第7話 田んぼ




「「はいどうぞ」」

「はいどうもね~」


 箒に乗って空を飛んでいたすず凪とあわ埜が地上に降り立つと、すず凪は海斗を収集した白い本を本屋に差し出した。本屋は礼を言いながら白い本を受け取ろうと、手に触れた瞬間。

 ふわりと。

 懐かしくも香しい匂いが鼻を通り過ぎて行ったのだ。

 かいだことは、ない匂いだった。

 けれど、どうしてか懐かしいと、身体中の細胞という細胞が歓喜に打ち震えては、瞬く間に黄金こがね色の稲作の風景が目の前に広がった。

 喧騒から離れてゆったりとした時間が流れる、のどかな風景だった。


「「………え?どうしたの、本屋」」


 すず凪とあわ埜は、ただただ静かに涙を流す本屋を見て、ランランと目を輝かせては、にんまりと笑った。


「白い本を抱えて泣いているし」

「天を仰いで泣いているし」

「「よっぽど値打ちのある本なんだね」」


 ニッシッシ。

 すず凪とあわ埜は互いに顔を見合わせては笑って、早くお金をちょうだいと本屋に言おうとした時だった。 

 クッククク。と。

 あの時と同じ聞き慣れない笑い声が聞こえたかと思えば。


「嘘でしょ」

「嘘だろ」


 すず凪とあわ埜は目を見開いて目の前に立つ、あの見慣れない格好をした少年を、自分たちが白い本に収集したはずの少年を仰ぎ見た。

 自力で白い本から抜け出せた。

 なんて、信じられないことが現実に起こって、すず凪とあわ埜は知らぬ間に地面にへたり込んでいたのだ。


「クッククク」


 海斗は笑って、すず凪とあわ埜を見下ろした。

 白い本が嘆いていたぜと言って。


 ちなみに本屋は、白い本から流れた香りに心を奪われて、かつ、まだ稲作の風景の中に佇んでおり、今の状況をわかっていないのであった。











(2023.5.17)


  

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