第114話 栞の誕生日 夜

「ごちそうさまでした。文乃さん、美味しかったです」

「あら、もういいの?」

「いやぁ、さすがにもう入りません……」


 途中で帰ってきた聡さんもまじえて、夕飯をご馳走になった。家族での栞の誕生日祝いに参加させてもらった形だ。


 毎度のことながら人数分以上の料理が用意されていて、全員が食事を終えても尚テーブルの上はいっぱいだ。母さんも文乃さんもこのあたりの感覚がバグってるとしか思えない。普段はこんなことないのだが、きっとイベント事になると張り切りすぎてしまうのだろう。


 俺としてはもう少し控えめにしようと思っていたのに、栞がどんどん料理を口に運んでくるのでついつい食べすぎてしまった。この後ケーキも用意されているらしいのだが、はたして入るだろうか。


「パクパク食べてくれる涼が可愛くて、ついつい食べさせすぎちゃった。ごめんね?」

「ううん、大丈夫。ちょっと苦しいけどね」


 ご両親の前だし、栞のお祝いだからって止めようとしたんだけど、本人がとても楽しそうにおかずを差し出してくるので好きにさせてあげたのだ。おかげで満腹まで詰め込まれるハメになったのだけど。


「涼君が初めてうちでご飯食べた時は『あ〜ん』なんてしないなんて言ってたのにねぇ」

「そうだったっけ?」

「忘れちゃったの?あの時の栞ったら初々しくて可愛かったわぁ。付き合ってないって言ってたのに、涼君のこと大好きってバレバレだったもの」

「うんうん。私もあんな楽しそうにする栞を見たのは久しぶりだったからよく覚えてるよ」


 俺は帰り際に告白されるまで気付いてなかったんだけど、はたからはそう見えていたらしい。


 知らぬは当人ばかりなりってことか。俺もあの時はすでに栞のことが好きで、でもその気持ちをどうしたらいいのかわからなくて。本気で好きになった初めての人だったので戸惑いもあったし。もし栞から告白してもらっていなかったら、今でもウジウジしていたかもしれない。


 聡さんまで文乃さんの言葉にのっかってきて、2人からいじられている栞は顔を赤くする。今更これくらいで照れなくてもと思うのだけど、やっぱりからかわれるのには弱いらしい。そんな栞を見ていたせいで、俺までつられて顔が熱くなってしまう。


「だってしょうがないじゃない! あの時もう涼のこと好きだったんだもん。それまで好きな男の子なんてできたことなかったし、ちょっとおかしくなってたっていうか……」

「栞がおかしいのはあれからずっとだけどね。涼君知ってる? この子ったらうちでもずっと涼君の話ばっかりしてるのよ」

「ちょっと、お母さん!本当にやめて!」

「ははは……」


 とりあえず笑って誤魔化しておいた。栞が普段どんなことを話しているのか気にはなったけど、藪蛇になりそうな気がして追求はしない方向で。


「まぁ、仲良くやっているならいいじゃないか。おかしくなるくらい好きだってことだろう?栞の笑顔を取り戻してくれたのは涼君なんだ。別れる心配がなくて、私としては安心だよ」

「仲良く、なんてレベルじゃないのよ?今日だって──」


「お母さん?!」「文乃さん?!」


 この流れは一度経験しているし、よろしくない。そう思った俺達の声が重なった。


「今日? 何かあったのかい?」


 聡さんの疑問に、俺達の制止もむなしく文乃さんは口を開く。


「もうね、ずーっとイチャイチャしてるんだもの。帰ってきた時は涼君からもらったクマさんを抱っこして涼君の腕にしがみついてたし、ご飯に呼んだ時だってわざわざ手を繋いで降りてきたんだから。まぁ、勉強はちゃんとしてたみたいだけど、ね?」


 最後の部分で俺達の方を見てニヤリとする文乃さん。栞もたまにこういう表情をするけど、さすが親子なだけあってそっくりだ。


 黙っていてくれたのは助かったけど、こういう顔をするということはつまり文乃さんには全部バレているということで。これからは少しだけ自重しようと思う俺だった。


 栞を止められれば、の話だけど……。

 いや、それにまんまとのってしまう俺も俺か……。


 そこに関しては言い訳をさせてもらいたいのだが、可愛い可愛い彼女にあんな顔で迫られて拒否できる男がいるわけないと思うんだ。


「それくらいなら微笑ましいじゃないか。これからも栞のこと頼むよ、涼君」


 何も知らない聡さんは呑気なものだ。


「えぇ……。それはもちろん」


 そこに関しては自重なんてするつもりはない。栞は俺にとって何よりも大事な存在なのだから。栞が笑っていられるためならなんだってする覚悟だ。



 ***



「はぁ……。また散々からかわれちゃった」


 手を繋いで隣を歩く栞は唇を尖らせる。


 あの後、食休みを挟んでケーキまでごちそうになった俺は、さすがに遅くなってしまったのでお暇することにした。栞は見送りということで少しだけついてきてくれている。


「まぁまぁ、それだけ俺達のことを認めてくれてるってことじゃない」

「そうなんだけどさぁ……」

「それよりさ、もう少しだけ話そうよ。俺、もうちょっとだけ栞と一緒にいたい」


 拗ねている栞をそのままにしたくなくて、そう言って握る手に少しだけ力を込めると、栞は表情を嬉しそうなものに変える。


「もう、涼ったらしょうがないんだから。明日も学校あるんだから少しだけだよ?」


 しょうがない、なんて言いながらも表情はふにゃふにゃに蕩けている栞に苦笑が漏れそうになるけどグッと我慢して。


「うん。ありがと、栞」

「ううん、私の方こそありがとね」

「お礼言われるようなことしてないんだけど?」

「ふふっ、涼のそういう優しいところ大好きだよ」


 俺の意図なんて栞にはお見通しのようだ。それでも一応は誤魔化しておいたけど。


 歩きながら話すのも悪くないけど、そうすると栞の家からは遠ざかってしまう。あまり夜道を1人で歩かせるのはよくないので、俺達はいつか栞から告白された公園へと足を向けた。

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