第17話
籐椅子に座るセオドア様は、少し考えるそぶりを見せた後に静かに言う。
「やり直しかな。……失われた時間の」
「失われた時間、ですか」
マリアが拾ってきてくれた魔石片を指先で弄びながら、セオドア様は話し始めた。
「私は元々、貴方との縁談の話があった」
突然の告白に呼吸が止まる。
魔石片がきらきらと光を反射して、セオドア様の遠い目をした眼差しを照らす。
「知りませんでした」
「同じ魔石鉱山管理者の一族だから、マクルージュ侯爵家と我が辺境伯家は交流があった。何もおかしいことではない」
「確かに……そうですね」
「貴方のお父上ーーマクルージュ卿はこの辺境に嫁がせる前に、娘である貴方と私との関係をゆっくりと育んでほしいとお思いだったようだ。しかし……想定外の事が起きた」
セオドア様はぎゅっと、魔石片を握りしめる。
掴みそびれた過去を握りしめるように。
「隣国による侵攻と復興、マクルージュ卿のご病気……様々な不運が重なり、貴方を迎えることが叶わなかった。強引にでも縁談を、と亡き我が父はマクルージュ卿に伝えていたのだが、『淑女としての教育すら満足にできていない娘を嫁がせれば、娘も辺境伯もいずれ不幸になる』と固辞なさったらしい」
「……そう、だったのですね……それで、私はストレリツィ家に……」
「書物の影響か、子供たちは私が『婚約破棄』されたと思い込んでいるようだがな」
彼の視線に導かれるように、私は子供達へと目を向ける。
子供たちは血がつながったきょうだいも、繋がっていない子同士も分け隔てなく「領主父様」の子供として仲良く過ごしている。
あれだけの多くの子供達が親を失うような侵攻が、どれほど激しいものだったのかは想像に難くない。
相続したての若き領主、荒れた領地、多くの家臣が失われたヘイエルダール辺境伯領。
そんな土地の領主夫人として、14歳の私では未熟すぎたのだ。
「ストレリツィ家を貴方の嫁ぎ先に選んだのは、苦渋の決断だったらしい。先代領主夫人も存命で、家柄も悪くない。領地も隣接していて全く見知らぬ土地というわけでもない。何も知らない貴方が身を寄せる場所としてはーー最善ではなかったとしても、辺境伯領よりずっと適切だった」
ストレリツィ家に嫁いだ幼い頃の私は、ただ失意に打ちひしがれていた。
このまま姑と舅にこき使われて、そのまま子供を抱くことも、誰かを愛することもなくお飾りの侯爵夫人として人生を終えていくのかと。
「ストレリツィ家の方々にも感謝しなければなりませんね。私がこうして、女家庭教師をしていけるだけの教養と教育を施してくださったことに」
私の言葉に、セオドア様は、くく、と笑う。
「決して良い待遇ではなかっただろうに、素直に感謝の言葉を言える貴方が眩しい」
「本心です」
私は背筋を伸ばし、自分の意志を示した。私をみてセオドア様は灰青色の双眸を細めた。
「そうだな。私も感謝しなければならない。……貴方を白い結婚のまま、美しいご婦人に育ててくれて、更にこんなにも早く手放してくれて感謝している、とな」
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