第117話 交友関係

「遊びにって、彩香は帰って試験の見直しでもしたほうがいいんじゃない?」


 今日の栞はなかなかに辛辣だ。俺相手には絶対に見せない姿だけど、楓さんに対してはちょくちょくこういうことを言っているのを耳にする。きっとそれだけ楓さんが栞にとって気のおけない相手になっているということなんだろう。


 それを置いても今回のはトゲが強い気がする。俺とゆっくりしよう、なんて言った直後のことなので、邪魔されたと思って気が立ってるんだとは思うけど。


「うぐっ……。遥ぁ、しおりんがいじめるぅ〜。うぅ……」


 また楓さんが遥にすがりついて、今度は嘘泣きまで始めてしまった。遥も苦笑いこそ浮かべているものの頭を撫でてあげてるし。


 茶番再び。って俺まで茶番って思っちゃったわ。俺達の帰りを止めておいて、目の前でイチャつき始められたらそう思ってしまうのも仕方ないんだろうけど。


 俺だって早く帰って栞と……。ってそんなことを言えば収拾がつかなくなるから言わないけども。


「普段から真面目にやらない彩が悪い、んだけど……。黒羽さん、今日くらい大目に見てやってくれないか? こんなんでもここ数日は一応頑張ってたからさ」


「しょうがないなぁ。今日のところはこれくらいで許してあげる。で、遊ぶって何するの?」


 これだけでパッと表情を明るくする楓さん。こういうわかりやすいのは楓さんのいいところだと思う。


「そんなの決めてないよ。とりあえずお昼食べに行くのが決まってるくらい? その後は行き当たりばったり、というか普段の高原君とのデートでもそんなにガチガチに予定なんて決めないでしょ?」


「「えっ? デート?」」


 俺と栞の声がバッチリ重なった。


 そういえばデートなんて久しくしていないわけで。お互いの部屋でのんびりしてるのをお家デートと称してカウントするのであれば、それこそ数えられないくらいしているのだけど、今この場においてそれは違う気がする。


「そういえばデートとか全然してないよね、私達」


「してないねぇ」


 栞もこう言ってるということは俺の認識は間違っていない。別に外にデートに出かけなければならないということはないし、俺としては現状に満足しているんだけど、栞が同じ考えとは限らない。その証拠に栞は難しい顔をしているわけで。


「えー! 初めて私達がお話しした時もデート中だったし、普段からしてるのかと思ってたよ」


「いや、全然……」


 俺も栞もインドア派だし、そもそも外に遊びに出て何をしたらいいのかという知識がない。


「あー。なるほどねぇ? んじゃ今日は俺達が遊び方ってやつを教えてやるとしますか。なぁ、彩さんや」


「そうだね。まったく世話が焼けるよね」


 口には出してないはずなのに、俺の考えていたことはしっかりと見抜かれている。


 俺達がしたデートといえば……。


 花火大会、これは付き合う前のこと。母さんに乗せられて行ったけど、まぁ色々あった。このおかげて栞との関係が進んだと言っても過言ではないので悪いことばかりではなかったのだが。


 あとは遥達と遭遇したショッピングモールくらいか。こっちも人間関係プールは4人で行ったし、途中2人きりにはなったけどデートと呼ぶにはちょっと違うような気がする。


 恋人らしいことは一通り経験してきた俺達だけど、一緒に遊ぶという方面ではまだまだ勉強不足らしい。


 栞に飽きられないようにするためにも、ここは素直に教えを請うべきところなのかもしれない。


「なんか無駄に偉そうなのは気になるけど……、わかった。それじゃよろしく頼むよ。栞もそれでいい?」


「涼がいいなら私も構わないよ。というか私は涼さえいればそれでいいから」


「よっし、決まりだ! んじゃ、とりあえず飯行こうぜ」


 ギュッと腕に抱きついてくる栞に苦笑しつつ、先に歩き出した遥達を追う。




 こうして街へと繰り出したのだが、ちょっとだけ気になることもあったりする。


「なぁ、遥」


「ん?」


「楓さんもだけどさ、最近俺達ばっかりに構ってるけど、他の友達とかはいいのか?」


 こうして世話を焼いてくれるのは有り難いのだけど、俺達ばかりに構って他が疎かになっていないか、という心配だ。


「あー……。まぁ大丈夫だよ。というか、俺も彩も交友関係は広く浅くだったから。顔は広いけど特別仲良くしてるやつってそんなにいなくてさ」


「あれ? そうだったの?」


「声かければ集まってくれるやつは多いと思うけどな。そんなわけで涼達は結構特別っていうかさ」


「いや、そう思ってくれてるのは嬉しいけど、なんで俺達なんだ?」


「お前らは見てて面白いし、世話焼きたくなるんだよ。それに……、なんだかんだ涼の真っ直ぐなところとか、俺は気に入ってるわけよ」


「そ、そっか……。それなら、よかった、のかな?」


 自分から始めた話だけど、まさかそんなことを言われるとは思ってなくて。ちょっと照れくさくなってしまう。やっぱり褒められるのには慣れていない。


「そこが涼のいいところだもんね? 私も涼のそういうところが大好きだよ」


 栞もここぞとばかりに話に乗っかってきて、ちょっと照れくさいどころではなくなってきた。きっと今の俺の顔は真っ赤になってることだろう。


「あー……。涼が余計なこと聞くから俺まで恥ずかしくなってきた。ガラじゃねぇんだからこんな事言わせんなよ」


「なーんて遥は言ってるけどね、いっつもこんな感じだよ? 素直なんだか素直じゃないんだか。そこが可愛いところでもあるんだけどね。あっ! 私もしおりんのことは大好きだよ? 口では色々言うけど面倒見はいいし、いじると可愛いんだもん!」


「彩香? またしごかれたいみたいね?」


「きゃー! しおりんこわーい!」


 駆け出した楓さんを栞が追いかけて、あっさり捕まえて。わちゃわちゃしはじめた2人を見て、なんだか嬉しくなる。


 友人というのもいいな、なんて思ったりして。こういうことは何度か思ったことはあるけど、関わる時間が増えるほどにその思いは強くなる。


 栞への愛情もそうなんだけどさ。


 栞と出会うまで俺が避けていた人付き合い。もったいないことをしてきたなと今更ながら思うけど、そうでなければ栞とこういう関係にはなれなかったわけで。遥達とだって仲良くなれていたとも限らないし、何がどう転ぶかわからないもんだ。


 そろそろ遥のことも親友って呼んでもいいのかもしれないな。それくらい俺にとって大事な友人になりつつあるのを感じた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る