第4話 食堂のおばちゃんが最強




 何の疑問も持たなかった。

 白い本に手を伸ばしたことも。

 白い本を開いたことも。

 白い本から発せられる言葉が頭に直接流れて来たことも。

 これから異世界に行くことも。

 何も。




 たった一つ。

 一つだけでいい。

 白い本は言う。

 これから行く異世界の『魔殿の森』に存在している【あるもの】を、あなたが持っているこの白い本に収集してきて。

 たった一つだけ。

 あなたが納得のいくそれを収集できたら元の世界に戻れる。

 けれど、収集できなかったら元の世界には戻れない。

 戻りたくない異世界にずっといたいというなら自由にすればいい。


 白い本は続ける。


 異世界に行くのだから普段はできない格好で過ごせばいい。

 だから浩輔は憧れの魔法使いの格好を、深緑色の三角帽子とローブ、ズボン、白いシャツに赤色のネクタイを身に着けてこの異世界へと降り立った。

 自生しているのか植えられているのか。

 よく怪談物に登場する木の柳があちらこちらに存在するその場所はほんの少しだけ不気味だったが、空の色が青かったので安堵した浩輔は、一緒に来ただろう海斗はどんな格好を選んだのかと思いながら探そうとした途端。


「いやなんで食堂のおばちゃんスタイル!?」

「クッククク」


 片目を長い前髪で隠している海斗は、白い鉢巻きに白い割烹着に身に着けて、俺こそが世界で一番強いぜと言わんばかりのドヤ顔で、腕を組んで立っていた。

 笑うだけの海斗に、俺はもう一度ツッコまずにはいられなかった。


「いやなんで食堂のおばちゃんスタイル!?」

「クッククク。当たり前だろうが。食堂のおばちゃんが最強なんだぜ」

「ハイになってる!異世界に来てハイになっているよ!海斗!目が怖いよ!」

「クッククク。おまえこそどうして魔法使いの格好なんだ?今からでも食堂のおばちゃんの格好に変えろよ」

「いやいやいや!変えないし!魔法使いこそが最強だし!」

「クッククク。なら勝負してみるか?」

「いやいやいや!格好だけだから!特別な能力とか付加されてないから!」

「クッククク。この白い本が言ってないだけで何か特別な能力が使えるかもしれないだろうが」

「ちょっと」

「いやいやいや!って。いやっ。いやいやいや!」


 浩輔は焦りに焦った。

 海斗が特別な能力を使ったからではない。

 急に別の人の声が入り込んだなと思って声のする方を見れば、浩輔と同じ格好を、つまりは色違いの魔法使いの格好をしている少女が、白い本を広げてこちらに向けていたかと思えば、海斗がその白い本に吸い込まれたからだ。

 吸い込まれると言っても急速にではない。

 のろい矢で連れ去られるみたいにゆっくりと。

 手を掴めば助けられたのではないかと考えてしまうくらいに。


「じゃ」

「じゃあ」

「え?いや。ちょ!」


 少女の隣にいつの間にか立っていた、浩輔と色違いの魔法使いの格好をした少年と一緒に少女は箒に乗って飛び去ってしまった。

 もちろん、海斗を吸い込んだ白い本を持ったまま。

 浩輔は二人が飛ぶ空に向かって手を伸ばしながら、走って追いかけた。


「ちょっと待ってえええええぇぇぇぇぇ!!!」


 聞いてないよこんな展開!!!

 ほのぼのゆったりじゃなかったの!?











(2023.5.10)


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