突き動かすものなんだろうと。……だから元夫は私ではなく、愛人を愛した。道理を超えて」


 私は精一杯、今の気持ちを言葉に紡ぐ。

 彼の真剣な思いに、少しでも応えるために。


「……セオドア様は立派な方です。そんな方が、私なんかに言葉を重ねて懸命に、真剣に、愛を思いを告げてくださるほど……恋というものは、強烈に人の心を燃やすのですね」


 胸が熱くて、思いを言葉にするだけで喉まで苦しくなって、切ない。

 セオドア様も同じような甘い苦しさを抱えて、私に告白をしてくれたのだろうか。ーーそれなら、嬉しいと思ってしまう。


「私なんて離婚歴があるし、決して若くないですし、可愛げもないし……そんな私だから、きっとすぐにセオドア様もつまらない女だと気づくと思います。だから私は、貴方の好意を受け入れてはいけないと思っています。それが、道理だと思います。……思っては、いるのですが」


 セオドア様が私を見て、目を見開いている。

 私はどんな顔をしているのだろう。私はなぜだか泣きたくなってきた。


「私も……少し、あなたに……あてられてしまったのでしょうか。……道理を超えて、私は……」

「頬に、触れても構わないか」


 セオドア様は早口で尋ねる。恐々と伸ばされる指に、私は目を伏せて従う。

 優しい指先は、震えていた。


「……クロエ嬢。…………ありがとう」


 私たちは、しばらく二人っきりの時間を過ごした。

 子供たちのはしゃぎ回る声。穏やかな彼の佇まい。

 どれも、私にとっては勿体無くて……とても、手放したくないもので。身分不相応な夢を、つい描いてしまいたくなるほどに。

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