第115話 思い出の再現

 栞の家からその公園まで歩いて数分。他愛のない話をしているうちについてしまう。


「2人でここに来るの久しぶりだね」

「俺はそもそも1回しか来たことないけどね」


 その公園は俺達が互いの家を行き来する道の途中にあるので、頻繁に横は通り過ぎるのだが、中に入るのはこれで2度目になる。


 あの日も2人で座ったベンチに腰を下ろして、肩を寄せ合う。あの頃は季節は夏で夜でも暑かったのに、今はだいぶ冷えるようになっていた。


 そのせいもあってか隣に座る栞から伝わる温もりが心地良い。直接肌を触れ合わせて感じるのも好きだけど、こういう何気ない瞬間に感じる栞の存在はまた格別だった。


 穏やかに染み込むように、心の底から温まるような。幸せってきっとこういうことを言うんだろう。


 顔を横に向けると目があって、栞は微笑んだ後、口を開いた。


「私、ここで涼に告白したんだよねぇ」


 ほんの数ヶ月前のことなのに、しみじみと思い出に浸るように栞はつぶやく。実際この数ヶ月、それまでには経験したことのなかったことがたくさんあったせいで、俺もずいぶんと前のことのように感じていた。


「あの時は突然抱き締められたし、その後すぐ帰っちゃうし本当に焦ったよ」


「そ、それは……、ごめんね? そんな予定なかったのに頭がわーってなって言っちゃって、涼の顔見れなくなっちゃったから……」


「俺も似たようなものだったよ。いきなりで固まっちゃってたから。でも、栞がこんな俺のことを好きになってくれたんだって本当に嬉しかったんだ」


「またこんななんて言うんだから……。次の日電話で会いたいって言ってくれた涼、すっごく男らしかったよ?」


「それは、栞が勇気を出してくれたんだからちゃんと応えなきゃって必死で……。でも栞から言ってくれてなかったらきっと俺も踏み出せなかったよ。だから、ありがとう、栞」


 実際には母さんに色々言われて決心がついたってところもあるんだけど、情けなくなりそうなので言えなかった。


「どういたしまして。でもお礼を言うのは私の方だよ? 私の不安を全部吹き飛ばしてくれたのも、いつも私のことを引っ張ってくれるのも涼なんだから」


「じゃあ、お互い様ってことで。じゃないとお礼合戦になっちゃうからね」


「それもそうね」


 栞がコテンと俺の肩に頭を預けてきたので、俺も栞に寄り添って。顔を寄せた栞の髪からふわりと甘い匂いがする。ずっと一緒にいて、栞の匂いは嗅ぎ慣れているはずなのにドキッとさせられる。


『相手の匂いでドキドキしたり落ち着いたりするのは相性がいいってことらしい』なんて前に栞が言っていたっけ。


 栞もよく俺の胸に顔を埋めて匂いを嗅いで幸せそうな顔をしているので、これはあながち間違いではないのかもしれない。


「ねぇ、涼?」


「ん? どうしたの?」


「私達って、離れるのが名残惜しくてここに来たのよね?」


「そうだね」


「私……ますます離れたくなくなってきちゃったんだけど……」


「奇遇だね。俺もだよ」


 こんな会話をしているけど、離れたくないのはいつだって同じで。できることならずっと一緒にいたいし、片時も離れたくないって思ってる。


「ね、このまま涼の家までついてっちゃダメかな?」


「だーめ。まぁ、連れて帰ったら泊まっていけって母さんは言いそうだけどさ」


「じゃあなんでダメなの?」


「明日学校に遅刻しそうだから」


 そんなことしたら絶対に夜更かししてしまう。ベッドでくっついて転がって、おしゃべりしてたら気付けば朝、なんてことにもなるかもしれない。


「……涼のえっち」


「……。栞に言われたくないんだけど? 今日だって……」


「まぁ、うん。それは否定できないよね」


 クスクス笑う栞の振動が俺にも伝わって、俺まで笑っていた。


 バカみたいなことで笑って、少しの間離れる寂しさなんて吹き飛ばしてしまえばいい。どうせ朝には会えるのだし。というか、待ちきれない栞が俺を起こしに来てくれることだろう。


「ほら、そろそろ帰ろ?」


「うん。あっ、でもちょっと待って」


「いいけどちょっとだよ? じゃないと本当に明日寝坊しちゃうから」


「すぐ済むよ。あのね、今日は涼から告白してほしいな? あの時の私みたいに、今ここで」


 今更何を言い出すのかと思ったけど、俺の誕生日にも似たようなことをしたのを思い出した。また思い出の再現ってことなのかな。


「それは逃げ出すところまで?」


「逃げるのは……ダメ。ちゃんと私の気持ちも受け取ってね」


「……わかったよ」


 栞に『好き』なんて数え切れないほど言っているけど、改めてお願いされるとものすごく恥ずかしい。でも……。


 俺は立ち上がって栞に手を差し伸べる。栞もその手を取って立ち上がる。俺はその愛しくてたまらない女の子をギュッと抱き締める。


「栞、大好きだよ」


「私も涼が大好き。あの時よりもずっとずっと好き」


「俺もどんどん栞が好きになるよ。際限がなさすぎて怖いくらい」


「へへ……。じゃあ、これからもっともっと私に夢中にさせてあげるね?」


「これ以上かぁ。そりゃ大変だ」


 最後には少しだけおどけて、笑って。抱き合ってお互いの温もりを感じて、目が合ってキスをして。すぐ済むなんて言っていたのに、しばらくの間そうしていた。


 まったく、夜の公園で何をやってるんだか。とんだバカップルもいたもんだ。人目はないからいいんだけどさ。


 すっかり遅くなってしまったので、また栞を家まで送り届けて、帰路につく。


 心がフワフワして、1人でニヤけながら歩く俺は人から見たらさぞ気味が悪かっただろう。


 でも仕方ないだろ? もっと夢中にさせてくれるらしいんだからさ。

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