第13話 ※愛人視点
ーー時間は数時間前に遡る。
元愛人、現ストレリツィ侯爵夫人オーエンナはつまらなかった。
夫ステッファンの姉キャシーがやってきてから、屋敷の中は大騒ぎだ。
「何があったの?」
と夫に訊ねても「お前には関係ない」で一蹴されるし、キャシーに至ってはこちらを舌打ちして睨め付けてくる。
つまらないのでオーエンナは本邸から少し離れた、元々暮らしていた別邸に戻って酒を傾けることにした。別邸は数人の使用人しかいない上に、オーエンナにとっては勝手知ったる屋敷だ。酒のありかも煙草のありかもわかっている。
「嫌よね。空気最悪」
「お母さん、お昼からお酒はやめてよ……」
テラスで酒を煽るオーエンナの隣で、10歳の娘が顔を顰めて見せる。一人だけそばかすだらけで地味な顔のこの娘は、多分ステッファンとは別の男の子種だ。楽な暮らし目当てで愛人をしていたステッファンとは違って、一晩だけの本気の恋をした、下男との間にできた子供だ。
「酒でも飲まなきゃやってらんないわよ。アン、返しなさい」
「だめ。お水入れてくるわね」
ぷりぷりと怒ったアンの後ろ姿を眺めながら、オーエンナは物思いに耽る。
貴族の愛人をやっていると、妊娠も出産も魔石で穏やかに痛みもなくできるので助かる。下賤の生まれのオーエンナにとって妊娠も出産も激痛と死を乗り越えて果たすものだ。体も痛くなくて金の安心もあれば、いくらだってオーエンナは産むし、生まれた子供たちはどんどん養子に貰われていき、ステッファンにも感謝される。最高の循環だった。
それはそれとして、この地味な娘アンだけは手元に置いていた。
幼児の頃顔に大きな斑があったので、それで嫌悪されて引き取り手がなかったのだ。一人くらい手元に置いててもいいでしょ。そう思って育てた娘は5歳ごろからようやく顔の斑も消え、今ではそばかすだけだ。
アンはずっと手元に置いていたからか、妙に世話焼きで真面目な子供に育っていた。
「……あーあ。つまんないわね。本妻になるって」
ため息をつきながらオーエンナは呟く。
本妻は憧れだった。けれどなってみればつまらないこと限りなしだった。
離れに暮らしていた頃は誰もいない時は愛人の若い男を家に引き込んだり、女友達と飲んだくれたパーティをしていたけれど、本邸に住むことになってからは見張りの中で暮らすような気分になった。
古い使用人は嫌そうな顔をしてオーエンナを見るし、領民やら貴族やらが、ひっきりなしに女主人である自分に用事を持ってくるので、一日中何かと面倒臭い。
離縁したクロエが中途半端にあれこれと領地経営に関わっていたからだ。悪態をつきたい。
「お暇そうですな」
オーエンナのそばにやってきたのは、長い白髪を撫で付けたモノクルの老人だ。
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